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中川 大一の<<書評>>

「百年の恋 」
評価:C
そうかあ。高給取りの嫁さんと結婚して逆玉にのると、ぶらぶら暮らせるかと思いきや、いろいろとつらいのお。プライドさえ捨てりゃいいんだろうけど、そうもいかないわね。前半に、主役カップルのうち男の方が素麺をゆでるシーンが出てくる。そういやこの小説、素麺みたいな読み心地。つるつると呑み込めて、腹にもたれない。会話文が多用され、舞台は現代日本で、三十代の夫婦の結婚・出産・育児の物語。多くの読者にとって、想像しやすい設定だ。年収も性格も能力も、この二人の間に入る人がほとんどだろうし。そういう意味じゃ中庸を得た小説、バランス感覚に長けたストーリー。ん?よく言ってるわりに評価が低いって?うん、私ゃ大阪人なんで、素麺よりもけつねうろんが好きやねん(x_x;)\バキッ!! 
【朝日新聞社】
篠田節子
本体 1500円
2000/12
ISBN-4022575573
 

「岬へ」
評価:A
父親への反発、親しい者の死、酒と喧嘩、初恋と失恋。ビルドゥングス・ロマンの道具立てとしては、むしろ平凡かもしれない。時折、朝鮮半島との結び付きについての描写がぎらりと異彩を放っている以外は。では、こちらの胸をゆすぶるのは何なのか。それは、行間ににじみ出た、ひりつくような焦燥感だ。若者が自らの行く末に思いを馳せるときに必ず伴う、あの感覚。本書の主人公の場合には父親をモデルにしにくいから、それだけ自己形成にもがくことになる。時に暴れ、始終酔いつぶれる。書き抜きたい言葉はいくつもあるが、一つだけ。「生きて行くのに価値がいると本気で思っていたら、それが傲慢なのさ」。気取ったペンネームと無頼派という触れ込みから、これまで敬遠していた作家だった。反省。技巧に走らぬストレートな青春文学、絶対のおすすめだ。せっかくの三部作、『海峡』、『春雷』、本作と、順を追って読めばよかった。それだけが口惜しい。 
【新潮社】
伊集院静
本体 2000円
2000/10
ISBN-4103824034
 

「涙」
評価:A
今、宮古島でこれを書いている。本書の後段で主要な舞台になるところだ。確かに風が強いよ。台風が来たらどんなふうになるんだろう。このサトウキビ畑と海の風景を、萄子も見たのかな。主人公の萄子が、殺人の嫌疑がかかったまま突然姿を消した許婚者の勝を追う、というのがストーリーの骨格。勝に行き着くまでにはいくつもの偶然に頼らざるをえない。それがご都合主義にみえないのは、徹底して書き込まれたディテールに現実味があるから。おそらく、資料の読み込みや現地取材に相当な手間をかけてるだろう。また、ベトナム戦争からポケットティッシュの登場まで、戦後の日本を彩る社会現象を硬軟含めて背景に取り込んでいるのもうまい。ただ、タイトルは、いくらなんでもシンプルすぎる? 
【幻冬舎】
乃南アサ
本体 1800円
2000/12
ISBN-4344000412
 

「心では重すぎる」
評価:B
新宿の次は渋谷。相変わらず関西人に厳しい設定だ。109? 警察に通報したいのなら、数が1つ足らへんでぇ。閑話休題。私立探偵が失踪した漫画家を追ううち、薬物のブラックマーケットに足を踏み入れて……というお話。探偵の佐久間と彼を支援する沢辺って、口調も考え方もよく似てて、二人で喋ってるとどっちがどっちのセリフだか分からなくなる。まあ、これは些細な瑕疵。では、随所に散りばめられた、十代と上の世代との差異に関する「考察」はどうか。むろんこの作者のこと、知ったかぶりのお説教を開陳しているはずはない。それでも邪魔っけな感じは残る。少年ジャンプの編集長だった西村繁男の『さらばわが青春の少年ジャンプ』と『漫画王国の崩壊』をサイドリーダーにすれば、より興味が増すはず。 
【文藝春秋】
大沢在昌
本体 2000円
2000/11
ISBN-4163197303
 

