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小久保 哲也の<<書評>>
文庫本 Queen

「穢れしものに祝福を 」
評価:B
私立探偵アンジーとパトリックが物語開始早々誘拐され、しかも、仕事を依頼してくるのが、その誘拐犯という、呆然としてしまう出だしにあっという間に引き込まれる。まったく話の展開が読めないうちにストーリーは二転三転。ちょっと待ってと言いたくなるほど、文章のテンポがとても良く、早い。描写と会話のバランスがとれていて、リズムがあるので、読んでいて疲れない。  本作品はシリーズ三作目だが、シリーズ物を途中から読むというのは、やっぱりどうしても気持ちが悪い。面白くない本だと、前作を読む気がしなくなるし、面白い本だと、前作を読んでいないことが、果てしなく悔しい。もちろん、この作品は後者である。まずは一作目からぐぐっと行きたいものだ。
【角川文庫】
デニス・レヘイン
本体 952円
2000/12
ISBN-4042791034
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「青雲はるかに」
評価:A
30歳も中盤を過ぎて、果してすでに自分の人生はもはやピークを過ぎてしまっているのではないかと疑っている自分にとっては、なにか救われるような内容だ。中国を舞台にした時代小説は、中年以降の男性に人気があると言われるのも、納得が行く。自分を生かすチャンスを求めながらも得られず、中年にさしかかる主人公の想いは、忘れかけている昔の純粋な自分を思い出させてくれる。そして、ところどころに挿入される、中国古人の名言や知恵は、今でも十分に私たちに元気を与えてくれる。後半、史実を追って行くという面が強く感じられ、物語性が薄れて行き、せっかく立ち上がってきた主人公の姿が見えなくなってしまうのは非常に残念だ。しかし、物語が始まって最初に目に浮かぶ、青々とした丘の上にひろがる、白い雲が浮かぶ空のイメージは、今も本の題名を見るだけで心に染みてくる。中年よ大志を抱け!
【集英社文庫】
宮城谷昌光
本体 (上下とも)686円
2001/1
ISBN-4087472701
ISBN-408747271X
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「私家版」
評価:B
犯罪を犯してしまう動機が、読者を説得できるほどの作品というのはなかなか出会うことは少ない。そうしたなかで、この作品は、なるほどこういう状況ならと思わせる説得力がある。これは推理小説と思わないで読むほうがより充実した時間を持てると思う。読み終わると、割り切れないような想いが残る。フランス映画もそうなのだけどフランスってそういう割り切れなさが好きな国なのかなぁと思ってしまう。主人公の姿を「情けない男だな」と切って捨てるのは簡単なのだけど自分にも、同じ様に弱い部分があるのだ。それでも彼は、最後にチャンスを100%生かすことができたが、果して自分はどうなのだろうと、逆に考え込んでしまう。考え出すと深みにはまる、そんな小説。
【創元推理文庫】
J=J・フィシュテル
本体 560円
2000/12
ISBN-4488208029
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「密約 物書同心居眠り紋蔵」
評価:E
だめだー。読めません。最近、時代小説に興味があったので、よしこれを最後に読むんだ、と楽しみにしていたのだけれど、読み始めてすぐに困惑し、結局は痛恨の途中棄権。宮本昌孝、宇江佐真理といい感じで進んできたので、時代小説ビギナーとしては、「けっこう赤丸急上昇な私」、と密かに自負していたのですが、完敗です。漢字の多さと、難解な時代劇専門用語。やはりまだまだ時代小説は敷居が高い。しかし、それ以上に馴染めなかった理由は、いかにも「作られた台詞」という会話が多く、まるでお芝居を見ているような気にさせられたこと。会話が生きていない。それに会話と会話に挟まれた地の文章が一体誰の視点で語られているのか、よくわからないところも多々あり、気になってしかたがない。慣れてる人には、「そこがいいのだ」と言われそうなほどユニークだとは思うけれど、私にはちょっと。。。というわけで痛恨のE。
【講談社文庫】
佐藤雅美
本体 629円
2001/1
ISBN-4062730707
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「六番目の小夜子」
評価:B
