年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班
中川 大一の<<書評>>

「不自由な心」
評価:C
中年男の心の綾・襞・琴線・秘孔にぴたりと触れる小説集。誰しも思い当たることの一つや二つ、あるんじゃないの?ほれほれ、正直に言うてみい。さすが熊さん大賞・新人賞ダブル受賞作家。だが一方で、私は思うのだ。家庭の枠を壊さない火遊び程度の浮気なんて、所詮はしみったれたエピソードじゃないか。それをまあ、子供が飴玉をしゃぶるみたいに、過去の不倫の思い出を時々取り出してはあっちこっちから眺め回す。けっ、まったく湿ッ気てやがる。疲れたおやじは逆転満塁サヨナラホームランなんて打てない。だからちまちまバンドエンドランを繰り返す。だが、渋い職人芸だけじゃゲームは盛り上がらないぜ。……と言いつつ、「水の年輪」にちびッとうるうる来たことを、最後にこっそり付け加えておこう。
【角川書店】
白石一文
本体 1,700円
2001/1
ISBN-4048732668
●課題図書一覧

「そして粛清の扉を」
評価:A
むかし、『処刑教室』って映画あったでしょ?生徒たちに妻をレイプされた教師が、学校内で復讐してまわる、ってやつ。あざとい手法だったけど、一番の憎まれ役が殺られる場面では、さすがに溜飲が下がったっけ。本書も同工異曲、でも現代の小説らしい趣向と設定で、読み応え抜群だ。ただ、あるクラスの生徒全員、あるいは出てくる若者のほとんどをアホ一色で塗り込めちゃったのはどうか。一つには、悪というのは善との対比でより効果的に浮き彫りにされるものでしょう?もう一つは、この書き方だとよくある世代論になっちゃって、少なくとも部分的には社会的な読み方をせざるをえない。十代の現実はどうこうとか、少年法の是非、とかね。それって、エンターテインメントとして多くの読者を獲得するには、あるいは文句なく楽しむ上で、足枷になるんじゃないかなあ。いやいや、こうしてあれこれ考えてること自体、すでに作者の術中にはまってるってことかもしれないね。
【新潮社】
黒武 洋
本体 1,700円
2001/1
ISBN-410443101X
●課題図書一覧

「鬼子母神」
評価:A
私事ながら、息子の三歳児健診には私が付き添ったんだ。周りは女親ばかりで、きまり悪かったなあ。「積み木をここまで動かしてごらん」。素直に応じる息子。私は物を動かせるかどうかのテストかと思ったけど、保健婦さんの視線にハッとした。彼女は、子供の目が積み木の軌跡を追うかどうかを確かめていたんだね。本書の主人公も日々そんな仕事をこなしてる。主役が保健婦のミステリって、珍しいじゃんねえ。浜やん@祝新発行人、紙版本誌で「変わった職業の主人公」特集を希望!さて、「誰が何をどうしてやったか」に関する謎のうち、この本は、「誰が」の部分がかなり早く割れてしまう。惜しい。でも「何をどうして」の部分はたっぷり読ませる。季節が2カ月逆戻りしたような、底冷えする怖さにぶるぶるぶる。
【幻冬舎】
安東能明
本体 1,600円
2001/2
ISBN-4344000528
●課題図書一覧

「Maze」
評価:B
うおおっ、カッチョいい装幀!(泡坂妻夫+川又淳)本年度WEB本の雑誌課題図書装幀部門金賞(いま考えたの)に内定。この趣向はウエブ上じゃ決して分からないから、本屋さんで実物を見てみてね。さて、西アジアの果てに立つ矩形の構造物が主人公。そこに迷い込むと、人があっという間に消失する。中は一体どうなってるんだろ、という興味でもってぐいぐいひっぱる。やがて明らかになる真相は……やや失笑もの。それまでファンタジックな筆使いで不思議な感じが程よく出ていたのに、唐突に具体的な国名が記され、ストーリーは中途半端な現実に着地する。でも失笑って、必ずしもネガティブな感想じゃないんだね。上方漫才の締め言葉に近い感覚。「もうアホらしゅうて、君とはやっとれんわ!」
【双葉社】
恩田陸
本体 1,500円
2001/2
ISBN-4575234079
●課題図書一覧