「冥府の虜」
評価:D
著者略歴って、つい読んでしまう。本は内容がすべて、それ以外は邪魔!とも思うけど、どんな人が書いたか、気になるのは人情というもの。本書の著者は、慶応の工学研究科を出て日本原子力研究所の研究員をしていた。なるほど、原発の科学的解説部分は、とても的確(な、気がする)。問題は人間描写。ショボくれてるようで鋭い刑事とか、口は悪いが気のいい女子高生とか、非常に類型的だ。一番の疑問は主人公の造形。彼は研究者として、信念をもって高速増殖炉の計画を推進している。それはよい。ところが、プルトニウムが軍事利用されるっ、ていうのに特に感想らしきものを漏らさない。妻や娘のことばっか心配してる。何でやねん? インターナショナルな展開とドメスティックな主人公。こりゃアンバランスだ。
【祥伝社】
高嶋哲夫
本体 1900円
2000/12
ISBN-4396631820
 

「岡山女」
評価:B
岡山出身の女性から聞いたことがある。この地では、3歳の子供でも「わしゃあ、アイスクリームがほしいんじゃが」という具合に話すので、全県通じて「まんが日本昔話」の世界が広がっている、と。なるほど岡山弁は昔話にぴったりだが、本書を読むと、怪奇譚にもよくなじむことがわかる。隻眼の霊媒師・タミエと依頼客が繰り広げる怪異なるストーリー。舞台は明治の終わり、珈琲・蒸気機関車・写真など、当時日本に入ってきたばかり西洋の文物が背景を彩っていて、それらを迎える人々のどことなく高揚した気分が、ホラーに奥行きを与えている。また、タミエの霊力が半端ですぐにはすべてを見通せないのも、物語に起伏をもたらすうまい設定だ。所々、幻想的な描写でちゃんと焦点を結んでいない箇所があるのでB。 
【角川書店】
岩井志麻子
本体 1300円
2000/11
ISBN-4048732633
 

「ダイブ2」
評価:C
ソフトカバー、950円、190ページちょっと。大きめの活字、多めのルビ。こんなこと、枝葉末節かもしれない。でも大切な要素だと思う。おかげでさくさく読めて、次が待ち遠しく感じられるんだから。全巻そろえたら結構高価で厚い本になるんだろうけど、そんなに抵抗ないよね。これもマンガ的手法の応用だろう。本巻では、前回サブ的位置にいた沖津飛沫(人名だよ)がぐっと前面に出て、知季は充電中。それが次回への興味をつないでいる。3巻では知季が大ブレイクするんじゃないかって。上手なお話しだけど、「大人の読者も堪能できる」(北上次郎)とは思わないんだ。本シリーズはやはり若者向き。私のような中年はいまいちのれない。それで本書の価値が下がるわけでは、ないけれど。
【講談社】
森絵都
本体 950円
2000/12
ISBN-4062105209
 

「八月の博物館」
評価:B
インディ・ジョーンズとバック・トゥ・ザ・フューチャーを合わせたような小説、というたとえは軽薄にすぎるかしら。物語は作家・少年・考古学者の3つの視点から語られるんだけど、「作家」の部分って、どうしても必要なのかなあ。読者としては、入念に構築されたワンダーランドたる「八月の博物館」でたっぷり遊びたい。「たくさんのものが集まっていて、ごちゃごちゃして、でもそれが楽しくて、いろんなものを見ながら好きなところへ行ける」。うん、その通り! なのに、そこにいる少年の存在自体がしょっちゅう相対化されるために、映画の途中でフィルムが空回りしてるような気分になるんだ。作家は著者の分身で、このパートがないと俗っぽい単純なジュヴナイルSFになる、と著者は言うんだろうか。
【角川書店】
瀬名秀明
本体 1600円
2000/10
ISBN-4048732595
 

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