年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班
     

一覧表に戻る


 
   泣きの銀次
  【講談社文庫】
  宇江佐真理
  本体590円
  2000/12
  ISBN-4062730375
 

 
  石井 千湖
  評価:B
  若旦那から岡っ引きになった銀次は変な主人公だ。まず、死体を見たら泣く。お坊ちゃんでお人好しだけど自分勝手(お芳に対する態度はなんだ!)で頭もあんまりよろしくない。怪しい奴からもらった金を捨てようとすると「銭に罪はねェ。銭は銭よ」などと言う。町人育ちで金のありがたみを知っているからストイックな侍気質は鬱陶しいと思っている。ヒーローからはほど遠いが人間臭くて面白い。こんなに頼りないのに妹の敵なぞ捕まえられるのかなあと誰もが思うだろう。その分周囲の善意ある人々が助けてくれる。銀次が追っていた連続殺人の真相はやや期待外れだったけど、江戸の市井の生活描写と食べ物や酒がやたらと旨そうなのがよかった。

 
  内山 沙貴
  評価:D
  エサを求めて水面ギリギリをいく水鳥みたいに、水面をパシッパシッとかすめていくような話だ。話自体はおもしろいと思うのだが、それは部分部分で区切ったときにそう思うのであって、全体を眺めてみるとどうもおかしな景色が残る。朝、居間に降りてみると、裏返されたお面があり、「ああ、これは昨日見た、やけに表情の生々しいお面だな」と思って裏返す。するとそれは違うお面で、やけに真に迫った恐ろしい顔が描かれていて、ちょっとびっくりする。信じていた何気ないことが、そこにはなかった。そんな感じだ。話の始まりから終わりまでの間にいろんな事件が起るのに、主人公の銀次が精神的に全く不動であるため、そんな不自然さを感じるのかもしれない。おもしろいけどおかしな話だった。

 
  大場 義行
  評価:D
  捕物帖の雰囲気、江戸の雰囲気、市井に生きる人々の雰囲気、これらはだいぶ充分に、かなり確実に出ていると思う。良いところの若旦那でかつては吉原に通っていた主人公。妹が殺されてそれらを捨てて岡っ引きになる主人公。「泣きの銀次」「韋駄天ばしり」などの異名。この主人公に心寄せる女は健気でそれでいておきゃん。なんだか書き割りのように出来上がった世界。まずこのどこかで見たかのような基本設定が、テレビの時代劇を眺めているかの様で、入り込めなかった。それでいて連続殺人、シリアルキラーと余りにも異色な犯人。この二つがあまりに違いすぎて、最後まで違和感を感じ続けてしまった。

 
  操上 恭子
  評価:B-
  「ハードボイルドだなぁ」と思った。一人称じゃないけど、舞台は日本の江戸時代だけど、それでもハードボイルドだと思った。「泣き虫の岡っ引き」は「アル中の探偵」と同じくらい恰好いい男だと思った。途中までは。だけど、いつのまにかサイド・ストーリーだったはずのお芳とのラブ・ストーリーがメインになっていて、あれよあれよという間に……。騙されたような気がした。もちろん、面白い物語ではあった。充分楽しめたし、夢中になって読んだ。それでも、やっぱり銀さんには、険しい道を歩いて、孤独な影のある男になって欲しかったなぁ。だけど、しょせんは坊ちゃんだからなぁ。

 
  小久保 哲也
  評価:A
  こいつぁすげぇ物語を読んじまったぃ。ここんとこ、時代劇がどうにも気になってしかたねぇ、おいらにゃぁ、まったくもって、ぴたりの作品でぃ。けどよ、夜中に読み始めたのがいけねぇや。明くる日の仕事なんざすっかり忘れちまって、気が付きゃお天道様が向かいの山から顔を出そうかってぇ時間まであっという間の一気読み。しかも、読んだ後、このしゃべり方が抜けねぇもんだから翌日は仕事になんざ、なりゃしねぇ。まぁ、騙されたと思って、本屋で手に取って読んでみなって。おっと、いけねぇ。内容を説明するのを忘れちまったぃ。仕様がねぇな。今回は、内容説明抜きだ。勘弁しとくんな。

 
  佐久間 素子
  評価:C
  岡っ引きの銀次は、腕もたち頭も切れるが、死体を見ると泣けて泣けて仕事にならない。この「泣き」が不謹慎にも実におかしい。江戸っ子でドライといってもいい銀次の衝動的な「泣き」は、軽くもあり重くもある他人の死に対する誠実な反応なのだ。野次馬がありがたがるのも道理なのだが、これがまたなおおかしい。「泣き」の場面だけでも読む価値のある捕物帳である。本筋の猟奇殺人者探しに、押し込み強盗事件が平行して書かれるが、物語としてはちょっと散漫になった。事件の結末も悲惨ではあるものの、長編にしてはあっけない。人情に定評のある著者だけあって、脇役も一つ一つの場面も血が通っているのだ。ぎゅっとエキスをしぼった、連作短編形式の方が向いていたのではないかと思う。

 
  山田 岳
  評価:B
  宇江佐真理は江戸っ子や。「四の五の言ってねぇで、さっさとついてきやがれ!」と言わんばかりのきっぷのよさで、読者を物語のなかにひきずりこみよる。評者はこれまで時代物はあかんかった。東映太秦映画村で時代劇を見て’るような、じぶんは現代に身イおきながら目だけ江戸をのぞき込んでるような感じがしよった。この本には、そんな違和感はうまれようもあれへん。読んでいるわいまでもが江戸の人間になってもうた。泣きの銀次、ええ男でっせ。

戻る