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小園江 和之の<<書評>>

「症例A」
評価:C
 読み終えるまでに付箋を山のように立てちゃいました。近年注目されてる分野ってこともあるんでしょうが、それにしてもよく調べたものです。医学書読むよりよっぽど分かりやすい。ただ取材力とお話の面白さはイコールではないわけで、主人公の担当する女性患者・亜左美さんの症状発現があまりに都合よすぎるし、死亡した前医が最後にとった行動も動機が?です。それに良心的な医療を第一義にしている病院って割にゃ、セクハラ看護士がしゃあしゃあとのさばってるのはどうしてなんでしょか? なんか文句ばっかしみたいですが、多重人格障害の存在を前提にしてないところに好感がもてます。そんなわけでDのところをワンランクアップです。

【角川書店】
多島斗志之
本体 1,900円
2000/10
ISBN-4048732315

「リセット」
評価:E
 本書に登場する女子高生達って、実はわりかし普通なんでしょうね。ただまあ、今どきはドラッグもセックスも皮一枚隔てた隣にあるわけで、きっかけさえあればいつでもあっち側に行っちゃうってことですか。それにしてもこんなに周囲との関係に気配りし続けないと暮らせないなんて、それだけで疲れ果てちゃうだろうなあ。これで脳味噌壊されちゃうくらいなら学校なんて要りませんよね。「個性を尊重する教育」なんて、自分を出したら周囲から浮いちゃうのが現状なのにちゃんちゃらおかしいです。でも、そういう現状の根っこに深く斬り込んでくれないので、何だかルポルタージュっぽい感じでした。それと不眠症の患者さんに対し、眠剤代わりにアルコールを勧めるなんてこと、薮医竹庵だってやりませんがな。

【角川春樹事務所】
盛田隆二
本体 2,100円
2000/10
ISBN-4894569094

「プラナリア」
評価:A
 これは帯にやられました。ただ表題作よりも「ネイキッド」のほうが「働かないことは決して楽じゃない」ってのが鮮明で切ないですけどね。主人公の、短期完全燃焼型性格(じつは飽きやすいだけ)でありながら、身に付けた上昇志向を捨てきれないやるせなさが実にいい。そしてラストに収められた「あいあるあした」。あたしゃこの作品だけでAをつけちゃってもいい。社会の(勝ち組路線)からは外れてしまってもなお染みついた生真面目さのため、同居する女性の飄々ぶりに翻弄される主人公が可笑しいやら哀しいやら。脇役陣も一癖ありそうで温かい。ぜひ十年後、二十年後のマジオさんを読みたいものです。

【文藝春秋】
山本文緒
本体 1,333円
2000/10
ISBN-4163196307

「光源」
評価:C
 ある独立プロの映画制作の顛末とそれに関わる人々の行動と心理が描かれています。はいおしまい。全部で五章からなるお話なんだけど、折り返し地点のあたりまで読んで、ほんとうにそう書いてすませちゃおうかと思いました。でもまあ暇だから我慢して読み進めたら、なんと三章の終盤から俄かに転がりだして面白くなるじゃないの。いま掴んでいるものを手放さなけりゃ得られないものって確かにあるんだけど、天秤にかけたあげく退屈だが無難な方向を選ぶのが世間の常識。その常識なんぞほっぽり投げてしまえそうになる瞬間が、誰にでも一生のうちに何回かはあるんでしょうな。撮影監督・有村の「夢を押さえ付けたり絞り出したりして生きて行かなくてはならないのだ」という台詞が脳にしみました。

【文藝春秋】
桐野夏生
本体 1,619円
2000/09
ISBN-4163194800

「あふれた愛」
評価:B
 家族の最小単位とはなんだろう。親子は血の繋がりがあるぶん、もとが他人の夫婦よりも分かりあえるはずだと無意識に思ってしまう油断。幾層ものフィルターで濾過され、滲み出した感情だけを行き交わすだけの無難な関わり合い。ほんとうは濾紙の向こうに残された滓のほうにこそ、本体があるのかもしれないのに。じゃあ、そのフィルターを剥がされてしまった者達はどうなるか。無防備であっという間に傷だらけになってしまう魂同士が、こわごわと確かめ合いながら寄り添い、共有できる外皮をすこしずつ造ってゆくしかないのだろう。心が壊れてはじめて見えてくるものって、決して少なくはないと思う。だから「やすらぎの香り」のようなお話が好きなんである。ちょっと見には日活青春物っぽいけどね。

