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小久保 哲也の<<書評>>
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Queen

「ぢん・ぢん・ぢん」
評価:B
この作品は、理屈っぽい。ヒモを目指す主人公イクオの視線を通して、さまざまな世界の理屈に触れてしまう。浮浪者、ヒモ、同性愛、性転換、在日外国人。しかも、それぞれの世界に住む人々の理屈が胸に迫ってくるのだ。なかには、青臭い理屈もあるものの、ここまで迫力があると、何気に説得されてしまう。そして、最後の最後まで、どこに連れて行かれるのか予想のできないプロットにも脱帽だ。この一気に読ませるドライブ感は、「ジャンゴ」に見られるものと同一。さすが萬月。でも、あいかわらず、彼の本を続けて読もうとは思わないけれど。。。特に心にズシンと響いたのは、「豊富な語彙は表現を豊かにするというよりも、問題をより複雑化するだけ」という文章だ。そうなのだ。本当に心から伝えたい想いがあれば、語彙などは関係ないのだ。そして、この作品には、その想いが隅々からほとばしっている。

【祥伝社文庫】
花村萬月
本体(上下とも)819円
2001/3
ISBN-439632846X
ISBN-4396328478
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「上海ベイビー」
評価:A
小説の中で、いくつか詩が載せられている。だけど、残念なことに原文が載せられていない。中国の作品なのだから、昔学校でならった漢詩のような雰囲気なのだろうか?その、漢字だけで綴られる詩を見て、もっと作品を感じてみたい。いや、それだけではない。作品自体をすべて原文で読んでみたいと、久しぶりに思ってしまった。中国語なんて、まったくわからないのに、である。題名も、「上海ベイビー」ではなく、原題のままの「上海宝貝」のほうが、なんとなくいい。それほど、圧倒的な余韻を残すこの作品の本質は、作者の現実と虚構が奇妙に交じり合っている、その混ざりあい方にあるのだろう。もし自分が中国で生まれ育ち、原文でこの作品を読んでいたら、確実に作者に恋をしてしまうだろう。「私はあなたを愛している。これほどまでに愛している。」と作者=主人公にささやかれて、間違いなく恋に落ちる。上海の空気を吸ってみたい。単純にそう思ってしまった。
【文春文庫 】
衛 慧
本体 581円
2001/3
ISBN-4167218747
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「天使の街の地獄」
評価:C
自分自身を変えようともがくあまりに、話はどんどん悪いほうへと進んで行く。自分が変わるための禊(みそぎ)かもしれないけれど、自分でまいた種に翻弄されるというストーリーは、今一つ面白味に欠ける。というか、550ページもあるわりに、ストーリーに起伏が少なすぎる。いろんな伏線が張られていて、絡み合ってもいるのだけどでも、全体としてなんだかとってもこじんまりとしている。はでな銃撃戦がないとか、そういう意味ではなくて、スリリングではないのだ。逆にスリリングでない分、登場人物の造形は、とてもよく描かれている。だから、ちょっと長い作品だけど、肩の凝らないアメリカン・テイストの犯罪小説を楽しみたい人にはいいかも。
【文春文庫】
リチャード・レイナー
本体 819円
2001/3
ISBN-4167527723
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「兄弟」
評価:B
浪費を繰り返し、やがて身を滅ぼして行ってしまう兄と、彼に翻弄される弟の姿が、終戦から現在までの時間を軸に、浮き彫りにされている。簡単には割り切ってしまえない兄弟の絆が、兄の死に対し「死んでくれてありがとう」と言う弟の姿に表れている。その言葉は、兄に苦しめられた弟の、吐き棄てるような言葉ではない。むしろ、最後まで放蕩な兄に依存してしまっている弟の、哀しいまでの兄への甘えが染み込んだ、そうした言葉なのだ。なかにし礼というと、どうしても作曲家というイメージが強く、あまり期待しないで読み始めたがぐいぐいと引き付ける展開のうまさや、よみさすい文体は、まったく予想以上。題名が演歌っぽく、ちょっと引いてしまうのが、惜しい。うーむ。。。
【文春文庫】
なかにし礼
本体 552円
2001/3
ISBN-4167152061
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「喜知次」
評価:B
題名は『喜知次』なのである。でも、作者はストレートに『喜知次』を描くことをしない。義兄・小太郎の日々を描くことで、『喜知次』を浮かび上がらせる。この、浮かび上がらせ方が絶妙なのだ。いろいろな事件に翻弄される小太郎の姿の背後に微妙に『喜知次』の姿が見え隠れしているのだ。そうして最終章の「菊香る」で初めて綴られる、『喜知次』の想いが、一気に心に染みてくる。秘めた想いがすれ違う、作者が描いてみせたこの物語は、初恋の頃を思い出させる。 そうなのだ。この作品は、初恋の味なのだ。。。そう思うと、なんとなくしみじみと酒が飲みたくなるなぁ。。
【講談社文庫】
乙川優三郎
本体 667円
2001/3
ISBN-4062730774
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「十二国記・黄昏の岸 暁の天」
評価:未読(Aのはず)
とても残念だけれど、この作品は今読むことができません。十二国記シリーズの最新刊であり、待望の作品なのだけれど、私はまだこのシリーズの3作目までしか読んでいない。そして、必ず順番に読むと心に決めている作品なので、残念ながら、今は読めないのです。こんなことなら、がんばって全部読んでおけばよかったと、後悔しても後の祭り。さすがに今から4作目と5作目を読む時間もない。というわけで、痛恨の未読です。でも、でも、絶対面白いはず。ぜひ、読んでみてほしい!作者の見せてくれる、想像力の深さと広がりは、圧巻です。
【講談社文庫】
小野不由美
本体 714円
2001/4
ISBN-4062731304
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「フォーカスな人たち」
評価:C
5人の有名人の名前がばばーんと載っているので、彼らに対する単純な好奇心を満たそうと読み始めると、とっても物足りない。というのも、この作品の意図はぜんぜん違うところにあるからだ。作者は、バブル時代というものを描きたかったのだ。そのひとつの視点として、バブル時代に生きた人々を描く。そして、その代表者が黒木香に代表される5人なのだ。だから、この作品の視点は、5人だけではなく、その他の様々な人の姿にも言及されていく。読んでいて物足りないと感じたのはそのせいだ。そう思って最初から読めば、もっと楽しめたかもしれない。帯と、作者のプロローグに騙された。
【新潮文庫】
井田真木子
本体 667円
2001/4
ISBN-4101259313
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「解剖学個人授業」
評価:E
平易な文章で語れば、難解な内容がわかりやすくなるわけではないのです。あくまで難解な内容を理解し、咀嚼したうえで、平易な文章で語らないと意味がないのです。この作品が、啓蒙を目的とした科学解説書だとは思いませんが、それにしても最後に解剖学の内容を「ほとんど忘れてしまった」と作者が独白するようでは、あまりに哀しすぎます。何も分からない作者が、それでも知りたい、伝えたいという欲求をぶつける、そういう姿が感じられてこそ、「不完全なもの」に力が備わるのではないですか?「引用だらけなので原稿料をもらうのに気が引ける」のなら、もっとちゃんとしましょう。
【新潮文庫】
養老猛司
南伸坊
本体 400円
2001/4
ISBN-410141033X
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