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   敵討
  【新潮社】
  吉村昭
  本体 1,500円
  2001/2
  ISBN-4103242299
 

 
  今井 義男
  評価:B
  リアリズムに徹した趣の異なる復讐物語が二編。実際はきっとこんなものだったんだろうな、と思わせる説得力はあるが、その分ものすごく地味な話である。ぜんぜん劇的ではない。考えてみれば移動手段も情報収集もままならない時代に、どこにいるかも分からない相手を捜すのだからその苦労たるや想像を絶する。残された家族は肩身が狭いし、下手すれば家名は断絶。金はかかるのに収入は先細り。捜し当てるまでは地べたを這いまわる焦燥と忍耐の日々である。そんな思いをしても報われる可能性は少ないときているから、いっそ諦めて手に職をつけた方がいいのではないかと助言の一つもしたくなる。まあ支配側に身をおく人間にはそれなりの試練もあってしかるべきだが。写実主義の本領は微に入り細を穿つ死体検分にもよく現れている。生身の人間を一刀両断に仕留める芸当なんて、なまなかな武士にはおいそれとはできなかったのだ。

 
  原平 随了
  評価:D
  幕末から明治にかけて、実際に起きた敵討ちを描いた中編二編が収録されているのだが、どうやら、作者は〈敵討〉をドラマチックに演出する気はさらさらないようで、事件の進行が淡々と述べられているだけだ。そうすることで、確かに、〈敵討〉という名の復讐の空しさが浮かび上がってくるし、時代という歯車がカチリと一つ回っただけで、それまで美談であったはずの〈敵討〉が、一転して、殺人行為へと変わってしまう、そんな矛盾も際だって見えてくる。──とは思うのだが、どうしても、小説として物足りないという印象は拭えないし、また、この作品が、幕末、明治という激動する時代の本質を捉えているかというと、どうも、あまり、そんな風には感じられなかったのだが……。


 
  小園江 和之
  評価:C
  敵討ちというと忠臣蔵が有名ですが、あれはうまく本懐をとげたから良かったようなものの、実際の成功率はとてつもなく低く、ほとんど野垂れ死にだったようです。なにしろ、仇討ちが許可された時点で、無職になってしまうわけですし、現在のような情報社会ではありませんから基本的には聞き込み捜査しかないんで、どうしようもなかったことでしょう。江戸から明治にかわって人心もぱっと変化したようなことが教科書には書いてありますが、本書を読むと少なくとも明治のあいだは江戸の気風が色濃く残っていたことが分かります。『明治東京風俗語事典』(正岡容/ちくま文庫)と併せ読むといいかもしれません。

 
  松本 真美
  評価:C
  表題作を含む仇討モノ中編2題。善悪の価値観なんて、時代と共に、思ってる以上に頻繁に様変わりしてきたのかもしれない。『そして粛清の扉を』なんて読むと、まさに今がまた概念のターニングポイントなのかも、と思う。未来人は「20世紀頃は身内の理不尽な死にリベンジを謀っちゃ超マズかったんだってさ」「え~?信じらんな~い!」とか言ったりして。…こんな口調で言わないか。それにしても吉村昭、淡々と苦悩を描くなあ。「敵討」なんてあまりにクールな語り口なので、最後にアツイどんでん返しかなんか用意されてて、その伏線のための低温ぶりかと思ってしまった。ある種、深読みし過ぎ。「最後の仇討」も静謐な筆致だからこそ際立つ心情だったりするのか。私は面白みに欠けたけど。ちょっと欠け過ぎだった。

 
  石井 英和
  評価:A
  敵討ちが、ここまで不毛で割に合わない行為とは知らなかった。組織を離れ、収入も絶たれた上での、孤独な、あてのない追跡行。しかも成就せねば御家断絶、そして成就の可能性は極めて低いのだ。まさに、人生を無為に消費するためのシステムとしか思えない。とはいえ、殺され損で泣き寝入りという訳にもゆかないだろう。(当時の司法制度はいかように?「殺し放題」と仇討ち制度がペアになっていたのか?)そう、いつの時代も人間はこんな風に、自らが生みだした社会の孕む矛盾の内に迷い込み、砂をつかんで無為に死んで行ったのだ。彼らが敵討ちに至った要因たる「時代の潮流」は、いつか彼らを捨て石として忘れ去り、遙か彼方へ流れ去る。置き捨てられ、「成就」の果てに空虚を見てしまった寡黙な者たちの後ろ姿が切ない。

 
  中川 大一
  評価:B
  私事ながら、愚妻の実家は長崎にある。先年、じいちゃんの初盆で帰省したときはびっくりしたぜ。お墓でバンバン爆竹や花火を鳴らしてんの。火薬の臭いと煙で目鼻が痛い。香港かいここはっ!(行ったことないけど)荘厳な雰囲気とはほど遠い、ああいう弔意の表し方もあるのか。本書を読むと、そんな風習が江戸時代からあったことが分かる。水野忠邦の倹約令にもめげず、今日まで生き延びてきたんだねえ。さすが吉村昭、取材が行き届いてるよ。史実を丹念に調べ上げ、間隙を想像力で埋めて仕上げる。堅実な手法の中に、武骨な江戸の心性が蘇りました。幕末・明治に舞台をとったのがミソで、時代小説でありながら現代との繋がりが感じられ、そこが不思議な魅力を醸している。ちっと短すぎて物足りなかったかな。

 
  唐木 幸子
  評価:A
  幕末から明治の初期にかけての時代を背景にした2つの敵討のお話。吉村昭を読むのは久しぶりだったが、無駄のない静かな力がこもった筆致は相変わらずだ。実話を元にしているので仕掛けもどんでん返しもないが、それがかえって真実味を出している。幕末までは、お役所にきちんと届ければ有給&認休みたいな形で敵討ちに行けたというのは本当の話だったのね。しかし罪のない人々が理不尽な死に方をする事件が後を絶たない現在、こんなシステムが残っていたら、世の中、敵討ちに燃える人だらけになってしまいそうだ。携帯電話もテレビ公開捜査も飛行機もインターネットもあるから、敵が見つかる可能性も高いし。ひょっとしたら吉村昭もそういう世相を心の片隅において書いたのではなかったろうか。

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