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   鬼子母神
  【幻冬舎】
  安東能明
  本体 1,600円
  2001/2
  ISBN-4344000528
 

 
  今井 義男
  評価:C
  おそらくこれを読んだ人の大半が「またか」という感想を抱くのではないかと思われる。どれほど手を変え品を変えてみたところで、読み手がそんな気持ちになった瞬間に、その作品はハンデを背負ったようなものである。作者はあまり一般的でない、精神の病を切り札のごとく振りかざしているが、フェアなやり方とはいえない。病理を異形と同一視する危険も生みかねない。もしかして出版界では、我々の知らない病気の数だけサイコ・ノヴェルを量産する密かな計画でもあるのだろうか。主人公の保健婦の陰湿さと、病状を知りながら平然と傍観者に徹する医者の姿には辟易した。本来裁かれるべき人間はこの二人ではなかったのか。このように胸につかえの残る小説であるが、裏を返せばそれだけ作者の術中にはまったと認めざるをえない。後味は読んでのお楽しみである。

 
  原平 随了
  評価:C
  保険センターに勤める保健婦である主人公が、幼児虐待の疑惑のある家庭を担当したことで、その虐待の実態が次第に明らかになっていく。……というのがこの小説の内容なのだが、題材の捉え方、設定や、恐怖の質などが、貴志祐介の『黒い家』と似通っていて、一方が上手くエンターテイメントになっていたのに比べて、こちらはひどく読みづらい。その最大の原因は、この小説が〈幼児虐待〉というテーマを二重構造で捉えようとして、それが必ずしもうまく機能していないからだろう。実のところ、ホラーとして描かれるメインの事件よりも、同様に幼い子を持つ母親である主人公の我が子への虐待の方によりリアリティがあって、これが、読んでいて何とも息苦しく、居心地悪く感じさせるのだ。もちろん、狙いは明快で、誰の心の中にも虐待の芽はあるのだという作者の主張はとてもよく解るし、なかなかの力作、意欲作であるとは思うのだが。


 
  小園江 和之
  評価:D
  幼児虐待を素材に、心の中の暗闇部分が制御不能になっていく恐ろしさを描いているようです。『そして粛正の扉を』とホラーサスペンス大賞を争って惜しくも敗れたそうですが(でも特別賞もらってる)、なんていうかじわじわとした展開が地味な感じなので損をしたのかもしれません。でも、どちらかというとこちらの方がホラーっぽいんじゃないでしょうか。終盤、主人公が実に都合よく、相手の旦那の死体を発見したりするんで、ちょっと白っちゃけた気分にもなりましたが、まあそれはそれとして。もう少し短くして、最後に思い切ったどんでん返しを入れたら一気読み本だったかも。

 
  石井 英和
  評価:A
  平凡な日常に一滴落とされた不安の影が滲むオ−プニングから、徐々に着実に積み上げられて行く恐怖。「ちゃんと怖いホラ−小説」であり、堪能できた。クライマックスに「ベタにホラ−なシ−ン」が置かれているのも嬉しい。「追う者」と「追われる者」の相似形や、各登場人物の設定の救いの無さ等、荒涼たる風景が展開されており、著者の社会に向けた視線も鋭い。細かいことを言えば、中盤、風呂場における「彼女」の身の上話は長過ぎるし、語彙が豊富過ぎる気がする。すべてを、しかもひとときに語らせる必要もなかったのではないか?また、事件の中核に「心の病」の解析が置かれてしまうのは、ちょっと面白くない。とはいえ、実は、読んでいる間、あまり気にはならなかったのだが。著者のペ−スに乗せられていたのだろう。

 
  中川 大一
  評価:A
  私事ながら、息子の三歳児健診には私が付き添ったんだ。周りは女親ばかりで、きまり悪かったなあ。「積み木をここまで動かしてごらん」。素直に応じる息子。私は物を動かせるかどうかのテストかと思ったけど、保健婦さんの視線にハッとした。彼女は、子供の目が積み木の軌跡を追うかどうかを確かめていたんだね。本書の主人公も日々そんな仕事をこなしてる。主役が保健婦のミステリって、珍しいじゃんねえ。浜やん@祝新発行人、紙版本誌で「変わった職業の主人公」特集を希望!さて、「誰が何をどうしてやったか」に関する謎のうち、この本は、「誰が」の部分がかなり早く割れてしまう。惜しい。でも「何をどうして」の部分はたっぷり読ませる。季節が2カ月逆戻りしたような、底冷えする怖さにぶるぶるぶる。

 
  唐木 幸子
  評価:B
  幼い子供を持つ親で、この作品を面白く読みましたという人はいないのではないだろうか。子供の虐待ものでは、下田治美の『愛を乞うひと』の暴力の方がリアルで凄まじいが、あの作品は虐待を受けた主人公が幸せな家庭を得て後の回顧ものなので未だ救いがあった。本著の何が怖いと言って、仕事では虐待家庭を保護する立場の保健婦として誠実に親身に対処している主人公の公恵が、家では自分の娘に単純なイジメでは済まされないような鬱憤晴らしを執拗に繰り返すシーンが実に悲惨だ。この作品がホラーサスペンスとしては『そして粛清の扉を』よりも優れているにも拘わらず、大賞でなかったのは、いかなる角度から理解しようとしても、ストーリーの真相に情状が見当たらないからではないか。

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