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内山 沙貴の<<書評>>
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Queen

「紙婚式」
評価:D
キレイだがぼやけた色のついた和紙のような物語たち。彼らは一見してとても柔らかく、清らかで、つつましいのに、そのぼかされた紙の中に極彩色の悪魔が尖ったしっぽを潜めている。暖かな家庭に吹くすきま風のような不安。そんな、危ない綱渡りみたいな結婚生活の話が続いた。世界中の誰もが水の中にいるようなモヤモヤした身動きの取れない人生を送っているわけではないのに、「結婚生活とは救われないものだ」と一瞬思った。しかし次の瞬間救いの道はたくさんあるじゃないかと気づき少ししらけてしまった。長い人生の中で、そんな危うい瞬間はほんの一時のものではないか。ぼやけた色は、たぶんその後もずっとぼやけた色なのである。

【角川文庫】
山本文緒
本体 533円
2001/2
ISBN-4041970091
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「人魚とビスケット」
評価:A
文章もはやり芸術作品であるのだなぁと思った。この「人魚とビスケット」、読んでいる間こそ生々しくて、感情の最中に巻き込まれたけれど、少し間をおいてこの作品を考える時、私はロスコのあのにじんだ絵を思い出す。一見意味不明な絵。よく見ても意味不明なのはそのままだが(題名も「無題」、「ナンバー××」と、特に意味があるとは思えない)何かしらすごいものが伝わってくる(気がする)。ちょっと普通の感覚では理解しがたい、次元の違う高級な芸術。時が経てば経つほど細部が気にならなくなってゆく。なのに読み返すと断片は脳に色鮮やかに刻まれていく。不思議な作品だった。
【創元推理文庫 】
J・M・スコット
本体 620円
2001/2
ISBN-448821102X
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「永遠に去りぬ」
評価:B
『あなたとわたし、ほんとうに何か変えられると思う?』紫とオレンジと紅色に染まる夕日の空を永遠と感じながら、開けた緑の山頂で少ない言葉を交わした二人は見知らぬ旅人のまま別れ去る。この小説はセリフが牧歌的で、風景描写は胸が締めつけられるほど美しいと思う。ただ、長い話だった。読み始めは人名・地名に戸惑い、進むにつれて話の展開しないミステリィ、過去の美しい憧憬をなじるような推理が謳歌し、読み終えたときには語り手の主旨も忘れて、ほっとした。だが読み終えてみれば早かったような気もする。物語たちはカーニバルのように私の胸をかきたてて、嵐のように去っていった。私はその胸の内の変化に折り合いをつけるために、ただ寂しく佇んでいる。手を伸ばす。そこにはもう何もない。あるのは胸の内側に、である。
【創元推理文庫 】
ロバート・ゴダード
本体 1,120円
2001/2
ISBN-4488298060
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「赤目四十八瀧心中未遂 」
評価:A
朽ちたベニヤの板に刺さったカミソリの刃、暗い土管の穴からのぞくギロリと光る眼、閉じるたびに蝶番の取れるボロい木枠の戸。苦しい。生き地獄という文字が近くで点滅する。縛られたロープで底なしの丘の上から吊るされてビュンビュン振り回される。初めは読み難いと感じていた文章に気づくと飲まれていた。しかも首のあたりまでどっぷり浸かっていた。何かが引っかかるわけでもない。本を開けばまた、読み難い悲惨な文が目に飛び込んでくる。やっぱり難しくておかしな文章じゃないか。そう思うのに頭の上まで浸かってしまう。白い女の透き通るような首筋、他者を頑なに拒む子どもの命を懸けた怒号、節の異常に発達した男の土気色の指先。人間は化物になり、時は容赦なく吹き溜まりを掃き去る。黒い穴の中からギロリと光る木刀のような視線。くっ付いては離れない粘着質な息遣い。私はこの化物の臓腑の中に、どっぷりとはまった。
【文春文庫 】
車谷長吉
本体 448円
2001/2
ISBN-4167654016
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「ハルモニア 」
評価:B
人が社会で生きていくために最低必要である優しさや悲しみをなくした一人の天才が奏でる、命の灯の音楽。しごくまっとうでどこにでもいる日常に埋没した人々、社会一般常識そのものに見えた人々が、常識からはずれた、自分だけに正しいと思えるような人生の道を歩み始める。天才のために、自分のために。その先に破滅が見えていようとも。現実が曝け出される。その表現はひどく快活快調、フルカラーの等身大立体映像である。ふと表れる心の変化、喜び、憎しみ、悲しさ、苦しさから超現実のオカルト現象まで、整然と並べられたプロットの中にキレイに収まる。過不足なく。そうやってこの小説は読み手との強引なシンクロをはたし、物語の断片はいつまでも心の中に居座りつづける。現実につながる人の“記憶”として。
【文春文庫】
篠田節子
本体 686円
2001/2
ISBN-416760504X
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「陰陽ノ京 」
評価:B
少し切ない。少しほろ苦い。鼻の奥をくすぐるような甘い薫りに振り仰げば、青い空、ヒラヒラと宙を舞い身のまわりを漂う桜の花びらがある。春ですねぇ。胸が淡く色めく。物語の初めは夜の黒の中に激しく赤い線が引かれるような、闇の匂いのする話だったが、いつの間にか闇の中にも色彩が現われはじめ、やがて夜の闇は昼の光に押し退けられていった。なかなかうまく出来た話だなあと思う。多少カッコ良さを追求したような感じもあるが、初めから終わりまで軽い感じはしないし、すっくと立ち上った物語の存在をアピールしている。物語全体のまとめ方もなんとも妙である。珍しく「おもしろい作品」を読んだ気がした。
【電撃文庫 】
渡瀬草一郎
本体 610円
2001/2
ISBN-4840217408
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「悪徳の都 」
評価:D
映画館で映画の上演中にものすごい迫力のあるシーンの後、物静かなシーンに移ったときに感じる疎外感に似ている。スピード感のあるストーリィは、ビュンビュン飛ばす特急列車のようにゾクゾクしたし、爽快であるのに、なぜか本気になれない。厚いガラスのこちら側から、じっと向こう側を眺めていて、決して役者達と同じ舞台に立つことが出来ない。カメラのフラッシュのように、一瞬強烈な光を放って、その時は非常に華やかな色を見せるのに、後になって振り返って見ればそこには打ち放しのコンクリートしかなかった。そんな、ちょっと“他人事”の感じがした。読んでいる間はおもしろいと思ったのですけどね。
【扶桑社ミステリー 】
スティーヴン・ハンター
本体 (上下とも)781円
2001/2
(上)ISBN-4594030777
(下)ISBN-4594030785
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「逢わばや見ばや 」
評価:C
古本屋さんの人生は、朝から晩まで店番だけの平凡過ぎる毎日の集大成だと思っていた。すみません、私がなめてました。どんな人生だって、客商売である限り(いや客商売でなくても好奇心がある限り)いろーんなことを胸の中にストックしておけるものなのだと感心した。文章がのっていて、ぐんぐん滑っていくから好感が持てたし、著者がいろんな事件に次から次へと突っ込んでいくので飽きずに読めた。しかし、著者があとがきでも云っていることだけれど、「過去の思い出を記す」という作業はいかほどのものなのかなぁと思う。まだまだこのエッセイにはつづきがある。今後の一冊でこの著者の意図がつかめるかもしれない。
【講談社文庫 】
出久根達郎
本体 695円
2001/2
ISBN-4062648776
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