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勝手に目利き
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内山 沙貴の<<書評>>
文庫本 Queen

「穢れしものに祝福を 」
評価:C
この小説の世界には善や悪は存在しない。代わりに忠実な利害関係と人の感情がある。巣に群がるはたら蜂の大群のように、みんなてんでばらばらに動き回る。ぶつからないように気を付けながら。あるとき、彼ら眺めていた大きな手が何かをかすめ取っていく。蜂はその埋め合わせに他の蜂を攻撃したり、他の巣から蜂を連れて来たりする。彼ら二人もそんな蜂だった。そして最高にクールでかっこいい蜂だった。誰からも信用されて、頼りになり、評判はよく、最後まで自分たちのやり方を通す。大きな手が何かを彼らからさらっていった時、彼らは容赦情け無く他の蜂を攻撃した。たとえ他の蜂が一匹もいなくなり、巣もめちゃめちゃに壊されても、この二人はやっていけるだろう。侘しいような落ち着くようなそんなおかしな気持ちを起こさせる作品だった。

【角川文庫】
デニス・レヘイン
本体 952円
2000/12
ISBN-4042791034
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「青雲はるかに」
評価:B
落ちぶれた名家の出で、名もなく地位もない范雎は、自分の力を出しきれず、諸国逡巡の末に空を見てつぶやく。「天は、天か」と。空を仰ぐと透き通るような青と雲、そして果ての無い広大な大地を眺めながら大きな化物のように脹らんでしまった巨大な夢をまだ見ぬ処へと飛ばすのだろう。いつか天へと昇りつめたい…金や地位は大事だが、それより何よりも己の力で世界を動かしてやりたいと夢を見た、そんな在りし日の若い時代を思い出す。この話は、ただひたすら世界を作るという壮大な夢を見つづけた范雎の大成の物語である。ぶ厚いけれど読み易い本だった。夜長な今の時期にじっくりと読んでいただきたい。
【集英社文庫】
宮城谷昌光
本体 (上下とも)686円
2001/1
ISBN-4087472701
ISBN-408747271X
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「私家版」
評価:B
主人公ラムは、今、自分の分身のような友人を殺そうとしている。憎しみが後戻りできないほど積もった今、ふとラムはその友人のことを想う。感情も時間も非可逆的で、一度崩れたら元には戻らない。「一体何が悪かったのか?」そんな自問も時の狭間に消えてゆく。淡々とした切り口でザクザクと肉を切り裂く世界の中、ラムは満身創痍のスターシップさながらに、外圧に耐え、孤独に耐え、暗闇に耐え、低空飛行を続ける。そして、突如として訪れる歓喜。耐えぬいたことによる安堵。そのとき世界に受け入れられない絶対的弱者は一体何を想うのか。この物語は薄い光を放っている。光はその薄もやの中で語っている。歓喜だ、歓喜だ、狂気だ、と。歪んだ世界に胸が締めつけられる。
【創元推理文庫】
J=J・フィシュテル
本体 560円
2000/12
ISBN-4488208029
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「密約 物書同心居眠り紋蔵」
評価:B
ちょっとした毒を含む陽気な日常から、紋蔵は一歩一歩下へと続く階段を降りてゆく。その先にあるものは巨大であまりにも力を付け過ぎていて、ブラックホールのような危険な力で紋蔵を飲み込もうとする。しかし、力強く流れ、自分の存在など一時のコマに過ぎないのだと思わせる大河でさえも、その形は不変ではなく、また不滅でもなく実は幻のようなものであるのと同じく、その力を持ったものは紋蔵によってあっけなく形を変えて、空を漂う気体になる。手を振り回しても掴み取ることの出来ない、そんな悪に口惜しさが募る。話し全体の軽快な足取りの中にもちゃんとした人の存在感があり、それは安定していて落ち着かせてくれる存在だ。それは紋蔵その人の存在なのかもしれない。読み終わった後に題を見て、うまい題を付けるなぁと思った。
【講談社文庫】
佐藤雅美
本体 629円
2001/1
ISBN-4062730707
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「六番目の小夜子」
評価:C
どこまでも続くような青く澄んだ空の下に桜が満開の花を見せる、そんなほのぼのとした春の第一章に、不吉な影が、真紅の蝶が、闇を率いて舞い降りる。蝶は黒い地の上をヒラリヒラリと不気味に飛び、人の心に恐怖を生む。色彩鮮やかな光のもやはやがてどす黒い闇に取って代わり、抵抗も虚しく、闇の狭間で光を見失った心は薄い玻璃のようにパリンと割れる。だが、それでも人の命は続けられる。ある日突然、天の彼方から現れた一抹のオレンジの炎がすべてを覆い焼きつくして、空色と春の光のもやも、闇に落とされた一点の紅も、すべて現実だと錯覚した幻だったことを知らせてくれる。が、しかし……今年消えたはずのこの幻は来年もまた、繰り返される。そして新しい春、浮かれた気分の心の中に活けられる不吉な印象の赤いバラ。
【新潮文庫】
恩田陸
本体 514円
2001/2
ISBN-4101234132
