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「症例A」
評価:B
私がもし精神科医だったら、まず多重人格なんて信じない。患者が混乱を狙って芝居しているな、コラっええ加減にせいっ!と最後まで疑うと思う。本書の主人公の医師・榊も最初はそういうスタンスなのだが、その信念を覆すような出来事が次々に起こり、患者を受け入れ、救おうという努力をするように変わっていく姿が感動的だ。多重人格障害については以前、ダニエル・キイスの『24人のビリー・ミリガン』『ビリー・ミリガンと23の棺』を読んで圧倒された経験があるので新たな驚嘆はないが、本書には更にサスペンスとしての面白さがある。同時進行する国立博物館の極秘の謎解きも人間模様に真実味があり、元のストーリーとどう関係があるんだろうといぶかりつつも読み通せば納得の結末が待っている。
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【角川書店】
多島斗志之
本体 1,900円
2000/10
ISBN-4048732315 |
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「リセット」
評価:B
この著者の作品は、初期の『サウダージ』を読んで以来だ。漂う退廃的な背景は同じで、これを読みながら、10年も前に読んだストーリーを思い出した。本作と同様、登場人物が一見、語り口は普通のようでいて実はほぼ全員が異常な世界(麻薬とか異常性愛とか脅迫とか……)にはまっているのだ。『サウダージ』の時は不思議な感じの小説だなあ、と印象深かったが、今ではそんなに驚かなくなった。ということは、この著者が相当、時代を先取りしていたのだろう。本作も主テーマというのはなくて、少年少女の迷いや中年男女の惑いが入り乱れて話が進行する。不良の娘や年下の愛人に気兼ねするわアル中になるわで可哀想な女流作家の曜子に注目していたら、後半、そそくさと話が終わってしまって少し残念。
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【角川春樹事務所】
盛田隆二
本体 2,100円
2000/10
ISBN-4894569094 |
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「プラナリア」
評価:B
仕事をしないでゴロゴロしている女が沢山、出てくる。読んでるこっちは会社の仕事と保育園児に毎日追いまわされているので、こういう女性は最も許しがたい。だが同時に、自分の忙しさって何なの、と焦ってしまうなあ。小説の世界でなくとも、物事の真実を捉えて自分の判断に正直に生きているのは忙しい人間ではなく、この女たちのように観察する時間と考える孤独を沢山持っている人たちだ、とわかっているのだ、私。いつも痛いところを突くなあ、この著者は。本書の5つの短編の中で、『囚われ人のジレンマ』が最も印象的だった。優等生的だが謎めいた恋人、朝丘君のキャラクターが実にリアルだ。若い恋人同士がそれぞれの損得勘定に引きずられて煮え切らない付き合い方を重ねる姿も、そうだろうな、と思わせる説得力がある。
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【文藝春秋】
山本文緒
本体 1,333円
2000/10
ISBN-4163196307 |
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「光源」
評価:B
最初は、40半ばの女性が主人公なんて珍しい、これはAだと思って興奮して読んでいたのだが、後半の後日談と幕切れが今ひとつだ。我儘な俳優・高見のアメリカ在住の妹の話は不要なんじゃないか。最後まで傲岸不遜でいてくれた方がわかりやすい。それよりもっと大事なことが残っているだろう。帯に『こんな勝手な奴ら見たことない』というコピーで作中の登場人物が紹介されているが、それに言葉を借りるなら、優子の裏切りも有村の狷介も高見の我儘も薮内の傲慢さも佐和のしたたかさも皆、それほどではないのだ。しかし実際の人間の心理って強い面だけでは押し通せなくて妥協がつきまとうものだろうし、そういう意味で、著者の描く駆け引きはいつもながら真実味があって一気読みさせられてしまった。
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【文藝春秋】
桐野夏生
本体 1,619円
2000/09
ISBN-4163194800 |
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「あふれた愛」
評価:B
今の世の中を生きている人間なら、誰でも知り合いに心を病んだ人がいるのではないか。それは家族だったり友人だったり仕事仲間であったり、自分自身である場合もあるだろう。本書を読んでいる間中、そんな人たちの顔が次々と思い浮かんだ。本書におさめられている4篇の主題は少しづつ異なるが、どれも人間の傷つきやすさ壊れやすさに焦点を当てている。心の奥深くに鋭く切り込むことはしていない。物語をそのまま目の前にそっと置かれた感じだ。答えがないので読後感にはもどかしさが残る。特に、『やすらぎの香り』の病んだ者同士の男女が必死に支えあおうとする危うさは、読むのも苦しい。どちらかというとこういう題材に対して客観的な経験しかない人の方が、素晴らしい!と感動しそうな1冊だ。
