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内山 沙貴の<<書評>> Queen

「ジャンゴ 」
評価:C
人はみな畸異者なのよ、とミーナは嗤う。人の存在は矛盾に満ちている。その矛盾に気づいた人間、矛盾を認めた人間、そして矛盾そのものである人間……。人々のその矛盾を内包した世界は、いびつな形の石を無理やり積み上げた巨大な砦だ。神は砦の核心となる石をひとつずつ取り除いて、世界を篭絡してしまう。砦が崩れ落ちる時に生じる、一時だけの秩序を求め。神は知っているのだ。どの石を取り除けば世界の形がどのように変わってゆくのかを。矛盾におぼれる人間たちは、それでも誰も悪くはない。だけど世界は畸形である。世界に群がる畸形の者たちよ、人が死んで、初めて世界は秩序に満たされるのよ…そう云って、ミーナは悲しく嗤った。 
ジャンゴ 【角川文庫】
花村萬月
本体 552円
2000/10
ISBN-4041898072

「春風仇討行」
評価:C
この宮本昌孝の書く物語は"堅い"なあと思った。"堅い"といっても悪い意味ではなく、信心深いとか義理がたいといった前向きな堅さである。春の陽を反射する、白い袴を身に着けた若い女性が立っている。刀を構え、人を射るように見つめ、凛とした姿勢で機を狙っている。そんな目を焼くような眩しい光景が脳裏を走る。この物語の主人公たちは、突然現れた、光輝く彗星のようにキラリと輝き、人々の目を惹きつけて、強烈な光の尾を残していった。冬の、高く晴れ渡った空のように爽快な物語だった。 
春風仇討行 【講談社文庫】
宮本昌孝
本体 533円
2000/10
ISBN-4062649926

「絶景、パリ万国博覧会」
評価:B
万国博覧会にそんな高邁な思想があったとは驚きである。万国博覧会を創造した人々の中には、経済の発展や労働者、消費者の地位向上といったスバラシイ思想があったというのだ。それはひとりの人間のちょっと酔狂ともとれるモノスゴイ思想と、その思想の信者であった2人の人物が、時の帝王の力をかりて実現させた、らしい。彼らの目的は、資本主義社会の中にいて情報不足のために「競争」を知らない国民に、高品質で安価な品物を見せることによって生産意欲をかきたてることである。今、開かれようとしている諸万博の趣旨とはなんとかけ離れていることか。何事もことが大きくなり過ぎると、当初の思い通りにはならないものである。 
絶景、パリ万国博覧会 【小学館文庫】
鹿島茂
本体 752円
2000/11
ISBN-4094047727

「ジンジャー・ノースの影」
評価:A
どんどん状況が変わるスリリングな展開。やはりスピード感のあるサスペンスはおもしろい。孤児だった自分の母親を知るために小さな競馬場にやってきた"わたし"。喧騒さのただよう競馬場の労働者たちの空気が、突如血生臭いものに変わる。競馬場はわたしが考えていたものよりずっと閉鎖的な空間だった。思いもよらない人物が過去のわたしの母とつながってゆき、そして、わたしは真相を突き止める。天国に片足突っ込んだような瀕死の状態で…。話の展開は、フラッシュをたいたカメラを連写させたように強烈な印象を残し、めまぐるしく変わった。最後に余計なお世話かもしれないが、主人公は、ちゃんと病院にたどり付けたのだろうか、サンドラや、主人公に関わりのある人たちは、これからどうするつもりだろうかなどと考えてしまった。

ジンジャー・ノースの影 【ハヤカワ・ミステリ文庫】
ジョン・ダニング
本体 740円
2000/10
ISBN-4151704051

「アンダードッグス」
評価:E
シアトルは以前大火災で壊滅し、その復興の際に地面を一階分高く再建した。つまり今まで二階だったところが一階となり一階だったところは地下に潜った。地下におかれた一階部分はそのほとんどが使い物にならない残骸だったが、中にはまだ原型をとどめる家屋やストリートが残っている。そしてそこに人が棲んでいる。その中で繰り広げられる、ひとり芝居の追いかけっこ。そこに迷い込んだ人々は、闇に追われ、光を追い求める……ぞくぞくするような設定だと思う。しかし、この本の文章は(云い回しが難しいのか)すんなり頭に入ってこなくて非常に疲れてしまった。私の読み方が悪かっただけかもしれないが。
アンダードッグス 【文春文庫】
ロブ・ライアン
本体 733円
2000/10
ISBN-4167527618

