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唐木 幸子の<<書評>>

「ボルトブルース」
評価:A
大阪の男は日本一おもしろい、と私は思っている。個人差もあろうが、あの本音丸出しの気取りのなさ、ずうずうしいのは確かだが意外に気のつく優しさ、会話のアホらしさ。善人も多いと思う(これがもう、私の出身地の京都の男となると屈折してしまうんである)。この作品にはそういう大阪の男の人の良さが随所に表れていてとても楽しんで読めた。ちょっと話の展開が早すぎて、もっとじっくり書き込んでも良いのではないかと思ったが、雑なところがまたリアルだ。私も学生時代、時給につられて港近くのチェーン工場でひと夏、油まみれになって働いたことがあるが、スーパーのお茶売りや家庭教師では得られなかった思い出が山ほどある。やはり人間、汗して働かんとあかんなあと懐かしく思い出してしまった。
ボルトブルース 【角川書店】
秋山 鉄
本体 1900円
2001/2
ISBN-4048732757
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「われはフランソワ」
評価:B
フランスの詩人、フランソワ・ヴィヨンの一生を描いた物語だ。学はあるのに飲んだくれて堕落して、殺人を犯したり盗みの手引きをしたりして絞首刑寸前まで行く。そんな破天荒なヴィヨンの運命が軽く浅くテンポよく描かれて、盗賊の頭からお姫様までバラエティー豊かな脇役も生き生きしている。冒頭、ジャンヌ・ダルクが火炙りの刑を受けるシーンの描写は残虐だが、筆致が淡々としているせいか暗さを感じない。肝心の【詩】は、世情も違うし韻もわからないので私には面白さが不明だが、酒場で即興の詩を語ったり、城中での詩会で大公をからかったり、当時のフランス人って粋だったのだ。・・・・というようなことを感じさせる作品を書く著者はどんな人なのかと思ったら、まだ若い理工系の研究者だったので驚いた。
われはフランソワ 【新潮社】
山之口 洋
本体 1800円
2001/2
ISBN-4104270024
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「敵討」
評価:A
幕末から明治の初期にかけての時代を背景にした2つの敵討のお話。吉村昭を読むのは久しぶりだったが、無駄のない静かな力がこもった筆致は相変わらずだ。実話を元にしているので仕掛けもどんでん返しもないが、それがかえって真実味を出している。幕末までは、お役所にきちんと届ければ有給&認休みたいな形で敵討ちに行けたというのは本当の話だったのね。しかし罪のない人々が理不尽な死に方をする事件が後を絶たない現在、こんなシステムが残っていたら、世の中、敵討ちに燃える人だらけになってしまいそうだ。携帯電話もテレビ公開捜査も飛行機もインターネットもあるから、敵が見つかる可能性も高いし。ひょっとしたら吉村昭もそういう世相を心の片隅において書いたのではなかったろうか。
敵討 【新潮社】
吉村昭
本体 1500円
2001/2
ISBN-4103242299
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「シーズン・チケット」
評価:A
今月の課題本はなぜか貧乏話が多かったが、中でもこの作品の主人公の少年、ジェリーとスーウェルの貧困さは突破口がないだけにひたすら暗い。くず拾いや万引きまでしてコツコツと貯めた金を、ヒルのような寄生虫親父に持って行かれるシーンが惨めで悔しくて、歯を食いしばりながら読んだ。そんな中でも彼らが心から欲しいのは、サッカーのシーズンチケットだ、というのが泣かせる。これが舞台がアメリカで、欲しいのが大リーグのチケットなら、どんなに貧しくても明るさ可笑しさがあるのに、本書はイングランドの曇り空そのままに薄暗く物悲しい。運に見放された2人が更に貧困と暴力の深みにはまっていくのを読むのは辛いが、気が付いたら一気読みしていた。連休にはこの映画を観なくては。
シーズン・チケット 【アーティストハウス】
ジョナサン・タロック
本体 1000円
2001/2
ISBN-4048973118
