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   リセット
  【新潮社】
  北村薫
  本体 1,800円
   2001/1
  ISBN-4104066044
 

 
  今井 義男
  評価:AAA
  まさかこんなによく似た設定の小説を立て続けに読むことになるとは。しかも双方甲乙つけがたい出来ときては、この上なく贅沢をしたというしかない。日向に流れる穏やかな水を思わせる文章が美しい。眩暈のような既視感がある。なんだかもう一冊とあまり代わり映えのしない感想を繰り返しているが、ほんとうはまったく違うのである。一方は古いヨーロッパ映画を観ているような錯視であり、こちらは遠い日々の記憶や体験、その残滓が妙にはっきりと疼くのだ。それはたまたま私が芦屋浜や六甲山に少年期の思い入れがあるせいだけではない。つつましく清廉な慕情に胸が痛み、一篇の詩、一枚の絵札が心を揺さぶるのは、私たちが歳を経るごとに削除したはずのファイルがまだ意識の奥深くで保存されているからだ。こんな気持ちを面映い懐古趣味と簡単に切り捨ててはいけないような気がする。きっと一度失ってしまったら取り返しがつかないから、セキュリティがかけられているのだ。狭い台所でホットケーキを焦がしたとき、黄金色の麦の穂がざわざわ揺れたとき、感動で体中に鳥肌が立った。今年のベスト1作品に早くも行き当たった予感がする。偶然とはいえ恩田作品にとっては不運なセレクトだった。

 
  原平 随了
  評価:C
  第一部がつらい。戦時中の女学生の日常をリアルに描いたこのパートは、もちろん、後半への大きな伏線となって、『スキップ』や『ターン』と同様、時を越えた恋の物語へと転化していくのであるが、彼女達の友情や、ほのかな恋の予感などが、戦争の激化と共に変化し、やがて崩れさってしまうその過程が、単独の話として成立するほどのボリュームで丁寧に描かれている。彼女達の会話のリアルさや、日常の細かなディティールの再現を、決して、乙女チックと揶揄するつもりはないし、逆に、その筆力を評価すべきであるだろう。それでも、どうしても違和感を拭いきれないのは、この作家の語り口に、何か過剰な演技のようなものを感じてしまうからだ。第二部、第三部と展開する後半は、とても、上手くできていて、基本的に、こういったタイプの物語(興味深いことに『ライオンハート』と同じテーマだ)が好きだということもあって、なかなか楽しめたことは事実である。しかし、う〜〜〜む、第一部が、やっぱり、どうしても……。


 
  小園江 和之
  評価:B
  あれぇ、また時間超越赤い糸かいな、と思いつつ読みましたが、こちらの舞台は日本で第二次世界大戦からこっちのはなしです。基本的には回想を除いては時間の行ったり来たりが無いんで、読んでて混乱するようなことはありません。昭和三十年代の風景の描写はなつかしいものでしたし、主人公たちの出会いと歴史上の事件・事故とのからませ具合が自然な感じで、私の年代だと「ああ、あの頃にもしこういう体験をした男女がいたら素敵なことだよなあ」なんぞという感慨も湧きますが、はて、三十代前半までの読者にどのくらいアピールするものか、感想を聞いてみたい気がします。

 
  松本 真美
  評価:B
  私はリセットという言葉を単純に「やり直す」と捉えていたので、予想していたのとはずいぶん違う物語でした。ま、タイトルで描いたイメージどおりの内容の小説なんてまずないわけですが、私の場合。さすが、時のせつなさを描かせたら右に出る者なしの北村薫。丁寧に紡がれた前半の戦前・戦中話もさることながら、タイトルの意味が見え出したあたりから、せつなさパワーは加速度を増し、獅子座流星群やフライ返しという、ひとひねりあるせつなさグッズの援護射撃(?)もあって、終盤はおもいっきり気持ちを揺さぶられました。もう、揺さぶり上手なんだから!でも個人的に留保。リセットは一回こっきりの方がよかった気がした。これじゃエンドレスにならない?そもそもの視点がエンドレス?<ふたり>が心おきなく生をまっとうすればこの先どうなるの?そもそも「心おきない生」ってなんだ?自分でフッて自分に聞くな、だな。

 
  石井 英和
  評価:C
  第一部は、第二次大戦下の女学生の日常生活を描く。第二部は、舞台は現代に移り、病床にある男がテ−プに吹き込んだ独白。不思議な構成だったが、読み進むうち、名もない庶民のささやかな祈り、継承されてゆく想い・・・そんな物語の流れに乗る事が出来た。と思った。が、終幕に登場したのが、超常現象X(ネタバレ回避のため伏せる)だ。まさかそんな話が始まるとは思わなかったので、唖然。暗喩等ではなく、現象は「現実の出来事」として発生する。何だこれは?どうやらその部分がこの小説の「売り」のようだが、逆にむしろその部分だけ小説の流れが軽薄になり、それまでの良い雰囲気を壊してしまっている。そのまま「普通の話」で終わらせて、十分、良い小説になっていた筈なのに。あるいはこの作品、SFを読まない人向けのSF小説として機能しているのかと思う。

 
  中川 大一
  評価:B
  かなり終わりに近い、300ページ手前で物語の「関節」がカキッとはまる。びっくり仰天。私は『スキップ』も『ターン』も読んでないから、全然予測がつかなかった。その急展開は、無論この三部作の基調をなすテーマ、《時と人》に関わることなんだ。でも、ここでつまびらかにするわけにはいかない、ネタばれになるからね。ただ、小難しい哲学的思考やアクロバティックなSF的アイデアが展開してるわけじゃない。《時と人》と聞いて、何となく敬遠してる人(本書を読む前の私のことですがな)は、安心して読んでよろしい。私には、戦争中に青春を過ごした人たちの懐かしのグラフィティが、実に生き生きと描かれているようにみえた。実体験を持つ人はどう思うかなあ。そうだ、昭和3年生れの母に聞いてみよっと。

 
  唐木 幸子
  評価:B
  ちょっと恥ずかしいが、私は戦時中のお嬢様ものが好きである。太宰治『斜陽』、武田泰淳『貴族の階段』などの小説だけでなく、華族皇族のお姫様の戦時中の日記なんかが出版されるとシュワッチと買って興味深く読む。自分がお嬢様とはサッパリ縁のないドタバタ共働きサラリーマン暮らしをしているから、というだけではなく、何の苦労もないお姫様であった彼女らが時代に押し流されて価値観の変革を迫られつつ生き抜いていく姿に感動するのだ。本作の前半の主人公の真澄もそういうお嬢様だが、やはり女であるが故に生き残ってしまう。そしてその先には時代を超えて繋がり合う縁がもたらす切ない出会いが待っている。今月はこういうテーマの小説が多かったが、それらの中で本書が最も読みやすく感動も深い。

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