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中川 大一の<<書評>>

「ライオンハート」
評価:B
「会った瞬間に、世界が金色に弾けるような喜びを覚えるのよ」。こんなセリフ、舞台が現代日本じゃ無理だけど、このSF的設定だとOK。各章のトップに一幅の絵画が掲げられ、作者がそこから得たイメージを、あるいは絵画のシーンそのものを文中に取り込んでいる。そういや以前、『マティス・ストーリーズ』(A.S.バイアット)という本を読んだっけ。あっちはアンリ・マティスの絵画に触発された小説集で、やっぱカラー口絵が入ってた。同様の発想だけど、センスは本書の方がいい。ただ、会えぬほどに思いは高まり、ってのは確かに恋愛の真理だろうけど、それだけじゃここまで二人が惹かれ合う理由としちゃ弱いと思う。好きだったから好きなんだ、では堂々巡りの感あり。そもそもそういう話ではあるけど。
【新潮社】
恩田陸
本体 1,700円
2000/12
ISBN-4103971037
 

「春風ぞ吹く 代書屋五郎太参る」
評価:A
角のとれた語りの中に、ゆるゆると江戸の風景が立ち上る。振舞いのきれいな女と、気分のまっすぐな男が、きびきびと物語を形づくる。ストーリーの起伏はなだらかで、手に汗握ったり悲しみに沈み込む場面はない。粗筋だけを記すと、くさい純愛ものか薄っぺらな人情話と間違われそう。でもそうなってないのは、作者が、単に登場人物たちを動かすだけでなく、周りの空気を描くことにも腐心しているからだろう。何気なく書いてるようにみえるが、水面下じゃ結構な力が入ってると思う。せかせかと山場を求めがちな私たち読者を、これだけゆったりした時の流れに浸すのは大変だよ。そうそう、(たぶん)京都弁で、この本の読後感を表すのにぴったりの言い方があるんだ。「あ〜、ほっこりした」
【新潮社】
宇江佐真理
本体 1,500円
2000/12
ISBN-4104422010
 

「リセット」
評価:B
かなり終わりに近い、300ページ手前で物語の「関節」がカキッとはまる。びっくり仰天。私は『スキップ』も『ターン』も読んでないから、全然予測がつかなかった。その急展開は、無論この三部作の基調をなすテーマ、《時と人》に関わることなんだ。でも、ここでつまびらかにするわけにはいかない、ネタばれになるからね。ただ、小難しい哲学的思考やアクロバティックなSF的アイデアが展開してるわけじゃない。《時と人》と聞いて、何となく敬遠してる人(本書を読む前の私のことですがな)は、安心して読んでよろしい。私には、戦争中に青春を過ごした人たちの懐かしのグラフィティが、実に生き生きと描かれているようにみえた。実体験を持つ人はどう思うかなあ。そうだ、昭和3年生れの母に聞いてみよっと。
【新潮社】
北村薫
本体 1,800円
2001/1
ISBN-4104066044
 

「死は炎のごとく」
評価:B
祝開店アジア・ノワール賛江。本書はシリーズ第1弾。同じく大統領暗殺ものの『ジャッカルの日』と比べてみよう。緻密な構成、練られた文章、巧みな伏線――どれもフォーサイスに軍配が上がる、とみるのが一般的だろう。だがジャッカルには、標的抹殺に込めた焦げるような思いが欠けている。結局彼は雇われの殺し屋にすぎず、最終目標はリゾートでくつろぐことなのだ。その点私は、祖国の革命に身を投じた宋義哲を推したい。けれどラストは不満。本書は、社会を、時代を、民族を、熱く語ってきたのではなかったか。そうならば、単に暗殺計画の成否を慌ただしく述べただけで幕を引くことは、許されないはずだ。主人公のテロルは韓日米の未来にいかなる爪痕を残したか。そこまで書いてくれないと、不完全燃焼だ。
【毎日新聞社】
梁石日
本体 1,800円
2001/1
ISBN-4620106216
 

