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「症例A」
評価:A
精神医学の知見をばりばりと噛み砕き、エンターテインメントの鋳型にどっと流し込む。その力業に、まず圧倒される。が、キズもまた目立つ。精神科医の榊が、老医師から解離性同一性障害の講釈を受けるところなどは、あまりに説明調で、ああ、石井採点員のしかめっ面が目に浮かぶ(会ったことないけど)。また、榊と女性学芸員の電話って、スムーズに進みすぎるじゃないか。それに、理事長の過去は結局闇の中かよ。ぶちぶち言うわりに、Aを献じたのはなぜなのか。それは、えぐい描写に頼らず理知的に筆を進めながら、サクリと心の闇を切り裂いて見せる、その太刀捌きに敬服したからさ。ちなみに、「解離性……」って、お馴染みの分かりやすい言葉で言い直せるんだけど、それは読んでのお楽しみ、ってことで。
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【角川書店】
多島斗志之
本体 1,900円
2000/10
ISBN-4048732315 |
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「大聖堂の悪霊」
評価:B
壮麗なペダントリーと入れ子状の込み入った構成。言葉はストーリーを運ぶためじゃなく、むしろ脇道へ誘うために記されるかのようだ。私自身、毛細血管のように張り巡らされた支脈をすべてたどれたかどうか、心許ない。加えて翻訳物のつらさ(訳が悪いということではない)。例えば、「境内」と聞くと日本の寺が思い浮かび、ついハトに餌をやりそうになってしまう。だがイギリス大聖堂の境内は、どうやら家屋などの町並をかなり含むようなのだ。こんなとこで豆なんて撒いたら怒られそう。とにかく、約束しよう。正月休みに腰を据えてじっくり味読するなら、充実した読書体験が得られるだろう。『ハンマー・オブ・エデン』を読んで、もっとコクのある話を、と思ってる人におすすめ。ただ、邦題の「悪霊」は要再考。
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【早川書房】
チャールズ・パリサー
本体 2,200円
2000/09
ISBN-4152083034 |
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「リセット」
評価:E
私はこの本を、まったく楽しめなかった。殺伐とした気分になっただけだ。しかし、だからといって、小説家としての作者の技量をくさすつもりは毛頭ない。人物はきちんと書き分けられているし、場面転換もうまい。たぶん、盛田隆二には、読者を面白がらせる気がないのだ。荒れる十代のシビアな現実や家庭内暴力を、そのまま読んでる者の鼻面に突き付けたいのだろう。その意図は、ある意味成功したと言える。ただ、個人的には、暗い話しや残酷な物語なら受け付けるけど、荒涼としてるだけの小説は消化できません。帯の裏表紙サイドにはかなり詳しい粗筋がつけられていて、ストーリーの7割がたはここでわかる。これを読んで興味をそそられた人なら、本文に進んでもいいんじゃないでしょうか。
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【角川春樹事務所】
盛田隆二
本体 2,100円
2000/10
ISBN-4894569094 |
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「プラナリア」
評価:B
「現代の〈無職〉をめぐる五つの物語」(帯の文句)。そうか、うまいところに目をつけたね。むろん、決して、リストラばやりのご時勢に乗じて売ってやろうなんて本ではない。仕事を持つ者の、無職へのあこがれと不安を上手に刺激する小説集だ(無職にあこがれてるって、俺だけじゃないよね?)。どれも、この人たち、この後どうなったんだろ?と思わせる。いい短編はこうでなくっちゃ。まず「ネイキッド」にご注目。仕事人間だった女性が離婚と同時に失職する。打って変わってマンガ喫茶に入り浸り、ルーズな服装で自堕落に暮らしだす。別に悲惨じゃないぞ。時間だけはたっぷりあるんだ。あー、羨ましい。だけど、二千万あった貯金もあっという間に細ってくる。ひたひたと押し寄せる不安。あー、やっぱ心配。あと、「あいあるあした」も秀逸。不思議なプー子に居つかれた居酒屋の大将の、苦悩と喜び。居酒屋の客たちを交えたアホなやりとりは、間違いなく笑える。
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【文藝春秋】
山本文緒
本体 1,333円
2000/10
ISBN-4163196307 |
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「光源」
評価:C
この小説には主人公がいない。映画製作をめぐって、新人監督・撮影監督・俳優・女優・プロデューサーが、等分に描かれる。だから、一人の人物から見た印象が、次の描写ではひっくり返されることになる。薄っぺらなアイドル崩れだと思ってた女優が、意外に思慮深かったり。高慢に見える俳優が、実は小心者だったり。こういう書き方は、描写が一本調子になるのを避ける利点があるだろう。けれど、くるくる視点が変わるぶん、読者の個々のキャラクターへの思い入れも浅くなる。結局、「私の一冊」にはなりづらいのではないか。『OUT』の著者だけに、こっちの期待も大きく、評価も辛くなりがち。まあ、この本は、近鉄の中村紀洋が打ったシングルヒットみたいなもんやね。
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【文藝春秋】
桐野夏生
本体 1,619円
2000/09
ISBN-4163194800 |