「2000年のゲーム・キッズ」
評価:D
「夜、トントントンと扉を叩く音がする。お客かな?と思って扉を開けるが外には誰もおらず、おかしいな、と思いながらも部屋に戻る。――そんな経験ありません?しかし、このまま放っておいちゃ行けない、扉を叩くものの正体を見極めるまでは、これは、警告なのかもしれませんしね。特に最近はジョウホウって奴が夜、一人歩きする時代ですから、姿が見えないから誰もいない、大丈夫だなんて思っちゃいけない。奴は虎視眈眈と我々のことを狙っているのかもしれませんよ、一瞬で人を消せる"リセットボタン"を携えて」これからの未来は予測できそうで予測できない。今より良くなるのか、悪くなるのかは多分、後にならないと分からない。少し怖い気がします。  
【幻冬舎文庫】
渡辺浩弐
本体 533円
2000/10
ISBN-4344400399

「ジグザグ・ガール」
評価:B
奇術師は傲慢だ。人を騙し優越感に浸る。作られた自分を自分だと思い込む。なんだかカッコイイ雰囲気が嫌いだ。少し手先が器用だからといって、万物の不思議は自分が司るのだなんていう、あの目が嫌いだ。キザなあの服が嫌い。そして人をバカにしたような態度、許せない……ところでこの本、奇術師が主人公なのだが、私が評価をBにした理由を考えてみたい。この本はおもしろいか、つまらないかと聞かれたら、私はよく分からないと答えるだろう。主人公の"わたし"が突然恋人をなくし、茫然自失になってしまう話である。奇術師である彼は、自分を騙すことに慣れていたせいで、彼女を失い悲しむ自分に驚き続ける。頭の回転は止まり、自分が何を思い何をやっているのか、彼にはわからない…。私は"わたし"の世界を少しだけ共有させてもらった。そして少し悲しいと思った。たぶん、ただそれだけだ。
ジグザグ・ガール 【創元推理文庫】
マーティン・ベットフォード
本体 920円
2000/10
ISBN-4488207022

「変人島風物語」
評価:B
非常に端正に織り込まれた木目の細かい着物のような、キレイな本格推理もの、という印象を受けた。だが、ちょっとひねくれている。「変人島風物誌」は一人称で書かれているが、この語り手が油断ならない。浮気性でフラフラしていて全島民から軽いやつだと思われているetc etc…をぜーんぶ棚に上げて「私は変人ではありません。島の住民でまともなのはおそらく私一人でしょう」といけしゃあしゃあと云う。そんな人物が独り語りするのでは、フェアな推理ができないではないか?と思われるかもしれないが、それが事実関係はほれぼれするぐらいきちんと述べてある。また、推理小説だと思わなくてもおもしろい。文章が、まるで本文の中でスキップして小躍りするように、喜んでワクワクしている。こんなおもしろい本を書く作家を放っておくのはもったいない。他の作品も読んでみたいと思った。
変人島風物語 【創元推理文庫】
多岐川恭
本体 880円
2000/10
ISBN-4488429017

「千年紀末古事記伝 ONOGORO」
評価:B
言葉が心に響く。文章は明晰で混じり気が全くないのに、ずっしりと何かがそこに存在することを感じた。そしてすごいと思ったのは人や神のセリフだ。一文のセリフだけで性別はおろかその人・神の性格まで「美人が好きそうな男だな」とか「これは夫を尻に引くタイプの女だ」というように分かってしまう。これはすごいことだ。1ミリのノミが30センチも跳ぶことと同じぐらいすごいと思った。鯨統一郎はすごい。そして、古事記もすごかった。悲劇は少なく、いつも最後には心優しく力強いものが勝者になれるすがすがしさ、そしてめちゃくちゃ多い、情事にまみれた人々。しかも現代人の感覚からいけば異様なくらいストレートに表されている。こりゃ18禁じゃないけど13禁ぐらいにしといてもいいんじゃないのと思ったほどだ。しかし、それもこれも全部含めてこの本はとても愉快だった。鯨統一郎も古事記もなんだか愉快でたまらなかった。

千年紀末古事記伝 ONOGORO 【ハルキ文庫】
鯨統一郎
本体 640円
2000/10
ISBN-4894567695

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