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佐久間 素子の<<書評>>
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Queen

「紙婚式」
評価:B
一人でいるのはさびしいが、理解しあえない二人が一緒にいる方がより一層さびしい。理解という幻想を粉々にしつつ、紡がれる8つの短編は、おそろしいことに、結婚がテーマである。かなしかったり、こわかったり、うつろだったり、さびしさの味は違っても、いずれも説得力にあふれ、フィクションだ他人事だと目をつぶることができない。小さい固い結晶のような孤独を残す本である。ホラーも負けるすさまじい短編もあるが、しみるのは、限りなく普通を描く、例えば『バツイチ』。「ずっと柔らかいままの女性は、この世に実在するんだろうか」と幸福のさなかに考える主人公が痛々しい。結末は読者にゆだねられ、ないも同然のかそけき希望にすがりたくなる。

【角川文庫】
山本文緒
本体 533円
2001/2
ISBN-4041970091
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「旅に出ても古書店めぐり」
評価:D
古書好きの夫婦がつづる軽いよみくちのエッセイ。「古書マニアなんだけど親しみやすいハイソな感じ」を狙っているのは、装丁からもわかる。著者夫婦に嫌味なところはないので、ドタバタじみた描写は計算としても、親しみやすいには違いない。企画は成功でしょう。意見は常識的、感情は表層的なところが長所であり欠点。オンライン書店についてなど、ああいう優等生的意見なら、わざわざ一章をさくまでもないと思ってしまう。しかし、古書店の話ばかりでなく、ミステリ専門書店、サザビーズのオークション等、話題は豊富で飽きることはない。好奇心で目をきらきらさせながらの見聞録。まあ、読み捨てで十分かな。
【ハヤカワ文庫】
ローレンス&ナンシー
本体 720円
2001/1
ISBN-415050248X
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「仲蔵狂乱」
評価:A
初代仲蔵といえば、定九郎の扮装を変えた人物として有名だが、考えてみると知っているエピソードはそれくらいだ。当然クライマックスに使われると思っていると、以外とさらりとした扱いである。浮き沈みのある長い役者人生の一場面にすぎないのだ。描かれる仲蔵は、人生のどの場面でも、芸に魅入られ、努力と才能を惜しまない。同輩にも、客にも、芸の世界の魔のようなものにも愛された一生は気高いほどだ。作者はこの非凡な役者を、人なつっこい、どちらかといえば平凡な性格に描く。ひいき客のような心配と優しさをもったまなざしが常に感じられ、おかげでこちらまですっかり仲蔵びいきだ。ナマの舞台をみているような興奮も快感。
【講談社文庫】
松井今朝子
本体 752円
2001/2
ISBN-4062730715
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「人魚とビスケット」
評価:A いちおし 
おはなし好きの欲求をきっちりみたしてくれる、シンプルかつ個性的なストーリーテリング。夢中で読んだ。最後のだまされ感も心地よい。祝再刊!プロローグは、好奇心そそられる新聞広告の応酬(しかも実話らしい)。それをうけて語られる十四週間にわたる男3人女1人のインド洋漂流事件は、過酷でスリリングだ。ここで終わっても十分おもしろい話だが、二十ページたらずのエピローグで、それまでのおもしろさが倍増する。ニックネーム(「人魚」とか「ビスケット」とか)でしか呼ばれなかった匿名性が急に生きてくる。さすがに時代を感じるなあと思っていた描写が伏線として見えてくる。性格、行動、感情、すべてのピースが、かつんかつんとあるべき所に収まっていく快感といったらない。みたされていたはずの好奇心が、本当はみたされていなかったことに気づいて驚くはずだ。作中の日本人が人非人なのが悲しいが、傑作。読むべし。
【創元推理文庫 】
J・M・スコット
本体 620円
2001/2
ISBN-448821102X
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「永遠に去りぬ」
評価:B
ブランドに負けて、評価に自信がない小心者の私は、本作が初ゴダード。最後までお腹いっぱいごちそうさまの読みごたえであった。旅人同士として、ひととき心をかわした女性が、直後殺害される。犯人としか思えない男の逮捕、裁判までが長いプロローグ。このままでは終わるまいという期待は、何と最後の1ページまで持続する。力技だなあ。人気があるはずだ。これだけ重厚だと、話のおもしろさとは、別のプラスアルファを期待してしまう。冒頭の出会いのシーンが、本来それを運ぶのだろうが、どうにもぴんとこなかった。「あなたとわたし、ほんとうになにかを変えられると思う?」って、どんな旅人やねん。このシーンが大丈夫な人にはおすすめです。
