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石井 英和の<<書評>>

「不自由な心」
評価:B
作中、大病を経験して、自身の余命が長くはないことを予期した中年男は、「華」のなかった自らの人生に最後の輝きをもたらすべく、若い女にプロポ−ズする。身勝手な話ではある。ロブ=グリエが言ったように、世界は何の意味もなく、ただ、その場に転がっている。その「世界」の片隅にいて、自分の人生が「何も意味しない」のはやり切れない、と意識するのが因果にも可能な人間は、本来勝手な思い込みである「恋愛」やら「信条」やらにしがみつく事で、自分の人生に意味を与えようと足掻く。無駄足掻きであり、当然ながら満たされない心は、更なる幻想の「成就」を求め続ける。そんな「負け戦」の記録が5題。日常を、いつのまにか踏み越えた地獄行。あるいは裏返しのドタバタコメディ。それにしても不倫の話と癌の話を書くのが好きな作家だ。他のパタ−ンはないのか。
【角川書店】
白石一文
本体 1,700円
2001/1
ISBN-4048732668
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「そして粛清の扉を」
評価:D
凶悪犯罪の実行者が映し出されたTVの画面を指さし、「こんな奴らはぶっ殺しちまえばいいんだ!」と宣告を下す、そんな「茶の間の社会評論家」のコメント、そこに復讐劇のテイストも加えた作品かと思う。しかし、それ一本で押し切る直線的なスト−リ−では、「単調ゆえの退屈」といった感想が生まれてしまう。あまりバタバタ人を殺していっても、死が記号化し、意味が希薄になるばかりだ。幾つかのアイディアを挿入しているが、それはあくまでも話の枝葉でしかなく、物語は結局、なるようにしかなって行かない。途中、述べられる「犯人」のライフスト−リ−が取ってつけたように感じられたのだが、それも、物語にその話が納まるべき幅がないせいだろう。肥大化した自我の発する一方的な主張からは単線的な物語しか生まれ得ない、その実例ではないのか。
【新潮社】
黒武 洋
本体 1,700円
2001/1
ISBN-410443101X
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「鬼子母神」
評価:A
平凡な日常に一滴落とされた不安の影が滲むオ−プニングから、徐々に着実に積み上げられて行く恐怖。「ちゃんと怖いホラ−小説」であり、堪能できた。クライマックスに「ベタにホラ−なシ−ン」が置かれているのも嬉しい。「追う者」と「追われる者」の相似形や、各登場人物の設定の救いの無さ等、荒涼たる風景が展開されており、著者の社会に向けた視線も鋭い。細かいことを言えば、中盤、風呂場における「彼女」の身の上話は長過ぎるし、語彙が豊富過ぎる気がする。すべてを、しかもひとときに語らせる必要もなかったのではないか?また、事件の中核に「心の病」の解析が置かれてしまうのは、ちょっと面白くない。とはいえ、実は、読んでいる間、あまり気にはならなかったのだが。著者のペ−スに乗せられていたのだろう。
【幻冬舎】
安東能明
本体 1,600円
2001/2
ISBN-4344000528
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「Maze」
評価:D
人跡稀な荒野に建つ、伝説の構築物の謎を探る。提示された、ある種神話的な「謎」は魅力的だが、話はこちらの期待するアクティヴな方向には進まない。が、不満を言ってみても仕方がないのだろう。著者は構築物を、人の心の迷路に降りて行くツ−ルとして使っただけなのだから。もっとも、そこで起こる事件とその顛末や、行われる様々な考察は、私には独りよがりの垂れ流しにしか思えず、この作品自体、締まりのない印象しか残らなかった。さらに、主役状態で出ずっぱりの「男なんだけど女性の言葉でしゃべり、行動も考え方もまるで女性である人物」が気色悪くて、辟易させられた。女性作家の作品に時々登場するこの手の人物。このようなキャラクタ−を描く事に何の意義があるのか?その謎をこそ探ってみて欲しい。
【双葉社】
恩田陸
本体 1,500円
2001/2
ISBN-4575234079
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「The Twelve Forces」
評価:E
紋切り型を並べた上滑りの文章を、この著者は「軽妙な文体」と信じ込んでいるようだ。さらには、自身にユ−モアの感覚があるとも信じ込んでいるので、こちらは作中で「ギャグ」が発せられるたびに気恥ずかしい思いに身悶えせねばならない。いや、それより問題なのは、どうやらこのタイプの小説を支持する年代、層、といったものが存在しているようだが、この小説が、そんな読者層と著者との馴れ合い、もたれ合いによって成立しているらしい事実だ。作中の、著者から「仲間たち」へ向けられた「共鳴」を促すサインの散りばめられ具合から想像するに。そして、「部外者」には見苦しく感じられるその部分が、それ故に、ファンにとっては、この小説のおそらく最大の魅力なのだろう。自分たちを「仲間」と確認し、安心してじゃれ合うための小説。なんだか気持ち悪いがなあ。
【角川書店】
戸梶圭太
本体 1,600円
2000/12
ISBN-4048732617
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「Rの家」
