年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班
      「岬へ」

一覧表に戻る



商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
 
    【新潮社】
  伊集院静
  本体 2000円
  2000/10
  ISBN-4103824034
 

 
  今井 義男
  評価:AAA
  人はいつか自分の根を下ろすに相応しい場所を探し始める。その情動は誰にも押しとどめることはできない。本来、美しい親子の関係とはそうあるべきなのだ。強大な力を持つ親の庇護を拒絶する主人公英雄の心情は、依怙地で青臭くもあるが潔い。人が成長する過程で出会う事どもは、時には礫となって身を苛む。芽吹く季節を謳歌する間もなく散り急ぐ、命のはかなさに打ちひしがれる姿には胸を締め付けられた。荒ぶる海は人と人を分かつ現実を物語るようである。かつて海を渡り島国の地方都市で成り上がった父。父に寄り添いながらも英雄に深い理解を示す母。ひとかどの父母と<家>を捨て去ること。それは青年期に運命付けられた永遠の寓話である。組織や仕事に縛られることを嫌う、パラサイト・シングルのはびこる現代にあって、この物語の中に蕭蕭と響く海鳴りはたとえようもなく重い。小説の底力を垣間見た思いがする。


 
  小園江 和之
  評価:A
  ひさしぶりに溜息が出るような小説を読みました。ギミックもとんぼ返りも 一切なし。それなのに、頁を繰る手が止まらない。なんでこんなにも切なくてあたたかいんでしょうか。ここには、生きてこの世にあるというだけで、人がその大小にかかわらずたくさんのものを失っていく様子がまざまざと描いてあります。そして失うことの哀しみや喪失感はおのれだけで噛みしめ、他人の運命をどうにか出来ると思うような傲慢さを持たず、自分の生きるフィールドを見つけるだけでいい。それが分かっていながら、ときとして人は思いもかけぬ 方向に逸れていってしまうってことも描いてあります。それでもやはり「生きている」ということはそれだけで大したことであることも。でもこういうことを書くってのは気恥ずかしさと紙一重のはず。それを微塵も感じさせないのは、著者が真っ正面から勝負しているせいなのでしょうね

 
  松本 真美
  評価:A
  ゴメンね伊集院静。名前と断片的なワイドショー知識でもっとヤワな小説を書く人かと思ってた。こんなに骨太で直球派とは。読まず嫌いの先入観を反省。ただ、三部作最終章のこれから読むと、主人公があくまでも「自分で自分の将来を決める」ことにこだわる理由がちょっと不明瞭で残念。ちゃんと順路通りに進みましょうネってことか。 英雄というセイネンを媒介に、人間の価値、生きることの意味、理不尽な死に対する憤り、社会や国に対して身体から発せられる問題意識…等々が、こうもストレートに強い筆致で描かれ迫られると、まるで読み手の<人間性>を測られているようで、寝ころんでミカン食いながら読んでちゃマズイよな気がした。その迫力のある主張や提示が物語としての面白さを損なっていないのがスバラシイ。押しの強さも極まれば快感?まっとうで強引な男性に襟首つかまれて一気に読まされた、みたいな感じが思いのほか心地よかった。新しい自分の嗜好を発見したかも。…勝手に言ってろ、だよな。

 
  石井 英和
  評価:C
  いまさら「巨人の星」に感動してみろ!と言われても困るよなあ・・・少年が、様々な人や事件と出会い、成長してゆく、いわゆるビルドゥングス・ロマンという奴。するする読めるのだが、どうもこちらの魂には響いてこない感動だ、という気がする。 映画化の際には「男が男らしく、女が女らしかった時代、本物の感動があった」とか宣伝されそうな物語だが、結局、「親父の昔の自慢話」に過ぎないのではないか?そうなってしまったのは、この、過去が舞台の物語を書き上げる際、著者が、自身の視点もまた過去に置いてしまっているせいだ。ために、読んでいても、浮かび上がってくるのは「本物だった時代」への懐旧の念ばかりで、著者の今を生きる息吹きが感じ取れない。なんだか「印刷されたばかりの古本」を手渡されたような気分になってしまうのだ。

 
  中川 大一
  評価:A
  父親への反発、親しい者の死、酒と喧嘩、初恋と失恋。ビルドゥングス・ロマンの道具立てとしては、むしろ平凡かもしれない。時折、朝鮮半島との結び付きについての描写がぎらりと異彩を放っている以外は。では、こちらの胸をゆすぶるのは何なのか。それは、行間ににじみ出た、ひりつくような焦燥感だ。若者が自らの行く末に思いを馳せるときに必ず伴う、あの感覚。本書の主人公の場合には父親をモデルにしにくいから、それだけ自己形成にもがくことになる。時に暴れ、始終酔いつぶれる。書き抜きたい言葉はいくつもあるが、一つだけ。「生きて行くのに価値がいると本気で思っていたら、それが傲慢なのさ」。気取ったペンネームと無頼派という触れ込みから、これまで敬遠していた作家だった。反省。技巧に走らぬストレートな青春文学、絶対のおすすめだ。せっかくの三部作、『海峡』、『春雷』、本作と、順を追って読めばよかった。それだけが口惜しい。

 
  唐木 幸子
  評価:AA
  私はこの作品を11月の目利き本に選んで心からの書評をよせているので、バックデータを御覧いただけると嬉しい。私はこの著者の最初の本『あの子のカーネーション』からもう、ずっとこの人の書く文章が好きで読み継いでいる。とにかく、私が思い描くところの小説家らしさを隅々まで満足させてくれる人だ。決して器用な人ではないと思うし、作品によって出来不出来の差もあるように感じる。しかし、『海峡』『春雷』と続いてきたこの自伝的と言われる3部作は著者の代表作になるのではないか。慎重に書き連ねられる文章の一つ一つが激しく、時には暖かく胸に染みて、多くの感情を押し流すような深さがある。容赦なく襲う運命的な出来事の奔流の中で立ち尽くす主人公・英雄の姿を思うとき、読む者の心にこみ上げてくるものがある。この、「どのくらいこみ上げるか」という点で、今の時代の作家でこのくらいこみ上げるのは、私はこの人が一番だ。というわけで、当然、今月のイチ押し。

戻る