【創元推理文庫 】
ロバート・ゴダード
本体 1,120円
2001/2
ISBN-4488298060
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「赤目四十八瀧心中未遂 」
評価:B
一種、異常な迫力で生が描かれる。アパートの一室で、モツを串に刺して生計をたてている主人公、酷薄な彫師、その美しい情人アヤちゃん、男を連れ込み不可解な呪文を唱える老娼婦。息詰まるようなそれぞれの暮らしは、湿度や臭いまで感じられる。不思議なことにその風景に、不幸や絶望というような言葉は似合わない。ただ生という行為が転がっているだけだ。「うちら人間や言うてるけど、ほんまは人間の皮被った毛物やもん。」というアヤちゃんは、それでも聖女のようである。生身の聖女は、背中に極彩色の迦陵頻伽をもち、奈落の深さを知っている。本の外から覗いても、深くてこわくて涙が出そうだ。
【文春文庫 】
車谷長吉
本体 448円
2001/2
ISBN-4167654016
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「ハルモニア 」
評価:C
脳の障害で、通常の情緒を失った由希は、並外れた音楽の才能を持つ。指導にあたるチェリスト東野がのめりこむほどに、由希の才能は花開き、同時に不思議な力をも生み出す。さすがのストーリーテリングで、厚さを感じさせないが、シリアスな割には軽くて物足りない。無自覚な天才とそれを嫉妬する凡人の哀しさだとか、表現とは何かとか、主題がおはなしにのまれて分散してしまった感じ。人物も妙に淡泊で感情移入しづらい。もっとも、移入すべき感情をもたない由希の描写は不気味にもかなしく、内面世界が東野に流れ込んでいく場面の美しさと相まって印象的だ。
【文春文庫】
篠田節子
本体 686円
2001/2
ISBN-416760504X
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「陰陽ノ京 」
評価:E
話もキャラもありきたり。陰陽師ブームで、王道にしろ変則にしろ、おもしろい本がたくさん出ている現在、参入が難しい分野だとは思うけど。慶滋保胤を主人公にもってきた所が新味かと思ったが、保胤である必然性はなく、晴明におきかえたところで何の問題もない。甘く見えるほど温和という性格は魅力的であっても、キャラ設定の枠を出ずじまいだ。万事そんな感じ。敵がしょぼいから、クライマックスも尻すぼみ。異形の哀しさ(主題じゃないのか!)をもつキーパーソン鷹晃にいたっては、何の活躍もしないまま呪われて、以後ほったらかし。勿体ないの一言。とにかくアラが見えてしかたなかった。
【電撃文庫 】
渡瀬草一郎
本体 610円
2001/2
ISBN-4840217408
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「悪徳の都 」
評価:C
第二次大戦の英雄でありながら、絶望感にさいなまれるアールは、ギャングの牛耳る「悪徳の都」の摘発部隊の訓練を要請される。厳しい訓練、摘発時の銃撃戦を本筋に、利害入り乱れる人間関係、アールのトラウマを緻密に描いて、最後までやめられない。だからおもしろくないことはないのだが、どうにも好きになれない作品であった。そもそもアールを英雄にしたのが、硫黄島の戦功、つまりは「ジャップ殺し」なわけで、日本人としては何とも複雑なプロフィールだ。アールの抱える虚無感も、自殺願望も、戦争や銃撃戦という場では英雄行為と変化する。これが、いたましいというより不愉快だった。的外れは承知のうえだが、敵にしろ味方にしろ、大勢の無価値な死にっぷりが割り切れない。
【扶桑社ミステリー 】
スティーヴン・ハンター
本体 (上下とも)781円
2001/2
(上)ISBN-4594030777
(下)ISBN-4594030785
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「逢わばや見ばや 」
評価:B
今回の課題図書はどれもおもしろかった。今回のB判定は前回ならAでいける。本書も然り。5ページ程度のエピソードの積み重ねで構成されているので、長編というよりエッセイ集のおもむき。短文として読んでも、完成度は抜群だ。私は向田邦子ファンなので、こういう文法に滅法弱い。技有りのオチと、おとしたあとの色とりどりの余韻が五十回。お買い得だ。下町の風景、若さゆえの未熟と傲慢、ゆきあい去りゆく人々。ありもしない、昭和三十年代・東京月島の思い出に、胸があつくなる。本当に二十代か、私。著者の勤め先は古本屋で、当時は貸本屋も兼ねている。客層はバラエティーにとみ、文化も娯楽も元気で幸せそうだ。
【講談社文庫 】
出久根達郎
本体 695円
2001/2
ISBN-4062648776
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