「Rの家」
評価:D
ぬっ、訳の分かんないタイトル。課題図書じゃなければ手にとらんぞ。だが開いてみると、新鮮な果実をかじったような、みずみずしい文体。17歳の少年が従姉と伯父とともに、超俗的なような下世話なような、何だか不思議な暮らしを繰り広げる。その舞台が海辺の崖の上に立つ奇妙な建物=Rの家なんだ。こりゃあ期待がもてる。そう思ったよ、はじめは。しかしっ……短編か、せめて中編だったらよかったのにねえ(小さなため息)。さぞ鮮烈なイメージを残す、きりっとした作品に仕上がったと思うぜ。それを、なまじ母の失踪の謎を軸にしたミステリ仕立ての長編にしたもんだから、だれちゃって。読み出す前に抱いた、思わせぶりな書名に対する警戒心は、不幸にも最終的には当たっちゃったみたいだね。
【マガジンハウス】
打海文三
本体 1,800円
2001/1
ISBN-4838712839
●課題図書一覧

「歴史を考えるヒント」
評価:B
目ウロコ本。ふだん何気なく使っている言葉の歴史を尋ねると……あら不思議、現在の風景が違って見える。33ページの地図だけでも立ち見すべし。私も常々関西と関東って違うとは思ってたけど、うーむ、根が深い。新刊採点の評価がこれだけバラけるのも、採点員の出身地に秘密が……あるはずないか(*^。^*)おやっ、「近代以後の賃金労働者の系譜は今後、下人の労働の流れからも考えていく必要が出てくる」だって。くくぅ(;o;)、俺たちサラリーマンって、下人の末裔だったのか。下人、ああ下人、下の人。などと嘆く必要はない。その理由は本書でどうぞ。講演会の記録がもとになってて、とても読みやすい。ただ、この著者の作物をずっと追ってる人にとってどれだけ新味があるかは、???だね。
【新潮選書】
網野善彦
本体 1,100円
2001/1
ISBN-4106005972
●課題図書一覧

「バーバリー・レーン28番地」
評価:D
会話が多く、しかも発話ごとに改行されているからサクサク進む。ああなるほど、もともと新聞小説で、テレビドラマ化されてるのか。どおりで見出しも多く、読みやすいはずだ。訳者は「当時のサンフランシスコを知」っていて、「一つ一つが……懐かしく、楽しかった」そうだ。一方、私は当時も今もサンフランシスコなんて知らないので、頻出するカタカナ言葉に右往左往。どうやらポイントはこのへんにありそう。発表当初の四半世紀前ならともかく、今じゃドラッグや同性愛の描写は小説としては過激なものじゃないしね。プーカ・シェルのネックレス、ペザント・ドレス、クエルード、ラモス・フィズ、アティカス・フィンチ……。こんな言葉にピンと来るかどうか、つまり細部を楽しめるかどうかで評価が割れる本。
【ソニー・マガジンズ】
アーミステッド・モーピン
本体 1,600円
2001/1
ISBN-4789716465
●課題図書一覧

「夢でなければ」
評価:B
立て板に水のような文章で、一気読み。一気に読みすぎて、何が書いてあったか覚えていない((爆))。いやマジで、時々立ち止まって考えさせる部分がないと、作家の語り口のうまさしか印象に残らない。確かに、母から息子への手紙の場面では流れが滞留する。横板に餅、本来は読ませ所なのだろう。でもこの手紙、いいことが書いてあるとは思うが、物語の骨格との有機的な関連は薄い。唐突な印象なんだね。むしろ私は、男が女に惹かれるプロセス、言い換えると、主人公が基本設定である超常現象を受け入れていく過程、をじっくり描いてほしかった。この本、映画化決定だって。女の子を誘うなら、前もって諸採点員兄姉の意見を参考にして、カノジョに蘊蓄を垂れると効果テキメン……いや逆効果かな(大爆笑)。
【早川書房】
マルク・レヴィ
本体 1,600円
2001/1
ISBN-4152083271
●課題図書一覧

「世界の終わりの物語」
評価:C
趣味の悪い、不愉快な作品集。だからといって、つまらないわけじゃない。誰しも心の中に、ブラックな部分をちょっとは飼ってるよね? 本書はそこをつんつん突いてくる。アメリカの大統領や原発をちゃかしたかと思うと、アフリカの架空の国や長寿の女性をおちょくりまくる。その執拗さは並大抵ではなく、読んでて「おいおい、どこまで行くねん?」と独りごちることしばしば。えげつないこと吉本新喜劇のごとし。そんな中で「白鯨2」は異彩を放っている。クジラの内面以外は客観描写に徹したストレートな動物文学だ。総じて、良心が邪魔して高い評価をつけにくい本。そういえば、巻末の解説もどことなく歯切れが悪い。逆に言うと、実際に読んでみると評判より面白かった、ってことも十分あるだろうね。
【扶桑社】
パトリシア・ハイスミス
本体 1,429円
2001/1
ISBN-4594030602
●課題図書一覧

戻る