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小久保 哲也の<<書評>> 文庫本 Queen

「ジャンゴ 」
評価:C
読み始めたが最後、一気に最後まで読み終わってしまう。 登場人物や、様々なシーンは強烈なイメージを残していくものの、同じ系列の作品をすぐに続けて読む気にはなれない気持ちが残る。残虐なシーンの表現が、あまりにも「匂い」を感じさせるからだ。たとえばそれは、血の匂いであったり、性欲の匂いなのだけれどそういったシーンを頭の中で再構築するのに、何かためらいを感じてしまうような表現を、作者はするのである。では、読むのを止めればよいのだが、なかなかそうもいかない。この作品は、「恐いもの見たさ」のツボをグサリと突いている。 

ジャンゴ 【角川文庫】
花村萬月
本体 552円
2000/10
ISBN-4041898072

「春風仇討行」
評価:A
最近、時代小説や歴史小説を読んでみたいなと思っていたけれど、どの作品も重たそうだったり、登場人物の名前が読めなかったり(やたら漢字が多いので。)、どうにも敷居が高い。そんな時にこの作品。本書に収録されている「蘭丸、叛く」「瘤取り作兵衛」の2作は一気に時代小説の面白さに触れたような気がするし、表題作の「こんぴら樽」は、まさに昔よくテレビで見た時代劇を思い出させ、ほのぼのとしてくる。時代小説特有の文中の言葉使いや登場人物の会話など、時代小説ビギナーの私には、まだまだ違和感を感じる部分も何個所かあり、すぐには場面が頭に入らない時もある。だけど、登場人物たちの生き方、考え方がストレートに伝わってくる。素朴だし、何か羨ましく感じてしまうほどの強さが、ありありと感じられる。とにかく、私のような時代小説に疎い人にもぴったりの作品。現代小説に慣れきった人には、時代小説に馴染むには少し時間がかかるだろうけれども、この作品はそういったビギナー向けの入門書として最適と言える。 
春風仇討行 【講談社文庫】
宮本昌孝
本体 533円
2000/10
ISBN-4062649926

「絶景、パリ万国博覧会」
評価:B
万博といえば大阪、という程度のお祭り気分で読み始めるといきなりガツンと食らってしまう。19世紀後半に開催された壮大なるパリ万博。産業の停滞した祖国フランスをいかにして一気に産業社会の枠に置くかという遠大な想い、そしてその根底を流れる思想が、当時の歴史背景を踏まえながら十分に伝わってくる。学校では教えてくれない「歴史」のひとつの姿がここに表現されている。とにかく残念なのは、文庫であるために図版が小さく、そうして白黒である点だ。いずれ機会があれば、虫眼鏡を片手にパリ万博の展示の隅々を探検してみたい。そんな気がしてくる。 
絶景、パリ万国博覧会 【小学館文庫】
鹿島茂
本体 752円
2000/11
ISBN-4094047727

「酸素男」
評価:C
南部アメリカの黒人と白人、貧富の差を背景にした白人同士の関わり合い。そういった、私たちには普段触れることのできない、やり場の無いような圧力というものが、ひしひしと伝わってくる。だけどそれよりもまず、なまずを養殖しているという事にびっくり。それに加えて、養殖池の酸素値を計り通気装置を動かすという仕事があることにも、またビックリ。異文化との遭遇と言うと大袈裟すぎるとは思うけれど、本当に驚くようなことが世界にはまだまだあるのだなぁと、しきりに肯いてしまう。それはただ単に私が無知なだけなのだけど……。 
酸素男 【ハヤカワ文庫NV】
スティーブ・ヤープロ
本体 840円
2000/10
ISBN-4150409684

「ジンジャー・ノースの影」
評価:C
後半部分から始まる追跡場面は、手に汗にぎるスリリングな展開で一気に読ませる。しかしながら、生命を懸けて追求する謎というのは、もちろん人それぞれなのだけれど、本書のそれは、いまひとつリアリティに欠けていたのが残念であった。競馬場や、アメリカの片田舎の風景などの情景描写がとても素晴らしいだけに、余計にそのリアリティを感じられない謎解きが浮き上がり、主人公の動きを軽く感じさせてしまっている。その謎を解かなければならないという、主人公の心の中での必然性をもっと納得させて欲しかった。
ジンジャーノースの影 【ハヤカワ・ミステリ文庫】
ジョン・ダニング
本体 740円
2000/10
ISBN-4151704051