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【集英社】
天童荒太
本体 1,400円
2000/11
ISBN-408774373X |
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「アンテナ」
評価:D
隣の布団で一緒に寝付いた妹が、朝になったら忽然と消えていた、というのは大変な出来事である。その謎解きがこんなんで良いわけ?ちゃんと書いてあるでしょう、これで充分だ、と著者は言うのか。一文一文が10字〜せいぜい20字、と詩のように短いが、詩を読むようにその短文の流れから何かを感じ取れ、と言うのか?小説として余りに無責任すぎやしないか。
主人公が『僕が、』といくら男言葉で語っても、何回続けて射精しても、私はそこに命ある男を感じない。身勝手な女が思いつきで嘘話を並べ立てているような、そんな雰囲気が最後まで漂う。
E、つけたる!と一時は怒ったが、カバーの女性の砂時計のようなウエストが驚異的に細いので許そう。
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【幻冬舎】
田口ランディ
本体 1,500円
2000/10
ISBN-4344000358 |
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「血の味」
評価:C
文章が淡々としているが故に、主人公の一人称なのにノンフィクション的な雰囲気が漂う。主人公の眼を通した外界が少しぼやけたまま独り言のように語られる。その生気のない雰囲気は悪くないのだが、結局、わからず終いのことが多すぎやしないか。父親が読んでいた黒い革の本とは一体何だったのか、母と妹はどこへ行ったのか。誰を殺したのかは最終コーナーで明らかになるが、何故、この人を殺さなければならなかったのか。こうではないかと読者が推察する材料はいくつか播かれているが、それに任せたまま、物語は終わってしまう。集中して読んでいただけに、私は失望した。『檀』を書いた後、著者のインタヴュー記事を週刊誌で読んで、わりと自己陶酔型の人かなと感じたが、やっぱりそうなんだろうなあ。
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【新潮社】
沢木耕太郎
本体 1,600円
2000/10
ISBN-4106006669 |
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「ハンマー・オブ・エデン」
評価:A
ケン・フォレットというと『針の眼』しか読んだことはないが、あれは本当に面白かったし、映画もドナルド・サザーランドが最高だった……というわけでワクワクして本書を読み始めたが大満足した。カリフォルニア州知事に荒唐無稽な脅しをかけるテロリストを追い詰めていくFBI捜査官のジュディは、仕事の出来ない愚かな上司が邪魔しようとしても、てーんでかないっこないくらいの能力の持ち主だ。足りないのは恋人だけ、というところへ地質学者のマイケル(間違った相手と結婚するとこうなるという見本のように妻に逃げられて可哀想、だがこれが本当に良い男なのだ)が登場。ジュディと歯車が合って協力して犯人集団を炙り出していく。細部にはちょっとおかしいんじゃないのという齟齬はあるが、そんなの気にならないくらい充実のエンターテイメントだ。本の厚みの割に読みやすいからひるまないで!
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【小学館】
ケン・フォレット
本体 1,800円
2000/12
ISBN-4093562318 |
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「子産」
評価:A
晋と楚という二つの大国にはさまれた小国・鄭の賢父子/子国と子産の生涯を追っている。こういう時代の話は大国よりも、動きが早くて揺れも大きい小さ目の国の方が断然、面白い。
特に、人物にかかわる評価、考え方が大変に面白かった。陰謀や讒言に満ちた権力争いの中にあって、為政者に求められる洞察力と状況判断の素早さ、駆け引き、決断力、行動力、人望、引き際、等々、全てに現代社会にも通じる真理がある。私はサラリーマンを23年もやっているが、出来事の表裏に渦巻いているのは似たようなものだ。(塩漬けの刑に処したいような天敵もどうしたっているしなあ……)
もう少し女性が登場すれば彩りが出るのにお姫様はシャットアウトされている。高校時代に漢文が嫌いだった人は面白いとはまず思わないだろう。でも、下巻はだいぶ読みやすいから頑張って冬休みに挑戦してみる価値は充分にある。
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【講談社】
宮城谷昌光
本体 1,700円
2000/10
ISBN-4062103826
ISBN-4062103834 |
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