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中川 大一の<<書評>>

「ボルトブルース」
評価:A
(問)38歳の男。最近、あまりの多忙に心がカサつき気味です。ぱかっと青空がのぞくような本をご紹介ください。(答)はいはい。本書は、失業後ぶらぶらしていた男が自動車工場の期間工になり、慣れぬ手つきで働く話しです。物づくりの喜び、肉体労働のきつさがヴィヴィッドに描かれます。明るい諦念と、適当に力を抜いたやる気。そんな雰囲気が横溢しています。行間から響いてくる音は、ブルースというよりは、ウルフルズ風ポジティブ・ソング。無論、単純作業の連続ですから、こんこんとやる気が湧いてくるわけじゃありません。でも、初めておのれの手でゼニを稼いだときの原初的な喜びが蘇ってきます。主人公の「なんぼでも来んかい!」と「なんとかなるやろ……」の気分をお裾分けしてもらいましょう。
ボルトブルース 【角川書店】
秋山鉄
本体 1900円
2001/2
ISBN-4048732757
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「われはフランソワ」
評価:C
「悪と美、愛と死の交差する四つ辻にたたずみ、迷って」いる男、フランソワ・ヴィヨン。その抒情詩を巧みに織り込みつつ、虚実とりまぜて生涯をたどった大作。15世紀フランスの居酒屋、教会、大学、城の雰囲気がまことそれらしく浮かび上がる。しかし、力作・労作すなわち傑作とはならぬのはなぜかしら。まず、本書はピカレスクロマンと銘打たれているわりに、炸裂するような悪の魅力には欠けている。無論、この宣伝文句は作者の本意ではないのかもしれない。それでも、このフランソワは、妙に理知的な印象を与える。著者は頭の切れる人なのだろうが、その聡い知性が主人公にものりうつっちゃったみたい。始めに引用したような矛盾を抱え込んだ詩人の内面としては、きれいに描かれすぎではないでしょうか。
われはフランソワ 【新潮社】
山之口洋
本体 1800円
2001/2
ISBN-4104270024
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「敵討」
評価:B
私事ながら、愚妻の実家は長崎にある。先年、じいちゃんの初盆で帰省したときはびっくりしたぜ。お墓でバンバン爆竹や花火を鳴らしてんの。火薬の臭いと煙で目鼻が痛い。香港かいここはっ!(行ったことないけど)荘厳な雰囲気とはほど遠い、ああいう弔意の表し方もあるのか。本書を読むと、そんな風習が江戸時代からあったことが分かる。水野忠邦の倹約令にもめげず、今日まで生き延びてきたんだねえ。さすが吉村昭、取材が行き届いてるよ。史実を丹念に調べ上げ、間隙を想像力で埋めて仕上げる。堅実な手法の中に、武骨な江戸の心性が蘇りました。幕末・明治に舞台をとったのがミソで、時代小説でありながら現代との繋がりが感じられ、そこが不思議な魅力を醸している。ちっと短すぎて物足りなかったかな。
敵討 【新潮社】
吉村昭
本体 1500円
2001/2
ISBN-4103242299
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「だれが「本」を殺すのか」
評価:A
「「本の雑誌」は……通巻二〇〇〇号を数え……」。そりゃ二〇〇号の間違いでしょっ! というような、本欄ならではのオタッキーなつっこみはさておき、よく目配りの効いた出版業界の鳥瞰図。この世界、一家言持つ人が多いから、本書に対しても毀誉褒貶相半ばするだろう。確かに難を言えば、制作プロセスのうち、大きな要素として装丁家と製本会社への取材が欠けている。また、DTPを簡易版下製作機と訳すのは今や不適切。編集者が無能な高給取りっていうのも言い尽くされたステレオタイプだろう。しかし、ここには確かな出発点がある。本をめぐって川上(著者)から川下(読者)までを串刺しした形で描こうとした著者の意図は圧倒的に正しい。今後の議論は、本書を基本テキストにしてなされるべきだ。
だれが「本」を殺すのか 【プレジデント社】
佐野眞一
本体 1800円
2001/2
ISBN-4833417162
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「お言葉ですが…〈5〉キライなことば勢揃い」
評価:C
著者は「電話を入れる」という言い回しがキライだそうだ。なるほど、言われてみればちょっとおかしいかなあ。私の職場では「メモを回す」って言うぞ。別に回覧するわけじゃなく、ただ書いて渡す場合でも。これも不自然か。珈琲を飲むことは「茶をしばく」。そりゃ単なる方言だって。この本は、言葉に関する蘊蓄を傾けていて、まずは実用的。でもハウツーものと異なるのは、単に正誤を指摘するのみならず、好き嫌いに基づいて発言していること。だから、言葉は変化していくものでしょ? 別にいいじゃん、というのは反論にならない。ここが小気味よくもあり、時には腹立つんだな。ところで、時おり挿入される「あとからひとこと」では、著者が読者からの手紙を紹介したりしている。何となく、三角窓口みたいだね。
お言葉ですが…〈5〉キライなことば勢揃い 【文藝春秋】
高島俊男
本体 1762円
2001/2
ISBN-416357090X
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「シシド 小説・日活撮影所」
評価:D
小説としてはちぐはぐ。前半は、若きシシドが役をつかもうともがく話で、それなりに読ませる。ところが後段になると、赤木圭一郎や石原裕次郎の出演作のタイトルがずらずら並び、物語の文章ではなくなる。(  )内の補足説明や脚注も、事実関係をつかむにはいいけれど、読書スピードは鈍らせる。それでは、資料集あるいは実録ものとして楽しめばいいのか。そうかもしれんが、何せ私は、日活といえばロマンポルノ、裕次郎といえば「太陽にほえろ!」、小林旭といえば「熱き心に」の世代だから、ピンと来ない。こう見えて(誰も見てへんて)、単行本班じゃ最年少なんだ。原平さんあたりがどう見られるかがポイントでしょう(まさか読んでないんじゃあるまいな)。どうぞ! クリックして飛んでください。
シシド 小説・日活撮影所 【新潮社】
宍戸錠
本体 1500円
2001/2
ISBN-4104443018
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「カリスマ」(上・下)
評価:A
えげつないオープニング。ここでめげずに読み進もう。単にグロい描写で読者の度肝を抜こうとしてるだけじゃなく、あとで重要な伏線として効いてくる。装幀やオビの推薦文からうかがえるノリは、「現代社会の暗部を抉る!」路線。だが意外にも中味は爆笑満開。ハードなストーリー展開と、描写に仕掛けられたギャグとの落差に、ああ、めまいがしそう。硬と軟が車の両輪となって読者をぐりぐり引っ張る。連発される比喩がまた卓抜。「ジメついた腐葉土で小さくまるまるダンゴ虫」「納豆と牛乳とマヨネーズをシェイクしたようなぐちゃぐちゃとした己の性格」。そう形容される城山信康に、同い年のサラリーマンとして肩入れして読んでた私としちゃ、このエンディングは(ピーッ〈ネタバレ防止のため消音〉)だなあ。
カリスマ 【徳間書店】
新堂冬樹
本体 1600円
2001/3
ISBN-4198613192(上)
ISBN-4198613206(下)
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