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「ウルフ・ムーンの夜」
評価:A
決して揺らぐことなく一瞬のぶれも許さない安定したフライトで、人の繊細で柔らかい部分を力強い芸術に仕立てる。主人公アレックスの前向きな性格は、過去に受けた傷のせいでひどく脆くなっていて、ちょっとしたきっかけで彼の心はぼろぼろと蟻塚のように崩れてしまう。立ち上がれ、生きろ、闘え、と叱咤激励してやりたいけれど、常に死を近くに感じている彼は気づけば自暴自棄になって憎まれ口を叩いていて、なんともやるせなく切ない。しかし、この本は力強い。主人公は彼の知らないうちに彼の魅力が引き寄せた周りの人々に支えられていて、決して彼は倒れない。そんな安心感があり、落ち着いて心を預けられる本だった。
【ハヤカワ文庫】
スティーヴ・ハミルトン
本体 700円
2001/1
ISBN-4151718524
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「天才伝説 横山やすし」
評価:B
著者と故人との間にある感傷を引きずったまま書かれる伝記は、こちらが目も当てられないほど陳腐なものに成り下がることが少なくない。故人と著者との間には、当たり前の一般論しか展開されず、主旨はわかるが、文章の質が極度に低下し、読むに耐えない。その点この著書はクールだった。好感度は非常に高い。横山やすしという人を私はよく知らないけれど、きっと感受性の強い人だったのだろう。一時の天才。繰り返された不祥事。なまじ才能があると、生きてゆく場所の無い世間……見捨てられた観の強いこの人は、それでも一所懸命、最後まで光を放って死んでいったのではないだろうか。なぜなら亡くなった後にたくさんの人が彼のことを何かしら悔やんでいる。素晴らしい人生ではないけれど、悪くない人生じゃないの?と、私は思う。だって彼はたくさんの人に好かれていた。そう、思う。
【文春文庫】
小林信彦
本体 476円
2001/1
ISBN-416725610X
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「不機嫌な果実」
評価:B
どこまで世間体を気にすれば済むのか。これだけもてあそばれた男はどう思う?なんのプライドなのかよく分からない。『今こそ人生で一度やりたくてたまらなかったことをするのだ。』ドラマの見過ぎとしか思えないセリフ。読み始めはこの世界の価値観のいい加減さ、主人公のアホさ加減にイライラした。が、その高めのハードルを全部蹴り倒して平地にぬけると、面白さが分かるかもしれない。繊細で複雑な現実の感覚をマヒさせて、ワンパターンで一次元な行動しかとれない主人公に自分を同調させてしまえば、いい、うん、悪くないと思った。この本が許せるか否かは読む人の許容範囲の問題だろう。ただ、この話に本気で共感する人は、気を付けた方が良い。この本の主人公みたいにならないように。
【文春文庫】
林真理子
本体 476円
2001/1
ISBN-4167476215
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「ハドリアヌスの長城」
評価:B
二人の男がいる。背の高い木立の中を進む、年季の入った泥だらけの四駆。フロントから見える景色は、ライトによって照らし出された木の影と、夜の影でこの先は永遠に続くようなあぜ道があるだけ。彼の隣に立つ男の道は素晴らしい。灰色の空のした、均整のとれた灰色の建物が立ち並ぶ中を燻したピンク色の車が走る。道路には黄色いラインが引かれ、信号のない交差点を抜けていく。だが共に、無機質で、人の気配がない道だ。二人とも、一人だけの大きな世界を抱えて、走行を続けなくてはいけない。何百、何千とあったはずのチャンスを捨てて今、二人は、全く無意味な人生としてここにいる。この無意味さを、無価値なものにしないで欲しい。私は、こういう無価値に見える人生を送る人々や、それを描いたものを、もっと評価してほしいと思う。この作品は地味だけど、そんな事を思わせる作品だった。
【文春文庫】
ロバート・ドレイパー
本体 819円
2000/12
ISBN-4167527634
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「火の接吻」
評価:D
出演者は誰もが登場人物のセリフを知っている、そんなテレビドラマのつくり物の中に推理がきれいに収まったキス・オブ・ファイア。まず題名が素敵だ。語感がいい。そしてこの推理も素敵だ。なんの未練もなくバシバシ裁いていくところに好感が持てる。複雑に見えた当初の謎が最後には糸がほつれて単純明解、恣意と偶然の産物だったと判明する推理モノが多い中、たいして難しいと思えなかった謎が、解き明かされるにつれどんどん道が延びてゆき、ずれてゆき、私怨と、偶然と、悪徳と、その他いろいろで、結果ものすごく複雑な解答になってしまっている。やっぱり推理小説はこうでなくては、尻切れとんぼになることが多いしなぁと勝手なことを考えて、ちょっとうれしくなった。ただそのためにこの小説はずいぶん無理をしているのではないかとも思った。難しいものである。
【扶桑社文庫】
戸川昌子
本体 667円
2000/12
ISBN-4594030270
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