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      「涙」

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    【幻冬舎】
  乃南アサ
  本体 1800円
  2000/12
  ISBN-4344000412
 

 
  今井 義男
  評価:D
  このところやたら目にする<失踪物>である。何冊か読んで興味をそそられたことは残された側の身の処し方の差異である。よほど経済的に恵まれた人間でない限り、身を切られるような哀しみもやがて毎日繰り返される雑事の中に埋没していく。それは失踪した人間のことがどうでもよくなったのでは断じてない。そうして折り合いをつけなければ生きてはいけないからそうするのだ。健全な人間の自然な成り行きである。生活の心配もなく暇に飽かせて婚約者の足取りを追う萄子に、共感を抱く女性が果たしてどれくらいいるだろうか。身を沈めるしか生きる術のない洋子の代弁をさせてもらえるなら、お嬢様の甚だ贅沢な悩みと言わざるを得ない。簡単に諦めてしまったら話が成立しなくなるけれど。


 
  小園江 和之
  評価:D
  えーと、帯の「サスペンス」ってのにはあまり期待しないほうがいいんでないかと。ある中流家庭のお嬢さんが、挙式直前に謎の電話を残して失踪してしまった相手を捜しまわるんですが、時代背景が東京オリンピックの頃ってわけで、その辺の描写がわたしにとっちゃノスタルジックではありました。ただまあそこいらの要素を差し引いてしまうと、とにかくまどろっこしさが目立ってしまいます。そりゃ、そんなに簡単に見つかっちまったらお話にならんのでしょうが、さんざっぱら引っ張ったわりには、謎解きがこれではちょっとなあ。ただですね、市井の人間が刑事事件に巻き込まれた場合、あまりに出来ることが少なく、事実の受容には厖大な時間と苦痛を伴う様子がきっちりと描かれていて切ないです。

 
  松本 真美
  評価:B
  東京オリンピック周辺の日本、を題材にしたことが効いてると思う。当時の世相や風潮や価値観がこの小説の大きなキモになってる。その描き方が『昭和の全記録』あたりできっちり調べました的で、時折うっとうしかったけど。冤罪モノ、かつ山の手のお嬢さん萄子の成長記でもあるが、私はバリバリ恋愛小説として堪能。琴線に触れる小説は多々あれど、自分の琴線は1本ではないわけで、この小説に触れられた琴線は、私にとって久しく振動していなかった線だった--ってまわりくどい誉め言葉ですね。終盤はおもいっきり感情移入しちゃいました。<待ち人>淳もいい味出してたけど、私は勝の最後のセリフ「幸せになれ」にやけにぐっときた。くうっ!せつねえ!ある意味、幸せな女だぜ、萄子さん。とにかく、主役クラス以外の登場人物もひとりひとりきちんと描かれているし、乃南アサって職人!と好感が持てた佳作。一気読みしました。

 
  石井 英和
  評価:D
  なんだ、こりゃ?結婚式を目前にして突然、殺人の疑惑を被せられ、姿を消した婚約者を捜し回る女の物語。昔、昼下がりのTVでよくやっていた「すれ違い系メロドラマ」を思わせる。しかし、このヒロインによる探索行は、どこか名所案内的で、切実な筈がそうも読めなかったり、逆に最後の島巡りに至ってはパラノイア的に見えてきたりで、具合がよろしくない。その上、終局でなされる、婚約者の失踪の理由説明もすっきり納得できるものではなく、スト−リ−展開の都合上、登場人物を強引に失踪させてしまった著者が、失踪を読者に「必然的!」と納得させるために悪戦苦闘している感じだ。怪作。唐沢俊一氏がよく紹介している「昔描かれたヘンテコな少女マンガ」に近い手触りもあり、「結構笑えたから採点A!」とやろうかとも思ったが。

 
  中川 大一
  評価:A
  今、宮古島でこれを書いている。本書の後段で主要な舞台になるところだ。確かに風が強いよ。台風が来たらどんなふうになるんだろう。このサトウキビ畑と海の風景を、萄子も見たのかな。主人公の萄子が、殺人の嫌疑がかかったまま突然姿を消した許婚者の勝を追う、というのがストーリーの骨格。勝に行き着くまでにはいくつもの偶然に頼らざるをえない。それがご都合主義にみえないのは、徹底して書き込まれたディテールに現実味があるから。おそらく、資料の読み込みや現地取材に相当な手間をかけてるだろう。また、ベトナム戦争からポケットティッシュの登場まで、戦後の日本を彩る社会現象を硬軟含めて背景に取り込んでいるのもうまい。ただ、タイトルは、いくらなんでもシンプルすぎる?

 
  唐木 幸子
  評価:A
  これは静岡新聞に連載された小説だということだが、こんなに起伏に富んだ小説を毎日、ちょびっとづつ1年間にわたって読まされた静岡の人々はさぞかし、大変だったことだろう。私も過去に、『おまえ、他に楽しみないのか』と夫に言われつつも新聞連載にハマッて、毎朝、新聞が届けられる時刻に起き出して玄関先で待っていた小説が幾つかあるが、これはそれらを越える。正月休みに1日で読んでも、途中で止められない面白さだった。筋立ては、挙式直前に消えた婚約者・勝を探しつづける萄子が行く先々ですんでのところで会えなくて、、、、と単純だが、昭和40年前後の時代の出来事をうまく取り入れた展開が巧みで、つい引き込まれてしまう。物語に現れては消えて行くその場限りの登場人物も多いし、萄子のお嬢様ぶりも類型的だが、行き当たりばったりのうちにも話がぐんぐん盛り上がる。ラストまで一気に読もう。

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