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小園江 和之の<<書評>>

「ライオンハート」
評価:B
時の流れの中で何度も出会いを繰り返す男女。しかもその出会いは一瞬で、別れては次の機会をひたすら待ち続ける。というと、作者も書いてるけど『ジェニーの肖像』(ロバート・ネイサン/早川文庫その他)ですわな。じゃあ、これが単なる二番煎じかというかと決してそんなことはなくて、巧みな構成と読みやすい文章で楽しめます。主な舞台がヨーロッパなんで、たとえばこの趣向で翻訳物だったら、読み取りにかなりのエネルギーを割かれてしまい、本来の味を十分に楽しめないんじゃないかと思います。あっちの読者には説明不要の歴史事項でもこっちにゃさっぱり、ってこともありますしね。ファンタジックメロドラマが読みたいなら不見転で買っても外れないでしょう。たぶん。
【新潮社】
恩田陸
本体 1,700円
2000/12
ISBN-4103971037
 

「春風ぞ吹く 代書屋五郎太参る」
評価:B
帯の「人情時代小説」っての、そのまんまです。五篇の連作短篇ですが、終始ほのぼのとした雰囲気で、危うげのないつくりです。最後の一篇はいわゆる「大団円」ってやつですが、これを予定調和と言うのは野暮ってもんでしょう。ま、そういうのが嫌いな人は最初から手を出しませんわな。いちばん気に入ったのは「千もの言葉より」です。いろいろな江戸関係本を読むに、赤い布団の上で起きたことは全て夢の中のこと、というのが定説でして、本篇のような出来事はそうそうあることではなかったんでしょうが、あえてそういう咄を読みたい時だってあるものです。正確な時代考証がいちばん偉いってもんでもないでしょうし。
【新潮社】
宇江佐真理
本体 1,500円
2000/12
ISBN-4104422010
 

「リセット」
評価:B
あれぇ、また時間超越赤い糸かいな、と思いつつ読みましたが、こちらの舞台は日本で第二次世界大戦からこっちのはなしです。基本的には回想を除いては時間の行ったり来たりが無いんで、読んでて混乱するようなことはありません。昭和三十年代の風景の描写はなつかしいものでしたし、主人公たちの出会いと歴史上の事件・事故とのからませ具合が自然な感じで、私の年代だと「ああ、あの頃にもしこういう体験をした男女がいたら素敵なことだよなあ」なんぞという感慨も湧きますが、はて、三十代前半までの読者にどのくらいアピールするものか、感想を聞いてみたい気がします。
【新潮社】
北村薫
本体 1,800円
2001/1
ISBN-4104066044
 

「死は炎のごとく」
評価:C
映画なんかに出てくるテロリストってのは、なんだか生まれた時からそんな人格みたいに描かれてますし、まあ最後にはヒーローに殺されちゃうから細かいこたぁどうでもいいようです。ところがどっこい、この本には持って生まれた資質+状況+タイミングがぴったし合致すると、まっとうな人生を歩むはずの人間がテロリストになり得る、ってなことが書いてありました。んで、その資質ってのはなんだってことですが、どうやら自分の人生展望において欠落感の強い人間がなりやすいって事らしいです。なにしろ主人公の思想的基盤がありそうでなさそうなんで、この人がいとおしい家族を捨ててまでどうしてこんな暴挙に出られるのか不思議でしたが、そう考えるとこういうのも有りかなと思えてきます。ざらついた読み味は決して心地よいものではないけれど、退屈ではありません。
【毎日新聞社】
梁石日
本体 1,800円
2001/1
ISBN-4620106216
 

「恋わずらい」
評価:D
帯に「自伝的長編小説」とあるんで、作者が女性にもてた話を読まされるなんざ居酒屋で上司の自慢話を聞かされるようなもんだろなと腰が引けました。でまあ、ほんとうに出だしはそんな感じで、未読にしたろか、と思いましたが、我慢して読み進んでいくと主人公のただならぬ破滅指向に感心しちゃいました。この人は自分を「恋をするに値しない人間」と評価していて、女性との関係をあくまで情事にとどめておこうとする。それは相手の感情をおもんばかってとかいうんでもなく、束縛されたくない、ってのが本音だと気付いてもいる。駄々っ子のようなアルコール依存症の中年男が、いつのまにか育っていたおのれの恋心にうろたえつつ、追いすがったときには相手が身を引きはじめていて……なぁんて切なそうだけど、この男、ちゃんと妻子がいるんですよ。つまらなくはないですが、買ってまで読みたいとは思いません。
【朝日新聞社】
高橋三千綱
本体 1,800円
2001/1
ISBN-4022575565
 