「恋わずらい」
評価:C
「わざとらしくすねた言い方をして」「上目遣いにいって唇をとがらせた」「鼻にかかった声で、子供じみた口調で」……。どうです? これが、主人公である作家が情事を重ねる相手の仕草。「おっ、いい女!」「かわゆーい」と思った人には、いいんじゃないでしょうか。適当に濡れ場あり、京都の観光案内ありの、軽い読み物として。「ふんっ」と吐き捨てたあなた、やめときましょう。ポルノとしては使えませんし。私自身はあんまり(肩をすくめる)。確かに、例えばアメリカ産ミステリには、自立と強さを凝り固めたような女性がしばしば登場し、あれはあれで辟易する。だからといって、本書の聖月(みづき)みたいに甘えん坊で媚び媚びで依存心の強い女なんて……ああ、唐木採点員のしかめっ面が目に浮かぶ!
【朝日新聞社】
高橋三千綱
本体 1,800円
2001/1
ISBN-4022575565
 

「偽日本国」
評価:E
ずいぶん個性的な文体……というより悪文に近い。内容がスッと頭に入ってこないんだ。中学生が猟銃を持って学校に立てこもったり、老人ホームの園長が入所者を40人も毒殺したり、ヤクザによる拳銃殺人も起こる。いずれも思わせぶりな伏線だけど、共振して大きなうねりを作ったりはしない。それこそテレビの向こうの出来事のように、淡々と流れていく。後段、主人公は、大川周明と石原完爾(らしき人物)の事績を追う旅に出る。そこで著者は、どうやら戦後民主主義批判を繰り広げたいようだ。それは構わないが、賛同しようにも反論しようにも、登場人物の口を通してだから、主張自体はっきりしない。ストーリーからも浮いている。小説なのか社会評論なのか。どっちつかずで読む方は疲れました。
【幻冬舎】
伊藤俊也
本体 1,800円
2001/1
ISBN-4344000420
 

「ハード・タイム」
評価:B
おっ。装丁、江口寿史だって。最近は、漫画よりこういう仕事をしてるんでしょうか。サラ・パレツキー初読。よって、初めキャラクターの名と関係を頭に入れるのに苦労した。それはいいんだけど、どうしても気になる疑問が二つ。一つは、本書の中では、刑務所の運営が民間企業に委託されていること。ほんまかいな?いくら何でも「小さな政府」すぎるぜ。もう一つ、刑務所と留置所が併設されており、中で、双方の収容者が出会ったりしていること。そんなアホな!アメリカの現実に照らし、小説として納得できる範囲の虚構なのかどうか、私には分からないんだ<m(__)m>。この設定はストーリーの骨格と強く結びついており、描写としても最もスリリングなのが刑務所のシーンだから……うーん、判断が難しい。
【早川書房】
サラ・パレツキー
本体 2,000円
2000/12
ISBN-4152083085
 

「ステーション」
評価:C
へえ、ユニークな趣向の本だねえ。架空の写真集をばらばらにして各ページの左側に配し、右ページには撮影者の従弟が解説をつける体裁をとっている。写真集というのは実際には写実的な絵で、アルバムから破り取られたという設定だから、しわや破れ目、汚れにいたるまで描かれている。こういう変わった本、大好き……なはずなんだけど、文章がどうも。詩情をかきたてる書き方だけど、こちらにそれに反応するレセプターがないと。例えば、頻繁に南北戦争の話題が出てくるが、私は何も知らない。「南と北の戦争」というくらいしか(笑)。ピースが足りないパズル、つなぎの少ない蕎麦。それをこっちでうまくまとめろと言われても。贈り物に最適、でも読む人はあんまりいない。イヤミな言い方だけど、そんな感じだね。
【角川書店】
マイケル・フラナガン
本体 2,600円
2000/12
ISBN-4047913596
 

「ぶらんこ乗り」
評価:C
今日、息子が通う保育園で作品展があって、行ってきたところ。0歳児から5歳児まで、120人分のお絵かきが展示されてて壮観だった。0歳の時は直線のぐちゃぐちゃだけど、1歳になって手の動きに変化が加わると、円を描けるようになるんだ。ちょうど、本書203頁のイラストのように。2〜3歳では人物を描いたりするけど、「頭足人」って言って、頭に手足が生えてるんだね、つまり胴体がない。ちょうど、13頁のイラストみたい。そして、もう少し大きくなると、116頁にあるような胴体のある人物を描き出すわけだ。イラストはすべて著者の手によるもので、子どもの絵という想定のやつは、ほんとそれらしい。よく観察してる。ああっ、文章について触れるスペースがないっ。ま、いっかヽ(^0^)ノ、他採点員の欄参照。
【理論社】
いしいしんじ
本体 1,500円
2000/12
ISBN-4652071922
 

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