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「ラム氏のたくらみ」
評価:B
昔から私は策を弄する男は嫌いである。夫と結婚したのも、彼が何の前置きもなくいきなり『結婚してくれえ』と言ったからだ、とまあ、そんなことはどうでも良いのだが。中年男女の恋愛が煮え切らないのはしょうがないが、それにしてもラム氏の恋はせつなすぎやしないか。こうまで話をややこしくしなくちゃならないもんだろうか。まだ55歳だろう。読んでいて、ヴーっとなって机に何度も突っ伏しそうになった。男が65歳、女が50歳、くらいのお話に思える。でも、差出人のわからない手紙を受け取る側のヴィーダの心の揺れは実に上手く描かれているので、結局は私も楽しんで一気読みしてしまった。映画『ユウ・ガット・メール』もそうだが、アメリカ人ってこういうもどかしいラブストーリーが好きなんだなあ。
ラム氏のたくらみ 【早川書房】
キャリー・ブラウン
本体 2400円
2001/2
ISBN- 415208331X
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「ベルリン1933」
評価:A
私は小学生の時に、姉の本棚にあった『夜と霧』(フランクル著/ドイツ強制収容所の体験記)をこっそり読んで衝撃を受けた。S.キングのゴールデン・ボーイじゃないけれど、アウシュビッツの集団殺戮の写真を何度も見ては震え上がったものだ。ナチ以外の普通のドイツ人たちは一体、何をしていたんだろう、この虐殺を知らなかったのか?と子供心にも不審に思ったことを覚えている。その答えは本書にある。正確に言うと、本書(3部作の第2作)はヒトラーが実権を掌握し始めるところで終わっているから、計画中と言われる第3作でそれが明らかになるようだ。ベルリンの真面目な労働者・ハンスやその家族がどんな気持ちで独裁政権の繁栄と倒壊を経験していくのか、何がなんでも読まねばならない。
ベルリン1933 【理論社】
クラウス・コルドン
本体 2400円
2001/2
ISBN-4652071957
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「お言葉ですが…〈5〉キライなことば勢揃い」
評価:B
週刊文春の連載は毎週、読んでいる。私は漢字の使い方や言葉遣いがいい加減なので、学ぶことが実に多い。著者が威張ったり怒り狂ったりしていないので、気持ち良く、なるほど、と言える。何より、ン?と思うことを辞書で調べるようになったのはこの連載のおかげだ。単行本にするにあたっては読者からの反響をまとめて【あとからひとこと】の稿を設けているが、著者は自分の間違いもきちんと訂正していて、公平さ、謙虚さを感じる。私は最近、4歳の娘が『いっぽん、にほん、さんぼん、よんほん、ごっぽん、、、、、、』と言っても、笑いはするが頭ごなしには直さない。ひょっとしたらそういう言い方もあるかも知れないし、という考え方も私はこの著者から教えてもらった。
お言葉ですが…〈5〉キライなことば勢揃い 【文藝春秋】
高島俊男
本体 1762円
2001/2
ISBN-416357090X
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「シシド 小説・日活撮影所」
評価:C
この本を面白いと思うか思わないかは、最後の頁の、石原裕次郎や小林旭ら5人の若い頃の写真に郷愁を感じるかどうかによるだろう。この肩を組み合った5人の若い俳優が光り輝いていた頃を知らないと、スター同士の秘密話や当時の楽屋裏の人間物語を明かされても感激は薄い。私は昭和30年生まれだが、私が物心ついたころ、石原裕次郎は既に顔に鼻がめりこんだ感じの太ったオジサンだった。それより私の興味は、45年近くも著者が頬に入れていたというオルガノーゲン(如何にも怪しいこの響き)にある。こんなものを注射器で入れて日帰り手術にしていたとは、何ていい加減な時代だったのだろう。頬の手術後、病院から雲隠れしたという著者、続編ではコトの顛末をきちんと書いて欲しい。
シシド 小説・日活撮影所 【新潮社】
宍戸錠
本体 1500円
2001/2
ISBN-4104443018
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