評価:E
帯に引用された「世界は解読されている。せめてそのことは認めようじゃないの」なんて作中のセリフにゾッとしたのだが、悪い予感通り、座り込んだ登場人物たちが延々と生硬な議論を交わし続ける「お座談小説」だった。少しは体を動かさないと健康に悪いぞ。膨れ上がる自意識ではち切れんばかりで、「世界は解読されている」なんて話をするのが重大事に思える、そんな年頃の人々にとってこれは、切実な小説なのかも知れない。学生時代、友人がこの種の小説に入れ込んでいた記憶もある。もっとも、私も付き合いで読んではみたが、感想は今と同じ、つまりさっぱり面白くなかったのだが。そして今日も、実際の数倍の大きさに膨れ上がり、それゆえ極端に脆くなっている青春期の自我を守るために座談は続く。人生の真実に関する「大発見」に次ぐ「大発見」を繰り返しながら。
【マガジンハウス】
打海文三
本体 1,800円
2001/1
ISBN-4838712839
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「歴史を考えるヒント」
評価:A
文章の底に流れる著者の静かな「知」の怒りの響きに粛然とさせられた。冒頭で著者は、日本の歴史の真実を学ぶ努力を怠りつつ、あるいは無視しつつ、「日本」を声高に論じようとするある種の人々の姿勢を、控えめな、が、厳しい語り口で批判して行く。あなた方は、この国がいつ、どのような理由で「日本」と名乗るようになったのか、そんな基本的な事実さえ知らずに、国の歴史を身勝手に意味付け直し、また、記念日を定めようというのか?と。そして著者は、我々の先人の過ごした日々の一つ一つを活写しつつ、語りかけてくる。一歩一歩冷厳な視線で問い詰め、突き詰めてゆく事。その向こうに姿を現す確かなもの以外、真実と呼ぶには値しない。時の流れの中でねじ曲げられてきた史実の正しい検証の向こうにしか、今日の我々の存在証明はあり得ない、と。
【新潮選書】
網野善彦
本体 1,100円
2001/1
ISBN-4106005972
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「バーバリー・レーン28番地」
評価:D
う−む。まだ残りは大分あるな・・・と、読みつつ何度か嘆息。いくら読んでも終わらない気がした。何も付いてないパンを一斤、ひたすら食べ続ける、みたいな感触。これ、アメリカ合衆国の、あるタイプの人々の送った日々を、特に刺激的な山場も新しい発見も無しに(別名・爽やかに?)書いてあるだけでしょ?きついです。70年代の、サンフランシスコの、といった「売り」はあるだろうけど、それは「懐かしのメロディ」的価値でしかないし。そもそもこの本、日本人向けに訳される必要があるのだろうか?この種の本は、アメリカ人の生活の、非常にドメスティックな、ある部分でだけ必要とされているものなのであって、海の彼方の我々には無縁無用のもののような気がしてならないんだが。作品の出来の善し悪し以前の問題として。
【ソニー・マガジンズ】
アーミステッド・モーピン
本体 1,600円
2001/1
ISBN-4789716465
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「夢でなければ」
評価:C
事故で昏睡状態の女性の霊体と恋仲になった男が、彼女の「本体」を、安楽死から守るために病院から盗み出し、という粗筋を読み、期待したのだが・・・登場人物は無駄話ばかりしていて物語は遅々として進まず、波瀾万丈の展開は、ついに訪れることはない。さらには何故か途中で主人公の母親に関する思い出話が始まり、それはついにはメインのスト−リ−を凌駕しつつ、延々と続く。なんなんだ、これは?などと文句を言うのは筋違いなのだろう。著者ははじめから、私が期待したような異常な状況設定が生み出す面白話などを書く気はない。おそらくこの物語は、私にとっては「無駄」と感じられる部分に生と死と人生の豊穣を読み、感動できる人々のものなのだろう。(と言うか、著者は自分の「想い」に陶酔し過ぎてはいないか?ハナについて、私は付き合いきれませんでした)
【早川書房】
マルク・レヴィ
本体 1,600円
2001/1
ISBN-4152083271
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「世界の終わりの物語」
評価:B
人類の営為のことごとくを蹴散らして爆走する、哄笑だらけの作品群。「小説研究者」という凄い肩書の人物による巻末の「解説」があり、氏は、ここに収められた作品群の内容を大いに嘆いておられる。いわく、書いてはいけない小説だ、読んでしまったら忘れ去るべきだ、この著者の絶筆となる長編の方は素晴らしい作品だったのに、と・・・いいんですか、解説文で貶してしまって?どこぞの採点員じゃあるまいし(笑)研究者の方よ!私はこの作品群を、言われるほどの虚無の賜物とは思いません。ことに、「いわゆる反権力」への、能天気とも言いたい思い入れをうかがわせる末尾の2作品を読むにつけても。そこには「良識」などには飼い馴らされない雑民の生命力が投げ出されている。私はこの作品群、老境を迎えた著者の、アメリカほら話の源流への回帰行と捉えております。
【扶桑社】
パトリシア・ハイスミス
本体 1,429円
2001/1
ISBN-4594030602
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