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内山 沙貴の<<書評>>
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Queen

「ぢん・ぢん・ぢん」
評価:A
とろんとした眼差しをした人物の思ってもみなかった本心を聞く。ハッとする。どこにでもいる青年が、目をランと輝かせて肉欲に溺れ、暴力に走る。やるせない閉塞感の爆発ではない。世界の中心で自分がスポットライトに熱せられているのに気づいた時の、高揚感の表現である。一時の喜びも悲しみもただ人生のある一幕に過ぎず、ハッピーエンドもアンハッピーエンドも本当は存在しない。この世の実態はいつまでも泥の中をゆくような粘着質のだらだらした人生の集大成であり、人の付けた終止符だけがあちこちに残る。この本にあるのは血の赤や空の青い色ではなく、つややかであるいはしわの寄った、生々しいばかりの肌の色、人間の色。気づけば吸い付けられたように見入ってしまう、妖しい肌の感触だった。

【祥伝社文庫】
花村萬月
本体(上下とも)819円
2001/3
ISBN-439632846X
ISBN-4396328478
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「上海ベイビー」
評価:B
つらつらとあてもなく書き連なれた話が、いったいいつまで続くのだろうとずっと読んできた。それが終盤になって突然これらの物語群は意義を見出して、その形は研ぎ澄まされ、まびきされ、シンプルになり、白色になっていった。上海という煩雑で巨大な化物、モヤッとした夜景のキレイな、ポッカリと口を開いた気味の悪い化物の中で、それらの色に埋没していた主人公たちは白く浮き出し始め、まばゆい白光ですべてを塗りつぶしてしまった。後に残るのは上海の影。モヤのかかった色彩だけ。暖かいのか冷たいのかよく分からない風が胸の中をすうっと通り抜けてゆき、悲しいような、泣きたいような気分になった。
【文春文庫 】
衛 慧
本体 581円
2001/3
ISBN-4167218747
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「兄弟」
評価:C
例えば朝、太陽が昇る。灰色の雲が雨を落とす。満ちた潮が岩壁に打ちつける。強い風が大木を折る。それをすんなりと受け止める。その心が広いのかどうかは分からない。狭くはないと思うが。金をたかる。借金を肩代わりさせる。他人のものを堂々と我が物にする。そんな兄を当然のように受け止める。自然に八当りしないように、兄に対して八当りしない。憎まない。かといって無視もしない。まるで流れる水にさらされた石ころのよう。やってきては去る出来事を静かに受け止めて静かに見送る。その客体性がどれほどのいいことなのか、私にはどうでもよいことだけど、この人生はちょっと寂しいかなと思った。当人が一番自覚のある、影の、奥の人の寂しさが漂っていた。
【文春文庫】
なかにし礼
本体 552円
2001/3
ISBN-4167152061
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「異色中国短篇傑作大全」
評価:D
この短篇集は“異色”と銘打っているだけあって、その話は正史と言うよりもウラバン、どちらかといえば番外編のような話が多かった。また、そこらの書店に売っていそうな人情モノや、ちょっとおフザケな感じの話、はては歴史小説風推理小説まであった。歴史モノの番外編は、よく知られた史実をおもしろい角度から書いてあって、古典に詳しかったりあるいは興味のある方にはおもしろいだろう。他の話は、まぁ好き好きである。この本に収められた一編一編はバラエティーに富みすぎていて、この中の話全部おもしろいと思う人はきっと奇特な人であろう。ちなみに私はお茶好きの変人の話「茶王一代記」が好きである。
【講談社文庫】
宮城谷昌光
本体 695円
2001/3
ISBN-4062649705
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「喜知次」
評価:B
白い菊の花のような妹、民の安泰に気をはせる主人公、父親の報復のためにどぶねずみのような目の光を放つようになった友人、自分の思いを遂げるために別々に別れて行った親友たち。懐かしい思い出のように鮮明な記憶が、美しい朝の木洩れ日のように身体を包み込む。この本の主題が「喜知次」に終結してしまったことがとても気に入らないが、それさえなければこの本は身をゆだねていて気持ちのいい本である。いつまでも、菊の花の中に埋もれた幼い妹の、兄を見つめる顔が頭に浮かぶ。そんな目を細めたくなるような光景がじっと続いてほしいと思った。
【講談社文庫】
乙川優三郎
本体 667円
2001/3
ISBN-4062730774
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「天狗の面/天国は遠すぎる」
評価:C
ライトな小説だ。生々しく毒々しい場面はないし、変に気を使った心理描写もないから、推理小説なのに怖くない。生首とか黒い影とかに驚かされる心配もなく、安心して純粋な謎解きに興じられる。トリックは奇抜ではないけれど妙に説得力がある。キバツでフクザツ過ぎて、日本語が日本語に見えなくなるようなトリックよりはいい。そして、ものを書く、という行為に向ける真摯な目が窺える。しかしいくら目が真摯でも、その人の根が愉快なものであれば、出来あがったものも笑える冗談になる。私は、事件解決をこれからお披露目しようとする探偵役の推理を、作者・読者一丸となって打倒しようと呼びかける推理作家を初めて見た。ときどき笑える、楽しい小説だった。
【創元推理文庫】
土屋隆夫
本体 1.100円
2001/3
ISBN-4488428010
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「解剖学個人授業」
評価:E
興味のないことを突然説明されてもと困ってしまった。話の内容は、ぼんやり読んでいれば理解できるほど簡単じゃないし、文章も読みづらかった。結局、最後までがんばって読んでしまった。なんだかなぁ。こういうのは興味のある人が読めばいいのだ。(なんていったら今時の小学校校長に指差されて怒られそうだが)こういうのは、興味さえ向けられればおもしろくなるのだ、多分。
【新潮文庫】
養老猛司
南伸坊
本体 400円
2001/4
ISBN-410141033X
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