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勝手に目利き
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佐久間 素子の<<書評>>
文庫本 Queen

「穢れしものに祝福を 」
評価:B
あとがきに「人間の心の闇をのぞきこむ」とあるが、そこまでしんどくない。余韻を残すエンターテイメントといったところか。シリーズ物だが、起承転結がきちんと用意されているので、本書だけでも満足できる。せつないのは、主人公とかつての師ジェイ、かつての上司エヴェレットとの人間関係だ。美学のくずれていくかなしさ、信頼も理解もしているのに歯車が狂っていく無力感がたまらない。主人公も語り口も饒舌だが、ウンチクたれではないので読みやすい。ただし、随所にみられる「しゃれた言い回し」の3割が意味不明。翻訳物はこのあたりがつらい。

【角川文庫】
デニス・レヘイン
本体 952円
2000/12
ISBN-4042791034
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「青雲はるかに」
評価:C
政治が苦手なので、国盗りゲームの様相を示す終盤は眠気との闘いだった。主人公が秦の宰相にのぼりつめ、復讐を果たして大団円。で、全く構わないのだが、そんなわけにもいかないか。中国歴史物って、ビジネス書としての需要もあるし。野心があり高潔な主人公は、そういった読者にはうってつけなのだろうが、個人的にはちょっとくいたりない。出てくる美女にことごとく惚れられるモテモテぶりも、納得いかない。とはいえ、野心がなく俗人で、美女にも興味のない女子が、本書を楽しめないかというと、そんなことは全くないのだ。復讐物はやっぱりおもしろい。文化が違うとなおさら興味深い。
【集英社文庫】
宮城谷昌光
本体 (上下とも)686円
2001/1
ISBN-4087472701
ISBN-408747271X
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「私家版」
評価:C
本の雑誌2月号、吉野さんの連載を読んではいけない。復讐方法のネタバレです。文庫版解説も読んではいけない。ラストシーンのネタバレです。白紙の状態で読んだら、もっと楽しめたかも。コンパクトにまとまった、おフランスの香りただよう復讐ミステリ。陰湿かつスマートな主人公がうすら寒い。映画版は、主人公がさらにスマートで(だってテレンス・スタンプだもの)、標的ニコラがさらに憎々しいので、復讐がリアルに怖い。映画と原作は別ものなのだけれども、どちらかというと、映画に一票。
【創元推理文庫】
J=J・フィシュテル
本体 560円
2000/12
ISBN-4488208029
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「密約 物書同心居眠り紋蔵」
評価:C
著者について、人情時代短編の新しい書き手として、澤田ふじ子・宇江佐真理とともにひとまとめで覚えていたのでびっくり。佐藤雅美って男性だったのか。なるほど硬質だ。漢字が多い。用語が難しい。短編集で助かったが、時代物ビギナーにこの堅さはちょっとつらい。人情物とよぶには、乾きすぎているし、解題に「痛快捕物帖」とあるが、そんなに単純な話でもない。ひとひねりあるオチも、ちょっとわりきれない余韻も、老成した感じだ。解説によると、舘ひろし主演でTVドラマ化されていたらしい。イメージとしては、もっと温度の低い役者さんにお願いしたいところだ。あきらめている風情のうまい小林薫とか。
【講談社文庫】
佐藤雅美
本体 629円
2001/1
ISBN-4062730707
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「六番目の小夜子」
評価:B
あれだけ盛り上がらせておいて、何だその宙ぶらりんなオチは!!と、しばし怒りに我を忘れる。この中途半端加減が、不安であっけなくて、本書にふさわしいのかも、と冷静になってから考え直してみるも、やっぱり弱い。というわけでA評価にはしないが、本書にはとても魅力があって、正直、好きでたまらないので、一押しとさせていただく。私も地方の進学校に通っていたクチなので、著者の書く高校生活がとてもリアルに感じられる。そんなに思い入れもないくせに、懐かしく、痛いようなきもちまで思い出す。それ以上に、というよりここがまさに魅力なのだが、あてどない不安がまざまざとよみがえる。学校の怪談が怖いのは、それを怖がっていた小学生の自分を思い出すからだ。それと同じ。将来への不安、自分への不安、そうした不安を思い出すから、学園祭の場面がこんなにも怖い。そして、登場人物がたまらなくいとおしい。恩田陸未経験の方、要チェックです。
