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石井 千湖の<<書評>>
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Queen

「ぢん・ぢん・ぢん」
評価:A
主人公の美少年イクオが出会った究極の醜女・則江がいい。誰もに疎まれる容姿と屈折した性格。徹底的に描かれる凄まじいまでの醜さに感動した。うじゃうじゃ出てくる美女の存在が霞んでしまうくらいだ。葛藤のない者、屈託のない者、劣等感のない者はいない。本来ならドロドロしてない人間なんていないはずなのに「私はさっぱりしてます」という顔をしているのは嘘っぱちだ。普段の自分は必死で劣等感と折り合いをつけつつ、ちっぽけな自尊心を保っている。だから則江に惹かれるのだろう。負の部分が共鳴するのだ。惨めで滑稽で鬱陶しいところに。切実な気持ちでのめりこんでいるとラストで大爆発。すごい。ほんとうにすごいとしかいいようがない。萬月、最高。文句なく今月のイチオシだっ。

【祥伝社文庫】
花村萬月
本体(上下とも)819円
2001/3
ISBN-439632846X
ISBN-4396328478
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「上海ベイビー」
評価:D
表紙の青みがかった黒髪の女の子は肩に蝶の刺青、真っ赤な唇には葉巻。金髪の男が後ろから腰を抱いている。細かく線が入った粒子の粗い画質といいアンニュイな表情といい、ジャケ買いしたくなる本だ。おまけに中国では性描写の多いのとドラッグが出てくるので発禁処分になったという。読んでみると期待したほどエロくないのでがっかり。刹那的な生きかたに憧れる高学歴文学少女というのは全世界に生息するのだということはわかった。上海の風俗描写とか西洋人と中国人の複雑な関係とかは面白かったし、著者は同い年なのでなんとなく親近感がわく。しかし無軌道な若者をかっこいいと思えるほどわたしは若くないし、目を細めるほど歳をとってもいないのだった。
【文春文庫 】
衛 慧
本体 581円
2001/3
ISBN-4167218747
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「兄弟」
評価:C
こういうものは冷静には読めない。なぜなら死んだ祖父のことを思い出してしまうからだ。祖父の場合は妹だ。浪費をして借金をし兄である祖父に迷惑をかけ続け、祖父の死後は姉妹にもたかってそのうちひとりを死に追いやり、恥知らずにも平然と生きている。祖父は職人で贅沢もせず真面目にこつこつと働いてためてきたお金の大部分を妹の不始末に費やし意気消沈したまま亡くなった。それでも妹だから仕方ないと言っていた。血のつながりがそんなに大したものか。たとえ家族だろうと自分以外の人生を台無しにする権利なんてない。本を読んでまた怒りがぶりかえした。家族の愛憎を完成度の高い小説にできた著者はすごいが凡人はなかなかそうはいかないのである。
【文春文庫】
なかにし礼
本体 552円
2001/3
ISBN-4167152061
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「異色中国短篇傑作大全」
評価:C
どこらへんが「異色」なのかさっぱりわからなかった。全体的には正直言って退屈だったのだが『西施と東施』だけは読む価値あり。絶世の美少女・西施と村いちばんの醜女・東施の友情の物語。ふたりとも貧しい生まれの女の子だけど英雄より強くて健気でかっこいい。東施が仲良しの西施の一番魅力的な表情を発見して無意識に真似てしまう悲しさ。醜いと笑われて蔑まれて惨めになってつい西施にあたってしまう。西施がすごく良い子だけに東施は救われない。しかしあることをきっかけに東施は劣等感を乗り越えていく。泣けるんだ、これが。甘えることが様になるほど可愛くないなら凛々しく生きよう。幸せのかたちも様々なんだなあ、とすかっとする一編。是非。
【講談社文庫】
宮城谷昌光
本体 695円
2001/3
ISBN-4062649705
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「喜知次」
評価:B
血のつながらない兄妹もの、というだけでオーッと盛り上がってしまう。昔の少女漫画みたい。なんてことはさておき、冒頭の花哉と小太郎が菊の花を摘む場面の美しさにやられた。仏壇に供えるのではなく枕を作るのだ。菊枕!風流だねえ。一面の黄色い菊、一株だけの白い菊の対比の鮮やかさ。花哉の白い腕と重なって映像が頭に浮かぶ。菊の花弁にたまった露を飲むところなんか堪らない。佗び寂び系ロマンティック。ほかにも茅花とか笹舟とか空の色とかせつない想い出を彩る小道具がきいている。うまい。たまにはこういう情緒たっぷりの小説もいいものだ。個人的にはもっと曖昧じゃないほうが好みだがしっとりした雰囲気重視のひとにはお薦め。
【講談社文庫】
乙川優三郎
本体 667円
2001/3
ISBN-4062730774
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「フォーカスな人たち」
評価:A
私は他のひととは違う、と多かれ少なかれ誰もが思っているのではないか。しかし期待するほど他人は自分を<特別>とは見てくれない。「見られたい自分」と「他者から見た自分」にズレがあるのはあたりまえだ。そもそも自分だって真剣に他人の本質など見ようとはしていないのだから。『フォーカスな人たち』は<特別な私>であろうと足掻いたひとびとを写真のようにリアルに書いている。存在は有名でありながら浮かび上がるのは彼らの<私>の凡庸さである。誰かの視点があるかぎり写真と同様に文章は事実そのままではありえない。それにしても面白いアングルだ。太地喜和子の「あたしはいい女なのよ」というセリフの滑稽さとかなしさ。巨額の富を得ながら使い道がなかったという尾上縫の不可解。淡々とした文体なのに鬼気迫るものがある。圧倒された。
【新潮文庫】
井田真木子
本体 667円
2001/4
ISBN-4101259313
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「解剖学個人授業」
評価:B
「ことばにはものを切る性質がある」という一文に感激してしまう。伸坊さんと一緒にふんふんと肯きながらちょっとだけわかったような気がして快感である。学問は「おもしろ主義」でいいといわれて嬉しくなる。そんな本。伸坊さんは「わからないこと」をわかっている優秀な生徒で養老先生はわかりやすい日本語で話すことができる希有な学者である。面白くないわけがない。特に第10講の<無限と解剖学>から後の展開にはめちゃくちゃ興奮した。無限について考えるときにメリーミルクの缶や落語の話から入る。入り口は身近なものだけど深遠な謎にいつのまにか誘われている。人間はどうして答えがわからないことを考えるのか。難しいけどたのしい。
【新潮文庫】
養老猛司
南伸坊
本体 400円
2001/4
ISBN-410141033X
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