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   春風ぞ吹く
  代書屋五郎太参る

  【新潮社】
  宇江佐真理
  本体 1,500円
  2000/12
  ISBN-4104422010
 

 
  今井 義男
  評価:A
  頼まれもしないのに応援したくなる人物は確かにいる。村椿五郎太はまさにそういう男である。殊に恰好よくない武士というところが私の読書欲をくすぐる。脇役も性格がよく書き分けられていて存在感があり、物語の隅々をなおざりにしない作者のバランス感覚が窺える。日本的な美意識に裏打ちされた師と弟子の微妙な距離感も羨ましい限りだ。役職に就けない下級武士も文茶屋に出入りする町人たちも天晴れに生きている。現代と比較して江戸や明治の方がよかったなどとは口が裂けてもいいたくはないが、このような環境でなら多少後戻りしてもいい。とりあえず貧しくても、事がいっかな思い通りにならなくても、である。ほのぼのとしていながら、やがてしんみりと酔える極上の小市民小説。<大河な時代物>が苦手な人にお薦め。それから時代物を読まない人たちにも。


 
  小園江 和之
  評価:B
  帯の「人情時代小説」っての、そのまんまです。五篇の連作短篇ですが、終始ほのぼのとした雰囲気で、危うげのないつくりです。最後の一篇はいわゆる「大団円」ってやつですが、これを予定調和と言うのは野暮ってもんでしょう。ま、そういうのが嫌いな人は最初から手を出しませんわな。いちばん気に入ったのは「千もの言葉より」です。いろいろな江戸関係本を読むに、赤い布団の上で起きたことは全て夢の中のこと、というのが定説でして、本篇のような出来事はそうそうあることではなかったんでしょうが、あえてそういう咄を読みたい時だってあるものです。正確な時代考証がいちばん偉いってもんでもないでしょうし。

 
  松本 真美
  評価:B
  宇江佐真理の時代小説は落ち着くからけっこう好き。私の中では「自分がささくれたり、大ハズレ本を掴まされた後に読みたくなる心の沈静&軌道修正本」化してる。今回の連作集の新しいキャラ五郎太も、ひとめを惹く抜きん出た才能はないものの、自分の力に気づき切っていないこれからな発展途上男で、代書屋をやりつつ御番入りをめざすという設定もなかなか魅力的。紀乃は好きなタイプの女じゃないけど、まあ、お似合いなんじゃないの。…なんだか、われながらすごく健全でまっとうな感想だけど、つまんないな。偉そうなことを言わしてもらえば、感想に嫌味のひとつも言いたくなるような<引っ掛かる>部分がもうちょっとあってもよかった気がしました。

 
  石井 英和
  評価:B
  江戸時代を舞台にした青春小説という事になるのだろうか。私がこの作品について感じた不満は、主人公がある老人に言われる台詞として、作中にすでに書かれている。曰く、「屈折するものが、少しはあるのが若者ではないか」と。とてつもない大事件が起こるわけでもない、根っからの悪人も一人も登場せず、主人公の前に立ちはだかる克服すべき難関も、結局は「本人の努力次第」なのだ。その「青春の日々」のハザマに、当時の市井の人々の日々の哀歓が描かれてゆく。紆余曲折も何もないのであって、なんだ、結局、始まって終わるだけの物語ではないかと言ってしまいたくなるのだが、しかし、著者の江戸時代に生きた人々へ向ける共感を込めた眼差しの暖かさと、作品全体に漂う凛とした爽やかさに、そんな不満も消えていった。

 
  中川 大一
  評価:A
  角のとれた語りの中に、ゆるゆると江戸の風景が立ち上る。振舞いのきれいな女と、気分のまっすぐな男が、きびきびと物語を形づくる。ストーリーの起伏はなだらかで、手に汗握ったり悲しみに沈み込む場面はない。粗筋だけを記すと、くさい純愛ものか薄っぺらな人情話と間違われそう。でもそうなってないのは、作者が、単に登場人物たちを動かすだけでなく、周りの空気を描くことにも腐心しているからだろう。何気なく書いてるようにみえるが、水面下じゃ結構な力が入ってると思う。せかせかと山場を求めがちな私たち読者を、これだけゆったりした時の流れに浸すのは大変だよ。そうそう、(たぶん)京都弁で、この本の読後感を表すのにぴったりの言い方があるんだ。「あ〜、ほっこりした」

 
  唐木 幸子
  評価:B
  いいなあ、私はこういうのんびりした江戸時代話は大好きである。この時代の人々の暮らしって、意外と面白おかしく人情に溢れたこんな感じだったんだろう、と想像するのも楽しい。先祖代々『高を括る』という血筋に生まれて出世できない主人公の村椿五郎太は、私が好きだった元阪神タイガースの主砲・田淵幸一みたいな性格だ。「別に打たなくてもいいんだけど打順が来たし、、、あ、当たってしもた」とホームラン。2塁を回りながらすまなさそうに星野仙一をチラリと見やってうつむく姿が正直そうだったっけ。 、、、というわけで五郎太のキャラクターが好ましく、最後まで気持ち良く読み通せた。難を言えば、肝心の学問吟味受験の下りをほんの5行で飛ばさないで欲しかった。この心優しき五郎太が最後でどんなに頑張ったか知りたいものなあ。

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