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「不自由な心」
評価:A
最初は、男が男のために書いたような不倫物語だなあ、人が病気で死ぬっていうのもあんまり続くと禁じ手にしたくなるなあと思って読んでいた。『水の年輪』も、進行癌を宣告された主人公が仕事や家族と離れて自分だけの時間を過ごし始める心理は伝わってくるが、それは誰もが、自分が病気になったら、、、、と想像する範囲を越えていない。しかし最後の『不自由な心』には、ぐっと人の心に踏み込んだ真情を感じて一気にA入りが決定した。妻の兄(職場の上司でもあるから、これはもう絶体絶命だ)から不倫を責められた男が、窮鼠、猫を噛むそのもので開き直って怒鳴りだす場面には、ぎりぎりの本音の緊張感が漂う。その【妻の兄】役が主人公なのだが、この男も相当に人生が破壊されている。彼の妥協と建前を頼りに生き続ける姿が実像なのか虚像なのか。そこに他では読んだことのない余韻をを感じた。
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【角川書店】
白石一文
本体 1,700円
2001/1
ISBN-4048732668 |
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「そして粛清の扉を」
評価:A
怖さから言ったら『鬼子母神』の方が怖い。しかしどちらが面白いかと問われれば、やはり本作の方が面白かった。ストーリー展開に次へ次へと頁を繰らせる勢いがあり、その強さに圧倒されて一気読みだ。いくら最愛の娘を殺されたからって、ついこの間まで普通の高校教師だった中年女性が、なんで29人もの不良生徒と警察を相手に回して戦い抜けるのか、どうしてそんなに強いのか、という疑問は最後まで残る。最終コーナーを回ってからその真相は明らかになるが、そこには意外性や伏線の数々だけでなく、弱く寂しい人間同士が助け合い信頼しあう姿があり、そのひたむきさに打たれて一瞬、この大殺戮を許す気になる。そういう読む者の共感を呼ぶという面で断然勝って、本作は大賞を受けたのだと私は納得した。
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【新潮社】
黒武 洋
本体 1,700円
2001/1
ISBN-410443101X |
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「鬼子母神」
評価:B
幼い子供を持つ親で、この作品を面白く読みましたという人はいないのではないだろうか。子供の虐待ものでは、下田治美の『愛を乞うひと』の暴力の方がリアルで凄まじいが、あの作品は虐待を受けた主人公が幸せな家庭を得て後の回顧ものなので未だ救いがあった。本著の何が怖いと言って、仕事では虐待家庭を保護する立場の保健婦として誠実に親身に対処している主人公の公恵が、家では自分の娘に単純なイジメでは済まされないような鬱憤晴らしを執拗に繰り返すシーンが実に悲惨だ。この作品がホラーサスペンスとしては『そして粛清の扉を』よりも優れているにも拘わらず、大賞でなかったのは、いかなる角度から理解しようとしても、ストーリーの真相に情状が見当たらないからではないか。
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【幻冬舎】
安東能明
本体 1,600円
2001/2
ISBN-4344000528 |
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「Maze」
評価:B
四角くて白い、大きな豆腐のような構造物。そこに刻まれた、人間が一人づつしか通れないような迷路を入っていくと途中でフイと消えうせる、という言い伝えから物語は始まる。全員が行方不明になるんじゃなくて戻って来れる者もいる、っていうのが不思議、とつい引き込まれて途中で止められない面白さだ。しかし、終盤、謎解きの部分にさしかかると夢から醒めたみたいで、なーんだという気分になってしまった。ファンタジー苦手、天使もカカシも駄目、という私がこんなことを思うのも珍しいのだが、もっと謎のままで終わってくれても良かったのではないか。巷にはもっと無責任にわからないままでオシマイの小説が多いことを思うと、全てに答えを出してしまう著者はきっと理知的で律儀な人なのだろうなあ。 |
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【双葉社】
恩田陸
本体 1,500円
2001/2
ISBN-4575234079 |
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「The Twelve Forces」
評価:C
よくこんな無茶苦茶な小説を書けるなあ、というような、漫画『北斗の拳』と映画『ジュラシックパーク』を混ぜたみたいな世界が延々と描かれる。読んでいて特に、『北斗の拳』の暴力シーンを何度も思い出した。残酷なのかフザケているのかわからないくらい何でもありなのだ。私は何とか半分くらいまでは丁寧に読んだのだが、力尽きて後半は流し読みになってしまった。書く方もさぞかし体力が要るだろうが、読む側も本作を軽くクスクスと笑って読めるくらいの若さが必要だ。あんまり真面目に読まないで、お菓子でも食べながら寝っ転がって、そう、漫画を読むような気持ちでないと40歳以上の読者は付いていけないかも知れない。