【集英社】
天童荒太
本体 1,400円
2000/11
ISBN-408774373X

「アンテナ」
評価:C
 もしも幼い我が子や兄妹が神隠しにでも遭ったように消えてしまったら、遺された家族はそれとどう折り合いをつけられるんだろう。本書の主人公は妹の失踪以来、心を通じ合わせるための装置を自ら封印しちまったらしい。そもそも人が感応しあうことなどほんとうに可能なのか? いま、現実を生きているという自分の感覚は本物なのか? 等々、深いところを衝いてくるんですが、装置の動力が性欲関係ってとこでコケそうになっちゃいました。SM倶楽部で主人公が箱男になる場面には腹皮よじれましたが、そこのナオミ嬢が言うところの「女と寝た後、ちんぽがすうすうするようなタイプ」、ってよく分かりません。薄荷のパンツを穿いてるとでも言うんでしょうか。不思議な読後感ですし、決してつまらなくはないです。

【幻冬舎】
田口ランディ
本体 1,500円
2000/10
ISBN-4344000358

「血の味」
評価:D
 他人とどのくらい間合いをとるかの基本は、まず家族との接触により体得されるのかもしれない。そして思春期には社会との接触面が急激に大きくなるのに、まだ自分の定点が確定しないから間合いを詰めすぎたり開けすぎたりして、はなはだ不安定になる。本書の主人公「私」の家庭には対人測距のモデルとなるべき父親がいない。いや、いるのだが何かの事情で自らの実体を消去し、残像として生きているというのだ。やがて「私」は、自分の生きる場所をはっきり感じとれず、捉えどころの無い恐怖を感じるようになるというお話。でも、諦めてしまえば「ここにいるのに、ここにいない」っての、本人は案外ラクかもしれない。結婚なんかしなきゃ、誰にも迷惑かかんないだろうし。無音の砂漠のような読み味でした。

【新潮社】
沢木耕太郎
本体 1,600円
2000/10
ISBN-4106006669

「ハンマー・オブ・エデン」
評価:C
 課題図書が届く前に書店で見かけ「ううう、辞書みたいじゃ」とおののくも、開いてみれば二段組みではなくてほっとしました。それで中身はどうかというと、仕掛けらしいものは何にもありません。コミューンの指導者的立場の男がテロ行為にはまりこんでいくわけですが、単純な筋立ては私にも先が読めちゃうくらいで、ミステリ愛好者ならなおさらでしょう。FBI内部の権力争いやマスコミの狂騒ぶりも特に目新しいものではないし、唯一、脅迫に人工地震を使うってのが目玉だというのでしょうが、その方法があまりにも無理っぽい。文章のノリは良くて、台詞の合間に()書きでぱっぱと本音を挟み込む手法が面白いです。活劇要素よりも登場人物たちの心理的振幅を味わうべき作品なんでしょうかね。

【小学館】
ケン・フォレット
本体 1,800円
2000/12
ISBN-4093562318

「子産」
評価:D
 上下巻ありますが、両方に主な登場人物のリストと春秋時代の地図が付属しています。子産という昔の中国の偉い人のお話ですが、上巻は時代背景やら彼の生国の説明がほとんどを占め、似たような名前が次から次へと出てきて目が回りました。これを最初っから丹念に読もうとすると疲れちゃいますから、多少名前がごっちゃになっても構わず先へ進むようにすると意外に辛くありません。本格的に主人公が活躍しはじめるのは下巻に入ってからですが、感情移入しにくいキャラクターなので恬淡とした読み心地というか、時代絵巻を俯瞰しているようでした。結局、彼を重用した子皮という人物が天下一の宰相ってことなんですが、いずれにしてもこの人達の気働きはちょっとすごいです。
ちょっと長すぎるとは思いますが。

【講談社】
宮城谷昌光
本体 1,700円
2000/10
ISBN-4062103826
ISBN-4062103834

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