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「不自由な心」
評価:E
短篇集だからなんとか読了できましたが、さもなければ確実に挫折していました。男女間の牽引力が失われ、互いの存在が色あせていくのは、どうやら死というものを本当には実感出来ていないせいではないか、てなことが書いてありまして、それについてとやかく言うつもりはありません。でもですよ、なんでほとんどが中年男と若いOLさんとの不倫話なんでしょうか。浮気と本気の間で右往左往した揚げ句のすったもんだなんて、他人から見りゃ滑稽なだけで、それを愛だの命だの重苦しく説かれても、なあ。それにしても取材の結果なのか、著者の実体験に基づくものなのか知りませんが、中年の会社員てそんなにモテるんでしょうかね。いや、その、別に羨ましいってわけじゃないですよ。ちょっとそう思っただけ。
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【角川書店】
白石一文
本体 1,700円
2001/1
ISBN-4048732668 |
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「そして粛清の扉を」
評価:B
仕掛けとしては上手くできていますし、因果応報原則に当てはめようにも加害者に手厚い法制度を逆手にとるような下司どもに下される、私的処刑のカタルシス……だけではなく、ここで断罪される高校生達は身勝手な親の投影でもある、って書くことで単なる復讐ものでないことを強調してもいます。で、面白いことは分かりますし、一気に読めたわけですが、大量に死体が出てくるわりにはあんまりおぞましさが感じられないんでした。後半、マスコミを利用しての「公開賞金稼ぎ募集」が出てきたときには、筒井康隆さんの『ワイド仇討ち』を思い出してしまいましたし。それまでまったく銃器に無縁だった中年女性が、一発も外さず、しかもほとんどがヘッドショットで、あげくはシングルハンドでも正確無比な着弾ってのは、ねえ。映画の『ニキータ』がリアルなのは、前半これでもかと描かれる訓練シーンがあればこそ。ま、その辺を気にしないなら楽しめると思います。
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【新潮社】
黒武 洋
本体 1,700円
2001/1
ISBN-410443101X |
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「鬼子母神」
評価:D
幼児虐待を素材に、心の中の暗闇部分が制御不能になっていく恐ろしさを描いているようです。『そして粛正の扉を』とホラーサスペンス大賞を争って惜しくも敗れたそうですが(でも特別賞もらってる)、なんていうかじわじわとした展開が地味な感じなので損をしたのかもしれません。でも、どちらかというとこちらの方がホラーっぽいんじゃないでしょうか。終盤、主人公が実に都合よく、相手の旦那の死体を発見したりするんで、ちょっと白っちゃけた気分にもなりましたが、まあそれはそれとして。もう少し短くして、最後に思い切ったどんでん返しを入れたら一気読み本だったかも。
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【幻冬舎】
安東能明
本体 1,600円
2001/2
ISBN-4344000528 |
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「Maze」
評価:D
うーん、これにはまいりました。だってどこが面白いか分からないんですよ。アジアのどこかにある不思議な場所の謎の建造物。その中では過去、数百人の人間が忽然と消えてしまったのだという。と、ここまではいいんですが、その謎解きをしていくうちに意外な展開になっていくと思っていたら、「ええー、そんなぁ」という結末。なんだか昔からあるB級映画のパターンのようで、もしかしたらこれは筋立てに拠って立つ小説ではなく、奇妙な風景の中で生じる、現実と幻覚の境界があいまいになっていくような感覚を味わうべきなのかもしれません。けれど私にはその味が分からない、ってことなんでしょうか。 |
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【双葉社】
恩田陸
本体 1,500円
2001/2
ISBN-4575234079 |
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「Rの家」
評価:A
実はあんまり期待してなかったんですが、妙にフラットな語り口に魅かれて読み始めたら、なんとも不思議な味わいでした。最近よくある、十代の馬鹿言葉がちりばめられた薄味饒舌小説とは一線を画しています。会話文に無駄がなく、使われている言葉もなかなかです。まあ、この辺はいやらしさと紙一重のところですが、あえてそうしているのかもしれません。他人からの受け売りだけで人生が分かっているかのようにふるまう高校生なんて、そこら中にあふれてますが、主人公はパクリの知識だってことを隠したりしないんで、読んでて不快ではありません。性欲やら情欲の取り扱いについて、人間ほど学習しない動物も珍しく、これから先も相変わらずそれらに振り回されてくっついたり離れたり、家庭を作ったり壊したりしていくのでしょう。そのしょーもなさを抱えつつ人は死ぬまで舞台の上にいなきゃいけない。これから読む人は決して先にラストを覗いてはいけません。あたしゃ最後の一行で不覚にも泣いちゃいましたよ。 |
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【マガジンハウス】
打海文三
本体 1,800円
2001/1
ISBN-4838712839 |
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「歴史を考えるヒント」
評価:B
私は時代劇が好きであります。大岡越前とか水戸黄門とか再放送があれば必ず観てしまいます。そういう番組の中でお代官様なんかが言うところの「百姓」というのは例外なく農民のことでしたから、本書を読むまで私もそう信じて今日に至っておったわけですが、実は百姓と呼ばれてはいるが農民ではなく、他業種を営み収入を得ていた人達がたくさん居たんだそうで、ちょいとびっくりしてしまいました。それと面白かったのは、中世においては土の中は異界であり、土中に埋められると、それは異界のもの、神仏のものになり、「無主物」となってしまうと考えられていたそうな。だから隣家の飼い猫が私のうちの庭にやって来て、糞をして埋めても、もはやそれはその猫や飼い主のものではなく、神仏のものになってしまいます。だからといって迷惑なことにゃ変わりはないんですが。 |
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【新潮選書】
網野善彦
本体 1,100円
2001/1
ISBN-4106005972 |
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「夢でなければ」
評価:B
恋愛が体感時間を変えてしまうってことは、たしかにあると思います。まして本書のような特殊な状況下ではなおさらでしょう。ただ相手の女性が若くて美人でなきゃ成り立たないんだろうなって気はします。だって、これが老婆だったらただの怪談噺だもん。そういう意味でも非常に映画的な作品です。主人公の母親に関する回想部分がやや人生訓ぽくて、ちょっとダレますが、描かれる情景は美しく、最後の着地も一回転までは行かなくても半ひねり状態で小気味がいい。どんな人でも一生に一回だけは傑作を書ける、なんて言いますが、二番煎じのきかない素材だけに次が続くかどうか。そういえばH・F・セイントも一発屋だったような……。
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【早川書房】
マルク・レヴィ
本体 1,600円
2001/1
ISBN-4152083271 |
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「世界の終わりの物語」
評価:C
全部で十の短篇からなる「著者最後の傑作集」なんだそうです。なんていうか、どれを読んでもぽーんと突き放される感じで、こちらの感情移入など知ったこっちゃないみたいですね。私としては「ナブチ、国連委員会を歓迎す」のはちゃめちゃぶりが面白かったんですが、これとて別に笑いのスパイスを入れようとしてるわけではないのでしょう。解説に「こうした作品群は書いてはいけない小説であり、読んで笑ってはいけない小説である。」とか書いてあるんですが、そんなに大変なものかなあ、と思いましたね。私が日本人だからでしょうか。たしかに間違って紙やすりを舐めてしまったような読後感ではあります。 |
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【扶桑社】
パトリシア・ハイスミス
本体 1,429円
2001/1
ISBN-4594030602
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