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「あふれた愛」
評価:C
浜やんがなかなか課題図書を送ってこないので、近所の図書館に出かけた。そこで本書を検索してみたら、予約待機者106人だって\(◎o◎)/!=
おお、おお、観測史上初の3桁、これじゃ今世紀中はおろか、再来年になっちゃうよ。すごすご。さて、本書を読み終えてテレビをつけたら、舟越桂氏が映っていてびっくり。カバーの天使像を作った人だ。前作『永遠の仔』と同じ趣向。この彫刻については、三角窓口でも賛否両論あったはず。人の似姿というのは、確かに不気味で近寄りがたい。しかし、読了後に改めて眺めてみると、じわじわ温もりが伝わってくると思う。四本のうち三編が、心に患いを抱えた人たちの物語。私は、「やすらぎの香り」の香苗を、はらはらしながら応援したい。あなたの回復は、私の癒しでもある。
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【集英社】
天童荒太
本体 1,400円
2000/11
ISBN-408774373X |
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「アンテナ」
評価:E
???………???。ハッ、いかーん。「?」と「…」だけで終わるところだった。SM・精神病・オカルト・新宗教がごった煮になったストーリー。これって面白いのか? 哲学・心理学・物理学・風水思想を踏まえた生煮えの会話が交わされ、読んでて胸焼けしてくる。これが「最先端文学」(帯の惹句)なのか。冒頭で忽然と消えた妹の行く末が、このラストで決着ついたって言えるのかしら。前衛的な手法だからいいってわけでもないと思うが。『コンセント』に続く三部作の二つ目、という情報もあるから、分かりづらいのはそのせいかも。評価Eってのは最低ランクっていう意味じゃなく、この物語をメモリ不足の私の脳にインストールしようとしたら、エラー(Error)メッセージが出ちゃったんだね。
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【幻冬舎】
田口ランディ
本体 1,500円
2000/10
ISBN-4344000358 |
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「血の味」
評価:C
「中学三年の冬、私は人を殺した」。こんな書き出しで始まる小説なら、結末までにその動機や経緯をはっきりくっきり分かるようにしといてほしい。私ならそう思う。だが、そんな明確な得心は最後まで得られない。やっぱなー、「純文学書下ろし特別作品」だしなー、水戸黄門みたく分かりやすく、ってわけにはいかないか。「このひと悪もん? それとも良いもん?」なんてね。でもまあ、思弁的でつまらない、ということではない。余韻を残し、読者の想像力に任せるタイプの作品なのだ。低くつぶやくような、抑えた文体。精興社(この本を印刷した会社ね)特有の、格調高い書体。血のように赤いしおり紐。冬枯れの景色を眺めながら、屹立した精神をゆっくり育むのに最適の一冊。うー、寒っ。
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【新潮社】
沢木耕太郎
本体 1,600円
2000/10
ISBN-4106006669 |
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「ハンマー・オブ・エデン」
評価:B
頭の中で暴れ馬が走り回るような、ジェットコースター読書だ。人間への洞察を深めようとか、社会への見聞を広めようとか、思っちゃいけません。ド派手な展開に半ばあきれつつ、ただただストーリーを追っかける。ほら、映画の007みたいな感じ。『大聖堂の悪霊』を読んで、頭が芯から疲れた人におすすめ。ひとつ言うなら、敵役であるカルト教祖の人物造形に疑義あり(おっ、書評らしい)。こんなショボいおっさんがなぜモテるのか。見つめるだけで相手の女性がクラクラくるなんて、くやしいっ(結局、そういうことかよ)。と、まあ、この程度の人格で周りに人が集まるかいなと、不自然さを感じたものの、実在する新宗教のトップに居座る面々を思い浮かべてみると……嗚呼、事実は小説より奇なり。
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【小学館】
ケン・フォレット
本体 1,800円
2000/12
ISBN-4093562318 |
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「子産」
評価:C
何てややこしい名前の人たちなんだ。上が「糸言糸」で下が「木」とか、上が「火言火」で下が「又」とか。パソコンじゃ書けんぞ。その点俺なんて「中川大一」だよ。全部で11画しかない。とほほほほ。くだらない画数競争はさておき、春秋時代の中国が舞台の壮大な叙事詩。お手軽な娯楽ものではないことは確か。本に挿まれている地図・登場人物表と首っ引きで、人間関係と地理を頭に入れつつそろそろ読む。著者は始終原典に立ち戻り、ある種の想像=創造を自らに禁じて筆を進めている。何しろ、「架空の人名を用いない」方針をはじめに立てたそうだ。史実をして語らしむる。それだけに、作りものめいた伏線などはない。感じるのは、歴史がもたらす不思議な符合。ずっしりした読了感が胸に残ることは間違いない。
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【講談社】
宮城谷昌光
本体 1,700円
2000/10
ISBN-4062103826
ISBN-4062103834 |
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