年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班
      

一覧表に戻る
 
   異端の夏
  【講談社】
  藤田宜永
  本体 2200円
  2001/3
  ISBN-4062104660
 

 
  今井 義男
  評価:C
  不謹慎な<ボーイ・ミーツ・ガール>の発端は避暑地で起きた児童失踪事件である。男は我が身を責める女の姿に自身の過去を蘇らせ動揺する。そして、苦い思いを噛みしめながらも次第に女に惹かれていく。だが、女は息子の安否を気遣う母親であり、男は捜査する刑事だった。有力な手がかりもなく暗礁に乗り上げたかに見えた事件は、公開捜査に呼応するかのように動き出す。事件の成り行きもさることながら、老舗の画廊に渦巻く隠微な人間模様も目が離せない。少年の行方は杳として知れず、中盤の息詰まる展開は非の打ち所がなかった。しかし、この刑事の職業意識が私情に押し流され始めたとき、物語のたがは瞬時に四散してしまう。まだ事件も解決していないというのに……。ここにもまた<不自由な心>が二つ。

 
  原平 随了
  評価:D
  藤田宣永を読むのは、これが初めてなのだが、刑事ものミステリーとして読んでも、恋愛小説として読んでも、何だかひどくもの足りない。『邪魔』や『片想い』を読んだ後では、ことさら、この本の工夫の無さが目立ってしまう。地味めなのは、ちっとも構わないのだ。けれど、誘拐事件をミステリーの題材として扱いながら、事件の展開の緊迫感に欠け、警察の捜査の描写もあまりにもおざなり。また、担当の刑事と被害者の母親が互いに惹かれあっていく、その恋愛の描写にも、艶といったものがさっぱり感じられない。そもそも、この二人のキャラクターが魅力に乏しく、帯に書かれているような身を焦がす恋の狂おしさが一向に伝わってこないのだ。何処かですでに読んでしまっているような、そんな表現ばかりである。はてさて、いったい、どのへんが〈異端〉なのだろう。


 
  小園江 和之
  評価:B
  とても出来のいい二時間ドラマのようでした。こんだけいろんなものが登場するのに、ちっとも混乱しないし、ちゃんとそれぞれのキャラクターが過不足なく役を演じています。主人公の刑事さんが後輩に「でも、どんな恋もいつかは冷めますよ」なんて言われちゃうあたり、人の感情というものの厄介さと先輩刑事に対する敬慕の念がひしひしと伝わってきますねえ。じゃあ、なんでAランクにしねえんだ、ってことですが、いくら突然の事故で身重の愛妻を失ったからといっても、同乗していた義母の生死まで覚えてないってこたあ、なんぼなんでも無茶じゃないかと思ったもんですから。

 
  松本 真美
  評価:D
  私には異端な世界でした。刑事辰巳と、行方不明になった少年の母親康子が惹かれ合う過程というか気持ちがわからず。まあ、わからなくてもいいわけだが、ふたり共に全く感情移入できなかったもので、「あんたら、今そんな場合かよ」とイラつきました。この作者の『樹下の想い』は多少楽しめた記憶があるが、どうも、日本の中高年男性作家達の描く女性像ってのにピンとこないものが多いのだ、私。向こうもこっちにピンとこないんだろうけど。話そのものも、私にとっては<真相が知りたいゾ>パワーに欠けたので、ああ、そうっすか、の読後感。軽井沢にも興味ないし。これはもう相性ですね。作者には申し訳ないです。渡瀬恒彦とか真野あずさとかが好きな人にはいいかもしれません…ってあまり根拠ないですけど。

 
  石井 英和
  評価:C
  帯に「刑事は夏を駆け抜け、恋に身を焦がす」とある。「夏を駆け抜け」までは恰好いいが、「恋に身を焦がす」の所でガクンとずっこける。うら若き乙女ならともかく、おっさん、なにトチ狂ってんのや、と冷やかしたくなる。「長編恋愛サスペンス」ともあるが、つまり、その辺に滑稽感や違和感を持ったりしない人向けの物語なのだろう。全体に堅実な、律儀な語り口なのだが、その分、面白みに欠ける感もある。それにしても、同性愛的性向のある人々に対して、かなり配慮を欠くスト−リ−展開とは言えまいか?まるで、「そんな趣味のある奴なら、どんなことでもやるだろう」との偏見に元ずいて組み立てられた物語のように感じられた。男と女が「恋に身を焦がす」と、「長編恋愛」となり、それ以外の結びつきは「異端」の犯罪に通じるとでも主張しているような。

 
  中川 大一
  評価:C
  【少々ネタバレ御免】「こちら葛飾区亀有公園前派出所」に、こんなギャグがあったっけ。泥棒が現場に残した車を捜索していたら、両津勘吉が、何と犯人の免許証を発見。大得意になってるところへ、別の警官が今度は犯人の「戸籍謄本」を見つけた。ああ、分かり易すぎる手掛かり! 本書の犯人も、これほどではないにしろ、えらいもんを現場に落としていってるで。1回ならともかく2回も。ちゃんと持っとかんかい。ポケットのボタンかけとけ。まあ、それは些少なキズかもしれん。身代金受け渡しの場面など、あっと驚く趣向で楽しめることは確かやし。だけんども、しかし((c)かなざわいっせい)。ラストシーン、犯人が一気にぺらぺらと真相を喋り通すのは聞いててつらい。分かっててもやめられへんかったんかなあ、作者も犯人も。

 
  唐木 幸子
  評価:B
  デビュー当事の『ダブル・スチール』を読んで、その真面目そうな感じにすっかり参って私はファンになってしまったのだが、この著者の作品はハズレが少ない。主人公の辰巳刑事の孤独さがリアルだし、消えた少年の安否を巡るストーリー展開も適度に緩急がついて飽きさせない。しかしなあ、軽井沢の別荘、金持の親子の葛藤、無力な嫁、という背景や雰囲気が小池真理子の『冬の伽藍』にとっても似ている気がする。両方とも面白いから別にいいけど。それと、この人の描く男の主人公はいつもなかなかに潔くて格好いいのだが、女性のキャラクターがちょっと・・・・。心細げな美人があなたを頼りとスリ寄るシーンには少々辟易する。こんな女性に男が惚れて、というのは類型的すぎやしないか。

戻る