作品のところどころに挟まれた『彼女』をめぐる挿話は、物語をホラーにしきれずに終わっている。緊迫感もいまひとつ無い。しかし、ホラーだと思わなければ、とても清々しい読後感のある作品である。その理由は、この物語が高校3年生の一年間を大切に追っていることにある。読みながら、ひとつ、またひとつと、自分の高校時代の思い出と似た風景に出会ってしまうのだ。校舎に残響する生徒達の笑い声や、夕日が差し込む教室、他愛の無いおしゃべりや、恋人と歩いた帰り道、そうしたいろいろな風景を思い出させてくれる。読んでいて、昔中学生の時に読んだ筒井康隆の「時をかける少女」を思い出した。どこが似ているというわけではないが、たぶんこの作品を中学生のときに読んだら、同じようにハマルかもしれないなと、そんな気がした。
【新潮文庫】
恩田陸
本体 514円
2001/2
ISBN-4101234132
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「ウルフ・ムーンの夜」
評価:D
中途半端にハードボイルドなので困る。展開も早く、会話もなかなか良いし登場人物もわりとメリハリがあるのだけどストーリーが平凡でつかみ所が無い。驚くような展開もなければ、しみじみとする共感もないし、オチもない。ものすごく喉が渇いたときに、気の抜けたソーダを飲むとそれはそれでおいしいのだけど、なんだかなぁという感じ。
【ハヤカワ文庫】
スティーヴ・ハミルトン
本体 700円
2001/1
ISBN-4151718524
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「天才伝説 横山やすし」
評価:B
中学校から高校時代、テレビの番組欄で「やすきよ」の名前を見つけるとわくわくしながら、その放送時間を待っていた。今でも、横山やすしの、メガネをまっすぐ伸ばした人差し指で直すしぐさや、あの声色を思い出すことができる。当時のお笑いの中では、ぴか一に光っていたのだ。そうした、「絶頂期」しか知らなかった私には、この本で描かれた彼の姿は、あまりにも哀しい。それほど、行間から立ち上がる、横山やすしのイメージは、生々しいのだ。淡々とした著者の視線から浮かび上がる「やっさん」は、笑い、泣き、苦悩する人間そのもの。もしかしたら、読まなかったほうがよかったかもしれないと思わせるほどに圧倒的な「人間・横山やすし」が描かれている。
【文春文庫】
小林信彦
本体 476円
2001/1
ISBN-416725610X
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「不機嫌な果実」
評価:E
とりたてて珍しくも無い視点と、ありきたりの物語の展開は、読みやすい文体とあいまって、印象に残らない。どこにポイントがあるのだろうと、考えてみたがさっぱりと浮かんでこない。それなのに、なにか懐かしい気持ちがする。そうなのだ。昔やっていた、昼メロの世界だ。特に難しく考えることも無く、見終わったらさっさと家事に取り掛かれるそういう内容だ。お昼に読むには、軽くてちょうどいいかもしれないが、他に読みたい本はいくらでもあるのだっ、という人には、物足りないだろう。
【文春文庫】
林真理子
本体 476円
2001/1
ISBN-4167476215
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「ハドリアヌスの長城」
評価:B
絶え間なく流れて行く文章から立ち上がる情景に身を委ねたい、と思うときには、この本は最適だ。幾重にも積み重ねられて行く描写は、隅々まで描き込まれた絵画を見るようで、とても味わい深い小説である。ただ物語が現在と過去を行き来するとき、分かり難いので最初は戸惑う。気が付くと、過去の風景に囲まれてしまっていたりするので、混乱する。けれどもその分かり難さが、慣れてしまうと逆に嬉しかったりするのだから、不思議だ。活字中毒には、ちょうどよい分量と内容の作品。

【文春文庫】
ロバート・ドレイパー
本体 819円
2000/12
ISBN-4167527634
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「火の接吻」
評価:C
消防士、放火魔、刑事の三人の視点で語られるそれぞれの物語はやがて過去に起きた忌まわしい事件へと読者を導いて行く。様々な枝が絡み合い、そうして少しずつ明らかにされて行くストーリーはミステリーの醍醐味だ。  17年前に、こんな作品が発表されていたとは知らなかった。謎解きだけに終わらず、登場する人物もそれほど薄くなく、とても安心して読める。ミステリー優良図書といった感じ。ただ、三人の人物の性格や考え方の違いがはっきりと見えないので誰の視点で物語を見ても、同じように感じてしまうのはとても残念。
【扶桑社文庫】
戸川昌子
本体 667円
2000/12
ISBN-4594030270
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