「オーデュボンの祈り」
評価:C
えーと、舞台を書いてしまうとほとんどネタバレ状態なので書きませんが、個人的には(って個人的感想しか書いたことないけど)この手のものは大好きであります。ただまあ、これをミステリと言えるのかどうかについてはよく分からないんですね。謎解きはあるんですけど、それは面白さの中心じゃないと思います。結局、この小説は舞台設定がすべてと言っても過言ではないでしょう。主人公が連れてこられた孤島の奇妙な住人達や、殺人や暴行事件が頻発するのになぜか漂わない緊迫感。すべてが摩訶不思議な読み味です。それにしても、現実と細々と繋がっている異世界を描くのはなかなかに大変そうで、本作にもところどころ綻びが見えますが、ふうわりとした読後感で帳消しです。でもこの作者、二作目が大変でしょうなあ。大好きだとは書きましたが長すぎるんでCつけちゃいました。
【新潮社】
伊坂幸太郎
本体 1,700円
2000/12
ISBN-4106027674
 

「偽日本国」
評価:D
マスコミ内幕ものではあるんですが、そこに沖縄の基地問題や先の大戦で日本が描いた満州国の姿をからませて、現在の日本が真の独立国家と言えるのかを問うているようです。でも、老人ホームでの大量殺人事件とか中学生立てこもり事件のエピソードを加える必要はあるんでしょうか。後半、大川周明についての記述が延々と続くのにはややうんざりしました。もう少し簡潔にしてもいいんじゃないかと思います。懸命に今の日本を描いているんですが、いろんな側面が同じ重さで投入されるので、焦点がぼやけてしまったようです。それとラストですが、アメリカのSPってあんなに間抜けなんでしょうかね。読み味が妙に明るいので、地の文てんこ盛りでも意外に読みやすいです。
【幻冬舎】
伊藤俊也
本体 1,800円
2001/1
ISBN-4344000420
 

「ハード・タイム」
評価:A
これ、読むのに結構てこずりました。二段抜きで字が小さいってこともあるんですが、例の翻訳物独特の言い回しに慣れるまでに時間がかかってしまって。で、まあ筋立て自体はそんなに複雑でもないし、最後にどどーんとカタルシスが待ってるわけでもない。それでも主人公の圧倒的魅力が全てをなぎ倒してしまいます。四十歳を過ぎた女性探偵がこんなにタフなはずはないよなあ、と思いつつむんずと引き込まれてしまいました。「それを容認したら自分に我慢出来なくなるのが怖い」という、たったそれだけの理由でおぞましい闘いに身を投じていくなんて、痛々しくて泣けてきます。しかもこの人、決してワンダー・ウーマンじゃない。時には仕掛けられた罠におびえ、膝をかかえて泣き出しそうになる。でも次の瞬間には立ち上がり、やるべきことの準備をする。こんなキャラ、ちょっと居ませんよね。帯のコピーも泣かせます。それにしてもハードカヴァだけでもスピンをつけていただけませんか、早川書房さん。
【早川書房】
サラ・パレツキー
本体 2,000円
2000/12
ISBN-4152083085
 

「ステーション」
評価:D
まあなんというか、私はアメリカへ行ったこともないし親類縁者があちらに居るわけでもないので、この本に詰め込まれている郷愁のようなものが実感できません。架空の鉄道って言われても、そもそもあちらの鉄道史に関する知識はゼロですから、たとえば、絵付きノンフィクションだ、って書いてあったらへぇーそうなんだって思ったでありましょう。絵はたしかに独特の雰囲気を持っているし、お話もつるつると読めて苦痛ではありませんでしたが、筋立てがそんなに面白いというわけでもないんで、結局これは私にとってストーリィ付き美術書ってとこですね。美しい本であることは確かです。
【角川書店】
マイケル・フラナガン
本体 2,600円
2000/12
ISBN-4047913596
 

「ぶらんこ乗り」
評価:A
以前から、いしいしんじは良い、とひそかに思っていた私にとって、本作の登場はうれしい。天才でぶらんこ乗り名人の弟が、ある事件を契機にいろいろな「ほんとう」を聴き取れるようになり、それをノートに書き綴っていく。そこには「コアラはユーカリの葉でぶっとんでいる」なあんて、誰も知らない秘密のことが書いてあったりして、むふふな気分にさせられてしまう。それと、身体半分に毛の無い犬が登場するんだけど、これがなんとなく初期の作品『アムステルダムの犬』(講談社/出版社/品切れ・重版未定)のパトラッシュを彷彿とさせて笑ってしまう。でも最後のほうでは、この毛半分犬にうるうるさせられたけどね。泣かせとか笑わせとか、小説の「ウリ」にはいろいろあるんだろうけど、この作品はどれにも寄り掛かっていない。なのに心地よい感覚がじいいんと脳味噌のシワに染み込んでくる。こういうのって物語制作技術以前の問題なんだろうな、きっと。
【理論社】
いしいしんじ
本体 1,500円
2000/12
ISBN-4652071922
 

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