「アンダードッグス」
評価:D
プロットはなかなかよく考えられている。シアトルの地下迷宮に逃げ込んだ男と、人質にされた少女をめぐって、警察、テロ特殊部隊等のさまざまな思惑が絡み合っていく様は、映画をみているような緊迫感がある。だけども、非常に読みにくかった。一度読んだだけでは意味がよくわからない文章がたまぁにあり、そのたびに読む速度が落ちてしまう。一度それが気になり始めると、ひとつひとつ文章を確かめながら読んでしまうので、なかなか集中できない。中盤から最後までは、あっという間に読み終わってしまうくらい吸引力があるだけに、そういった文章の乱れがなければ、と非常に残念に思う。
アンダードッグス 【文春文庫】
ロブ・ライアン
本体 733円
2000/10
ISBN-4167527618

「2000年のゲーム・キッズ」
評価:B
星新一亡きあと、この分野の作品は、どうも読む気がしなかった。だけど、本書に収められたショートショートの持つ、気持ちよく予想を裏切る結末は、なんだかとても懐かしく、心地よい。非常にオーソドックスな構成のものから、心を打つ作品まで、ショートショートという作品を十分に楽しませてくれる。ただ、題材が近未来のものを扱っているせいで、非常に既視感を感じて面白いのだけど、ショートショートとしての作りが上手いだけに、時間とともに錆びていく題材を使っているのが惜しい気がする。今後は注目していきたい、楽しみなショートショート作家である。 
2000年のゲームキッズ 【幻冬舎文庫】
渡辺浩弐
本体 533円
2000/10
ISBN-4344400399

「ジグザグ・ガール」
評価:A
会話のちょっとした雰囲気や、表現の仕方が、どことなく「村上春樹」を思い出させる不思議な作品。最愛の女性を謎の死で失った奇術師が、少しづつ彼女の心の謎に触れて行く。よくある推理小説のように、謎に迫って行くのではない。謎に触れて行くのである。彼女と奇術師を軸にした、さまざまな挿話は、現在と過去を、そして彼と彼女の視点を行き来し、やがて明らかにされていく彼女の心は、とても哀しくて、切ない。読み終わるのが勿体無いと久しぶりに感じる、これは恋愛小説だ。
ジグザグガール 【創元推理文庫】
マーティン・ベットフォード
本体 920円
2000/10
ISBN-4488207022

「変人島風物語」
評価:C
推理小説は謎が不思議なほど面白いのだろうけれども、それを追い求めすぎると、「小説」というよりも「パズル」の面が強調されてしまう。私にとっての「変人島〜」は、そのぎりぎりの線で、小説ではなくパズルである。そして、パズルであるなら、もっと奇想天外な謎のほうが良かった。と思う。本書に収録されている「私の愛した悪党」は謎が前面に掲げられている推理小説なのだとは思うけれど、それよりもむしろ貧しい毎日に生きる人々が生き生きと描写されており、その印象が強いお陰で、「パズル」ではなく「小説」として十分に楽しめた。
変人島風物語 【創元推理文庫】
多岐川恭
本体 880円
2000/10
ISBN-4488429017

「千年紀末古事記伝 ONOGORO」
評価:C
古事記なんて読んだことも無ければあまり興味もない。だから題名を見て、最後まで読めないかもしれないという、そんな危惧を抱いたのだけれど、そういう思い込みは、やはり面白い本を見逃してしまう、そういう良い例がこの本だ。読み始めは、さすがに古事記だけあって、登場人物の名前に四苦八苦。名前にやたらと漢字が多いのだ。しかし中盤にかけて人物名にカタカナが増える頃には、本書の世界にどっぷりとはまり、神々の末裔が織り成すドタバタ劇に思わずニヤリとしてしまう。ただ、登場人物(神様?)に奥行きというものがあまり感じられず、そのためか小説というよりも、むしろ「お話」のような印象があるのが残念。
千年紀末古事記伝 ONOGORO 【ハルキ文庫】
鯨統一郎
本体 640円
2000/10
ISBN-4894567695

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