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      「心では重すぎる」

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    【文藝春秋】
  大沢在昌
  本体 2000円
  2000/11
  ISBN-4163197303
 

 
  今井 義男
  評価:A
  またもや<失踪物>であるが、趣はすこぶる暗く深刻だ。特に荒れた少年たちの描写が真に迫っている。チームと呼ばれる集団の残酷さ、凶暴さは考え様によっては裏社会の住人と何ら遜色がない。満ち足りることを知らない歪な負のエネルギーは至るところに充満している。消えた漫画家を捜す佐久間は訪ねる先々でささくれた彼らの生態に切り結んでいく。漫画家のコアなファンを自認する依頼人といい、地回りのやくざといい、これら虫酸の走る輩の存在が陰湿な我が国独特の<闇>を浮き彫りにする。慌しい年の瀬に何という厚みの本だ、とたじろいだが杞憂だった。無関係な二つの事件がクロスする頃には時間の経過も気にならなくなっていた。魔性の女子高生、錦織令の世界観には一種異様な説得力がある。

 
  原平 随了
  評価:A
  鮫島さんよりも、佐久間公の方にずっと親しみを覚えるのは、〈佐久間公〉シリーズで大沢在昌にハマったから……。ということもあるにはあるが、しかし何よりも、〈佐久間公〉シリーズは正統派のハードボイルドであり、失踪人を捜すという過程の中で、時代の病巣が最も残酷な形で現れる瞬間に常に立ち会ってきた、一人の無力な男の物語であるからだ。 今回、佐久間公が捜すのは失踪したマンガ家である。西村繁男:著「さらば わが青春の『少年ジャンプ』」(幻冬舎文庫)を参考にしたのではないかと思われるマンガ界の過酷な内情や、新興宗教の裏側、渋谷を根城に、クスリに溺れる若者達や憎悪のみを誇りとする少女などが、痛み無しで読めぬほど繊細に描かれている。 そしてまた、触れられたくない人の心の内に踏み込まざるを得ず、なぜ探偵を続けるのかと自問する佐久間公の迷い込んだ闇は限りなく深い。

 
  小園江 和之
  評価:A
  上手いよなあ、ほんとに。主な舞台は渋谷なんですが、決して現代風俗によりかかった物語ではないんですよね。もちろん、おクスリ問題やマルB関係も出てはくるんですが、それはあくまでも「人が寄って立つに必要なもの」を描くための道具立てのようです。少年漫画雑誌業界の実態は以前に読み聞いたことがありますが、やはり凄まじい世界のようですね。結局、みんな何かの神様が必要で、それが見つからなけりゃ自分が神様になるしかないってことでしょうか。それにしてもこの佐久間という主人公ですが、これだけ心と肉体を乖離させてちゃ、命がいくつあっても足りませんわな。それが探偵しか出来ないってのも業が深いというか。どのキャラクタにも無理・無駄がなくて、すーっと入って行けます。お薦め。

 
  松本 真美
  評価:B
  「持つには厚すぎる」。でも好きです。例え、小説というより<渋谷系若者論><漫画及び漫画家論><SM論><新興宗教論><やくざのシノギ論>という現代社会学、そして、佐久間公の私的<探偵論>の講釈を受けているようであろうとも。そして、設定・展開がどうあれ、どこかいつもの大沢的プロミストランドに映ろうとも。 なんでうざったい(!)のに好きかというと、安住してない気がするから。混沌として理解不能に見える現代という魔物も、ただカードを並べるだけでなく、咀嚼しようと試みる作者の姿勢に好感が持てるから。もしかしたら手の内の見せ方が巧いのかもしれないけど、もがく大人はかっこいい。ただ、個人的には<飼い主様>には最後まで不気味に突っ走って欲しかった気がしました。 大沢在昌は読者に迎合することなく、今後もどんどん読者を選んで欲しい。いいじゃん、どーせ昔は「万年初版作家」って言われてたんだから。あ、無責任発言。

 
  石井 英和
  評価:B
  マンガ界裏事情プラス渋谷の若者事情、主にドラッグ関連。それを、お得意の裏社会事情で締めて、携帯の呼び出し音を至る所で鳴り渡らせた作品。物語の前半で提示される「失踪したマンガ家」や「女子高生」に関する謎は、終局に至って(以下、これから読む人の興味を削がぬよう、削除)が、ファンの人達は、謎解きのカタルシスより、そこに至る過程で語られる「大沢節」に、まるで音楽を聴くように酔わんがために、彼の著作を手に取るのだろう。そう、小説というよりは、おそらく音楽なのだ。今回は内省傾向の作品なので、ある種の懐メロ的感覚がある。私もペ−ジを繰りながら、結構その気で「歌って」いたので悪い点は付けずらいが、しかしこれが小説の本道になるのは困る。あと、登場人物が座り込んで長話をするシ−ンが頻繁にあるのは、やっぱり納得できない。

 
  中川 大一
  評価:B
  新宿の次は渋谷。相変わらず関西人に厳しい設定だ。109?警察に通報したいのなら、数が1つ足らへんでぇ。閑話休題。私立探偵が失踪した漫画家を追ううち、薬物のブラックマーケットに足を踏み入れて……というお話。探偵の佐久間と彼を支援する沢辺って、口調も考え方もよく似てて、二人で喋ってるとどっちがどっちのセリフだか分からなくなる。まあ、これは些細な瑕疵。では、随所に散りばめられた、十代と上の世代との差異に関する「考察」はどうか。むろんこの作者のこと、知ったかぶりのお説教を開陳しているはずはない。それでも邪魔っけな感じは残る。少年ジャンプの編集長だった西村繁男の『さらばわが青春の少年ジャンプ』と『漫画王国の崩壊』をサイドリーダーにすれば、より興味が増すはず。

 
  唐木 幸子
  評価:B
  私は東京に住んで20年以上になるが、渋谷は今でも苦手な街だ。行くたびに迷う。山手線で降りても目指す出口に行き着けないくらいだ。その渋谷が舞台のこの小説の読後の印象はまさに渋谷そのもの。私立探偵・佐久間公が追い求めるものが、消えたベストセラー漫画家なのか、チームにはびこる薬物なのか、謎の美少女なのか、病んでいる少年の救済なのか、テーマがとにかく複雑だ。そこに暴力団の抗争や新興宗教まで出てくるので、もう、追いきれない。著者が描こうとした世界がズバリ、そうした混沌とした現代なのだろうけれど、私には重すぎた。それとは別に、少年漫画週刊誌がこんなに苛酷な世界だとは知らなかったなあ。あの綴じ込みの読者アンケートハガキが、連載打ち切りにも関係する重要なものだったとは、、、、。

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