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勝手に目利き
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佐久間 素子の<<書評>> 文庫本 Queen

「猫背の王子 」
評価:E
エキセントリックなヒロイン・ミチルに、最後まで感動も感情移入もできな かった。 かといって、嫌悪感や恥ずかしさを覚えたわけでもない。破滅型青春小説だと いうのに、あくまでニュートラルな読後感。我ながら嫌味な読み方だ。ミチルの感情の起伏はたしかに激しいが、その揺れは刹那的で、全体としてはむしろ無感動な印象だ。基本ベースは不幸寄り、すべてに我慢しているような姿勢はストイックですらある。ミチルは感情をコントロールできないのではなく、しないのだ。その賢さが私の読み方を冷静にさせる。多用される耽美っぽい比喩も大仰で、その都度、気がそれるため逆効果だ。

【集英社文庫】
中山可穂
本体 419円
2000/11
ISBN-408747268X
 

「イグアナくんのおじゃまな毎日」
評価:A
再読。小動物が苦手なので、ペット本は敬遠しがちなのだが、イグアナだしな、と手がのびた。これが佐藤多佳子初体験。ふっと心が楽になった。読んでよかったと思った。緑の夢をおすそわけしてほしくて、イグアナ絵はがきを買ってみた。今も時々飾っている。手間がかかるくせに、ちっとも愛情が返ってこないイグアナもいいが、あたりまえにして思いがけない男の子・日高くんがものすごくいい。キツネとヒラメに似ているという顔も好みな気がする(関係ないか)。彼の人目を気にしない正直さを、樹里はクールでかっこいいと評するが、小学生にしてけっこうな男性観である。見習いたいものだ。大人向きでも子供向きでもどっちでもいい。甘さと甘くなさのさじ加減が絶妙なこんなおはなしをもっと書いてほしい。
【中公文庫】
佐藤多佳子
本体 648円
2000/11
ISBN-4122037476
 

「競作 五十円玉二十枚の謎」
評価:C
毎週本屋に現れて五十円玉二十枚を千円札に両替していく男。なぜそんなことをするのか。そもそも、なぜ五十円玉が彼の手元にたまるのか。若竹七海の実体験による「出題」と、プロアマ13人による「解答」の競作である。文壇なるものに興味はないが、ミステリ界の交友関係は別だ。ミステリ狂いの学生が集まった親密なサークルを見るような楽しさがある。本作もそんな楽しさを前面に出している。内輪ネタに鼻白む作品もあるが、論理をひねくる遊び心は門外漢にも十分伝わる。企画の勝利だろう。倉地淳のデビュー作が読みたくて、手に取った初読時は、無謀にも一気読みをして途中で飽きた。寝る前のお楽しみ等、一作ずつ大事に読むことをおすすめします。
【創元推理文庫】
若竹七海ほか
本体 740円
2000/11
ISBN-4488400523
 

「炎都」
評価:A
ノベルズが出たとき私は京都に住んでいた。読後、夜道でびくびくしたり、京 都に理不尽なほどの愛情を感じたりしたものだ。大地震で陸の孤島になった京都に、山から天狗が、川から河童が襲ってきて、町はパニックに陥る。転生した一条帝、火妖族の姫君、陰陽道にクトゥルー神話まで飛び出す大笑いな設定なのに、このリアリティーはどうだ。京都という町の何でもありな懐の深さを味方につけて、物語は最後までかけぬける。少々甘すぎるロマンスも、筆が走りすぎているクライマックスも、読んでいるときはほとんど気にならない。文句なしの痛快感だ。ラストに向けて絶望から立ち上がる人々の姿がいい。北山に祈る人、比叡山に逃げ込む人、京都に戻る人、逃げずに戦う人・・・敬虔な気持ちさえ覚える。パニック小説だというのに。ものすごい筆力だ。異論はあるだろうが、私にとっては緑子物より園長物よりおもしろいシリーズだ。続編『禍都』『遙都』と、さらにホラが大きくなっていくので、今後どう収拾をつけるのか本当に心配、かつ楽しみである。
【徳間文庫】
柴田よしき
本体 648円
2000/11
ISBN-4198914060
 

「空へ」
評価:B
K2って何だっけ程度の未体験ゾーンに、こんなハードな本でのりこむなんて。いや、幻想がない分入りやすかったのかもしれない。人間とは何?としばし考え込む、エヴェレスト遭難記録である。長い前段においては、多分に商業的・政治的な現代の登山事情、高所での厳しい生活、さらには登山という行為・精神論についてつぶさに書かれていて、興味深い。読んでいられない程つらい遭難記録はもちろんなのだが、出版後におこったという論争が痛ましい。無酸素で頂上にむかい、顧客より先に下降したガイドの言い分は(作者の記述を信じるのならば)ごまかしにすぎないが、その卑怯に何より傷ついたのは誇り高いクライマーでもあるガイド本人であったはずだ。生還後も憑かれたように山に挑み、翌年山で死んだ彼の、業の深さを思う。
【文春文庫】
ジョン・クラカワー
本体 819円
2000/12
ISBN-4167651017
 

