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勝手に目利き
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石井 千湖の<<書評>>
文庫本
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「穢れしものに祝福を 」
評価:B
ハードボイルドが嫌いだ。食わず嫌いというやつでタフでストイックな探偵とか気のきいたセリフとスタイリッシュな文体、謎の美女と翻弄される男のロマンなどを勝手にイメージしてしまう。たいてい期待しないで読むからか意外と面白かったりして。『穢れしものに祝福を』も凝った文体の一人称ではじまるのであまり気乗りがしなかった。謎の美女出てくるし。ところが失踪した富豪の娘を追ううちに予想外の方向にどんどん展開していく物語にいつしかのめりこんでしまった。脇役では怪物ブッパがものすごくいい。主人公のパトリックはそれほど不快じゃないし、相棒のアンジーもなかなかカッコイイ。ただシリーズ三作目なので前作のネタバレ部分あり。注意!
【角川文庫】
デニス・レヘイン
本体 952円
2000/12
ISBN-4042791034
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「私家版」
評価:A
他人に激しく嫉妬し憎悪するまでになるポイントはなんだろう。友人が自分の夢だった世界で成功したら?しかも大して実力があるとは思えないのにだ。エドワードにとってのニコラがそう。ニコラはモテる。戦争の英雄で外交官で人気作家でもある。しかも自信家で明るい性格だ。エドワードは文学オタクでマザコンでモテない。作家になる夢も破れ出版社を経営しニコラの作品の英訳を手がけている。彼の恨みは一方的で歪んでいる。私は鈍感で明るいやつなんか大嫌いなのでじめじめエドワードにちょっと共感してしまう。ニコラをはめる計画も緻密で頭いいし。エドワードはイギリス人だけどそこにまたフランス人の底意地の悪さを感じてしまった。偏見か?
【創元推理文庫】
J=J・フィシュテル
本体 560円
2000/12
ISBN-4488208029
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「密約 物書同心居眠り紋蔵」
評価:C
警察組織の目立たない内勤職をとりあげて直木賞候補にもなった横山秀夫の『動機』(文藝春秋)を思い出した。物書同心居眠り紋蔵は現代の会社でいうところの資料室勤務。窓際族がとばされる部署といえば、というイメージだ。紋蔵が閑職についているのには「居眠り病」という原因がある。本来は優秀なのだが事情があって出世はできない、という設定がお父さんがたに共感もたれそう。舞台は江戸時代だし『貰いっ子』のような人情ばなし風のもあるけれど、企業小説の一種ではないだろうか。紋蔵が追うある謎をめぐる結末を読むにつけその感は強まる。もともと捕物帳とはそういうものなのか?組織の不条理は今も昔も変わらないということか?もやもや。
【講談社文庫】
佐藤雅美
本体 629円
2001/1
ISBN-4062730707
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「六番目の小夜子」
評価:A
こっくりさん、怪談、心霊写真、口裂け女。奇妙な噂話を根拠もなく信じていたころが懐かしい。『六番目の小夜子』は誰にでもあるこのテの感傷をつく。ホラーと言われているがバケモノも血みどろのサイコキラーも出てこない。生徒のあいだで理屈なく受け継がれている「サヨコ」のゲーム。そして少年少女の集団の不気味さと学校という閉じられた空間、なにより<言葉>が怖い。読後の余韻は美しいが。なんってたって伝説のデビュー作である。私は一部の作家や批評家が評価しだしてから恩田陸という作家の存在を知り、作品を読んですっかりはまってしまった。『小夜子』は遅れてきたファンにとってはなかなか手に入らなかった作品で二年前再刊されたときには狂喜乱舞したものだ。ついに新潮文庫に戻って来た、というのは感慨深い。普遍性のある物語の強さだと思う。
【新潮文庫】
恩田陸
本体 514円
2001/2
ISBN-4101234132
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「天才伝説 横山やすし」
評価:B
有名な眼鏡ネタができたときの意外な背景が面白かった。あとは暴力沙汰とかボートとかのイメージだ。やすきよの全盛時にはまだ子供だったせいかご本人よりもモノマネのほうに馴染みがある。ダウンタウンのまっちゃんが電気を点けたり消したりしながら「おこるでしかし」と言うやつ。著者は原作を書いている映画がきっかけでやっさんと関わりを持つ。映画制作の現場の生臭さが興味深い。東京人の醒めた視点で語られる「天才・横山やすし」像。その破滅は自業自得で滑稽だ。才能を過信し周囲の人々に甘えては迷惑をかけ、人気が落ちて相方にも見限られ会社にもいられなくなる。それでも一度は天下をとった人間の凄みと繊細な心の哀れさは感じた。
【文春文庫】
小林信彦
本体 476円
2001/1
ISBN-416725610X
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「不機嫌な果実」
評価:D
不愉快なのに読むのが止められないのでございます。モテないわたくしから見ると主人公の麻也子はイヤーな女です。彼女は容貌に自信があり、自分にあまり興味を示さなくなった夫が不満でちやほやしてくれる男を探すのです。キープしておいたつもりのエリート弁護士はマヌケな結果に終わり、昔の恋人のいまどきバブリーなオヤジでとりあえず手をうちます。スカした店の常連で高学歴のお坊ちゃんか出世したひとであれば麻也子はセックスさせてくれます。海外生活などもできるとよいでしょう。薄っぺらな女の薄っぺらな自意識は「上品」を好みます。敬意を表してこんな文体にしてみました。ケッ。不倫に憧れを抱かせないのである意味「倫理的」ではありますが。
【文春文庫】
林真理子
本体 476円
2001/1
ISBN-4167476215
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「火の接吻」
評価:B
意外や意外な拾いもの。著者が乱歩賞作家であることすら忘れてたくらいで先入観を持たず読んだのがよかったのか。ただのコワモテのおばさまじゃなかったのね。豪華絢爛、スケールのでかい本格ミステリ。変てこなトリックにびっくり、どんでん返しの数々に何段オチなのか終いにゃわからなくなる。トンデモ版『永遠の仔』?似てるのは過去のトラウマを共有する幼なじみが再会して新たな事件が起こるという設定だけだが。あ、看護婦も出てくるな。連続放火事件にホンモノのライオンや謎の火吹き男がでてきてわけがわからない。展開はかなり強引だが創意工夫に富んでいて楽しめるし皮肉なラストにはニヤリ。書かれた年代(16年前)を感じさせず新鮮だった。
【扶桑社文庫】
戸川昌子
本体 667円
2000/12
ISBN-4594030270
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