【新潮文庫】
恩田陸
本体 514円
2001/2
ISBN-4101234132
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「ウルフ・ムーンの夜」
評価:C
探偵廃業中なのに、頼られた女が失踪したことに責任を感じて、自ら事件に首をつっこんでいく主人公。いかにもハードボイルドな設定だが、適度に人を頼ることができる点が、好印象。ホッケーをして筋肉痛になる情けなさ。嫌々ながらの除雪シーンは、ジョギングのかわりか?おかげで、勘違いハードボイルドの気障ったらしさは感じない。地味な事件の割には最後までおもしろく読ませるし、脇役もいい。どれもいい線いっているのに、物足りないのは、きちんと決着がつかないせいだ。シリーズ物とはいえ、一冊でも勝負できるはずだ。カタルシスがないので、可もなく不可もなくといった印象に終わる。
【ハヤカワ文庫】
スティーヴ・ハミルトン
本体 700円
2001/1
ISBN-4151718524
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「天才伝説 横山やすし」
評価:B
書名は半ば皮肉だという。執筆動機は、やすしに対する「寝覚めの悪さ」だという。人が堕ちるのを間近に見ねばならない負のエネルギーは大変なものだろうし、迷惑をかけられるのは誰だって不愉快だ。著者はときに怒り呆れながらも、一定の距離を保ち続ける。ごくまれに、著者が客観を忘れ、感情をあふれさせるのは、やすしの性質や才能を惜しむときだ。ありきたりの賛辞を排除しようとしているのに、生まれてしまう感情は生々しく、胸をうつ。やすしの人生は、純粋とか天才とか、結局そうした言葉にかえっていってしまうのだ。複雑な余韻が残る。著者の関西人観はシビアで、異論もあろう。そういう意味でも面白い。
【文春文庫】
小林信彦
本体 476円
2001/1
ISBN-416725610X
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「不機嫌な果実」
評価:D
何だこりゃ寓話か?ちがうよなあと考える。著者の書く欲望は、それはそれはわかりやすい形をしていて、綿々とえがかれるものだから、感心をとおりこしておかしくなってくる。節々で共感してしまう自分もあって、そのあたり、うまいのだろうけれど、小説としておもしろいかどうかとは、また別の話だ。とにかく、これほど幻想も官能も感じさせないくせして、恋愛小説(しかも不倫)のパッケージなのだから怖い。バブルの恩恵をしっかりうけて育った林真理子ワールドは、もうほとんど別の文化圏という感じだ。
【文春文庫】
林真理子
本体 476円
2001/1
ISBN-4167476215
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「ハドリアヌスの長城」
評価:A
大穴だった。何度、途中で読むのをやめようと思ったことか。アメリカ南部の小説によくある、乾いたくらーい感じも、ぼんやりした主人公も、うっとうしいし、脇役の名前と職業が難しくて判別ができない。話もちっとも進まない。しかし、やめてはいけない。この読みにくさもある種の伏線と考えてほしい。過去が明らかになるにつれ、徐々に断片がつながりはじめる。すべてに理由がつけられる。卑屈になる主人公に妹が怒りを爆発させるシーンでまず涙。失った時間の重さを感じさせるエピソード(一々泣ける)の分、ラストシーンがすばらしい。自我をとりもどす長い長い闘いの物語であり、また、変形してそれとはわからない程かすかな友情物語である。
【文春文庫】
ロバート・ドレイパー
本体 819円
2000/12
ISBN-4167527634
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「火の接吻」
評価:A
共通のトラウマをもつ三人が、放火事件をめぐって再会することで、ドラマは始まる。「練りに練られた脚本、長年かかって養成された申し分のない俳優たち」による「素晴らしい犯罪」。設定だけだと、『永遠の仔』に似ているが、運命の歯車が、業の哀しさが、なんてことを期待していると、くるりと裏切られる。この著者は、まことにシニカルな神様で、「壮大なドラマ」が完結するのをわざと邪魔するのだ。感傷のツボをちょっとずつずらしていく結末はユーモアさえただよう。ウルトラQな真実もあかされるが、うさんくさいところが、またおかしい。全然古くないし、かっこいい。「昭和ミステリ秘宝」の看板に偽りなし。
【扶桑社文庫】
戸川昌子
本体 667円
2000/12
ISBN-4594030270
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