「奪回者」
評価:D
プロのボディガード・アティカスの今回の警護者は、かつての上官の娘エリカ。チームを組んで強敵SASに立ち向かう。エリカの母ダイアナの登場で盛り上がると思いきや、そのまま失速。いわゆる、どんでん返しにもあまり興奮はできない。何といっても不満なのは、チームの存在が、話の進行につれ希薄になっていくことだ。機能的プロ集団の描写より、内部恋愛の話が多くないか? アティカスは人間関係のドロドロに苦悩するけれど、下半身が暴走しているだけに見えなくもない。ストーリー、人間関係ともに、示唆されるシリーズ1作目の方が質が高そうだ。というわけで、興味のある向きは、まず『守護者』を読まれることをおすすめします。
【講談社文庫】
グレッグ・ルッカ
本体 990円
2000/11
ISBN-4062730197
 

「熱砂の絆」
評価:C
固い友情で結ばれたアメリカ人青年と、ドイツ人青年、ユダヤ人娘が、第二次世界大戦でひきさかれる。三人の再会は、ナチスの極秘任務をめぐる敵味方としてだった。任務が始動する上巻後半まではだるかったけれど、後は一気呵成という感じ。頻繁なカットわり、ストレートな展開と人物配置、チンケな邦題すらも一昔前の映画感覚だ。名前すら覚えられれば、あまり脳みそを使わずに娯楽作品として楽しめる。長いから読みごたえも十分だ。人物には少々難有りで、特にヒロインがつまらない。と、憤慨するほど書き込まれているわけでもないのだが。女性票が欲しいのなら、お人形ではない生きたヒロインが必要だろう。
【二見文庫】
グレンド・ミード
本体 790円(上下とも) 
2000/11
ISBN-4576006762 (上)
ISBN‐4576006770 (下)
 

「スタンド・アローン」
評価:C
コージィにしては、直訳式の文章が読みづらいのだが、軽快なテンポ、親しみやすいヒロイン、ちょっと苦くてさわやかな後口等々、ファンがつくのもわかる気がするシリーズ第3作目。探偵事務所を開いたテスへの初依頼は里子探しに実子探し。ボルチモアを走り回るテスの目にうつる、人種の壁や貧富の差が痛い。テス自身、ちょっと傷ついたり、ちょっと反省したりしては、慌ただしく現実に帰っていってしまうし、読者としても本筋に戻らざるをえないのだが、自分の中にある偏見の芽に光をあてられて、少々なりとも恥ずかしい思いを抱くのだ。例えばホームレスの老人から受け取ったソーダを、ためらいつつ飲むテスをまぶしく感じる瞬間などに。
【ハヤカワ文庫】
ローラー・リップマン
本体 800円
2000/11
ISBN-415171653X
 

「絶海の訪問者」
評価:C
沈みかけたヨットにとりのこされた夫と、若くて頑健な狂人にヨットをのっとられた妻。愛する者を助けるため、離れゆく二つの船上で戦いが始まる。シンプルでよみやすいが、スリラーとうたっている割には幾分のどかな印象だ。風のない晴天のじりじりした焦燥感、夫妻の孤独な戦い、状況は十分スリリングなのだが、「訪問者」ヒューイーがあまり怖くない。性格、過去、狂人という設定に対する説得力、どれも弱い。でもそれは、60年代に書かれたこの本のせいではないのだろう。世紀末の小説に出てくる異常者が怖すぎるのだ。また、それに慣れた読み手側の問題である。それにしても、絶海って・・・。訳はいいのに、これまたひどいタイトルだ。
【扶桑社ミステリー】
チャールズ・ウィリアムズ
本体 705円
2000/10
ISBN-4594030009
 

「泣きの銀次」
評価:C
岡っ引きの銀次は、腕もたち頭も切れるが、死体を見ると泣けて泣けて仕事にならない。この「泣き」が不謹慎にも実におかしい。江戸っ子でドライといってもいい銀次の衝動的な「泣き」は、軽くもあり重くもある他人の死に対する誠実な反応なのだ。野次馬がありがたがるのも道理なのだが、これがまたなおおかしい。「泣き」の場面だけでも読む価値のある捕物帳である。本筋の猟奇殺人者探しに、押し込み強盗事件が平行して書かれるが、物語としてはちょっと散漫になった。事件の結末も悲惨ではあるものの、長編にしてはあっけない。人情に定評のある著者だけあって、脇役も一つ一つの場面も血が通っているのだ。ぎゅっとエキスをしぼった、連作短編形式の方が向いていたのではないかと思う。
【講談社文庫】
宇江佐真理
本体 590円
2000/12
ISBN-4062730375
 

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