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【角川書店】
戸梶圭太
本体 1,600円
2000/12
ISBN-4048732617 |
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「Rの家」
評価:C
家を新築して、さあ一族が同居というときにお嫁さんが海で自殺。残された一人息子が成長して、母親を追い詰めた秘密を追う、というストーリーだ。一応、推理仕立てにはなっているのだが、語り手であるこの息子も含めて、父、父の愛人、従姉、伯父、、、という登場人物が皆、浮世離れした現実感のない人々で、話の進み具合に緊張感がない。一読すると若い女性が書いた小説のような繊細な感性が漂うが、これが50代の男性の作品なのだ。違う書き方をすれば比較的単純な話になると思うが、少しづつ登場人物を増やして同じ事件を語らせては真相に近づいていく、という構成になっているので少々、読みづらい。頭の冴えているときに一気に読もう。 |
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【マガジンハウス】
打海文三
本体 1,800円
2001/1
ISBN-4838712839 |
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「バーバリー・レーン28番地」
評価:D
ドラッグ、ホモセクシャル、幼児ポルノ、、、、、と過激な内容を扱ってはいるものの、まるでTVホームドラマの脚本を読んでいるような惰性を感じる。最後まで何かが足りない気持ちでもどかしかった。一体、これは何なんだ、どこがベストセラー小説なんだと?マークがいっぱいだったが、訳者あとがきを読んで納得。これはシリーズものの第1巻で25年も前に一世を風靡した作品なのだ。この巻は導入部であり、以降は主人公の身の上に動きがあるらしいのでそれなりに楽しめそうではある。でもやっぱりこれを面白く第6巻まで読めるのは、アメリカ人か、御当地サンフランシスコに住んだことのある人だけじゃあないのか。 |
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【ソニー・マガジンズ】
アーミステッド・モーピン
本体 1,600円
2001/1
ISBN-4789716465 |
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「夢でなければ」
評価:A
物語の冒頭で、若く美しい女医のローレンがいきなり交通事故に遭う。脳死状態の彼女の体から抜け出た魂が、誠実な建築家アーサーの前に現れて、、、、という、最初から映画化することを念頭にして書かれたようなラブ・ストーリーだ。ローレンは何故かアーサーにしか見えない存在なので、おまえは誰と話してるんだ、どこを見てるんだ、と幽霊モノにありがちなコメディータッチのシーンが多少、鼻につく。でもまあ読みやすいし、Bかな、と思いながら読んでいたところ、最終章で思いもかけない結末に唸った。こうなると思っていたよ、という勘の鋭い読者もいるのだろうけれど、私は剣道で言うといきなり、面!と一本取られたような驚きであっけに取られた。それまでの通俗性を一気に埋めて余りあるAだ。
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【早川書房】
マルク・レヴィ
本体 1,600円
2001/1
ISBN-4152083271 |
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「世界の終わりの物語」
評価:C
ハイスミスの短編は初めて読んだ。ハイスミスがこんなのを書くの?というくらい、科学的な描写が何とか許せるレベルを超えてハチャメチャなのに驚いた。老いてからの作品とは言え、何だか体が動かなくなった人間がやけくそになって憎たらしいことを思いっきり言い放題した、というような哀しさを感じる。10編の作品には出来不出来があり、途中で書くのがイヤになって投げ出したんじゃないかと思うようなものもある。面白く読めたのは『ナブチ、国連委員会を歓迎す』と『<翡翠の塔>始末記』の2編だ。前者は国家運営、後者は高級マンションのゴキブリ退治、という課題に対して無能なリーダーが繰り出す対策が火に油を注いで、、、、という展開。ほんまにこの通りや、ウエがアホやとこうなるんやわー、とサラリーマンの私は毒づいて笑えたのだった。
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【扶桑社】
パトリシア・ハイスミス
本体 1,429円
2001/1
ISBN-4594030602
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