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   「片想い」
  【文藝春秋】
  東野圭吾
  本体 1714円
  2001/3
  ISBN-4163198806
 

 
  今井 義男
  評価:AA
  私は届いた本のカバーや帯はすぐ外すことにしているので、てっきり恋愛小説だと早合点してしまったのだが、題名に込められた意味は思いのほか深刻だった。アメフト・チームの元女子マネ・美月が自身の<秘密>と殺人を告白するところから、ただならぬ様相を帯びたミステリは幕を開ける。読者はその後姿を消した美月の足取りを、元クオーターバックの西脇と辿るうちに、底の見えない淵を覗き込むことになるだろう。古来、日本は保守的なムラ社会であり、突出した個性は異端として排除され、ひっそりと物陰で息を潜める生き方を余儀なくされる。仲間を思いやる西脇の行動は、まだ治癒していない傷口を白日にさらすようで、先を読むのがとてもつらかった。現世は苦界そのもののように思えてくる。彼女たちの行為に審判を下すのは酷だ。本書はマイノリティの尊厳にどう向き合うかを、一人一人の胸に真正面から問いかけている。

 
  原平 随了
  評価:A
  〈男〉とは何か?〈女〉とは何か?〈性〉差とは何か? 答えの容易に見つかりそうにもない、そんなやっかいな問いが、このミステリーの最大のテーマであり、かつ、このミステリーの最大の謎である。身体と心の不一致という題材では、『秘密』と共通するのだけれど、ファンタジー的な扱いだった『秘密』とは違い、この『片想い』という作品は、しっかりと現実に根ざしていて、特異な題材をミステリーにまとめ上げ、かつ、人間存在の本質を問うテーマとして、深化させた手腕は実に見事だ(謎解きに限っては、ややまとまりに欠けるような気もしないではないが)。だからこそ、作中の「〈性同一性障害〉という病気は存在しない」というセリフがズシリと重いし、また、この小説が、思いがけずも、『秘密』とはまた違った形でのピュアな恋愛小説として成立していることが、鮮烈な印象を残すのだ。


 
  小園江 和之
  評価:AA
  最初はね、なんだ性同一性障害の話か、てんでちょっと白っちゃけた気分で読み始めたんですが、どうしてこれがぐぐいと引き込まれちまいました。もちろん小説としてのバランスとかそういったものもいいんですが、この「性別というものって何だ?」という視点に圧倒されちゃったんですね。なんか必要に応じて雄になったり雌になったりする生物がいるでしょ。ああいうの何で人間じゃまずいんでしょうかね。人間の場合は染色体で雌雄を決定するってことになってるわけですが、これとて「一応」そういう取り決めになってるだけなわけでしょ。身体の形態にかかわらず、人の心の中では男性・女性・どちらでもないもの、が常に流動的にその比率を変えていても全然不思議じゃない。そしてどのくらいの比率からを疾病とみなすか決めるなんて、医学による魂への冒涜だと思うんですよ。こんなにたくさんのものを本から受け取ったのは久しぶりのことです。

 
  松本 真美
  評価:C
  偏見以外のなにものでもないのだが、どうも大学の仲間意識を引きずっている世界って苦手。よくわからないのだ。主人公にもその妻理沙子にも美月にもどうにも好感が持てず、特にカメラマン理沙子は、心情は酌みとれるものの、私にはヤな女だった。むしろ、もうひとまわり外側の登場人物達の方に感情移入した。性同一性障害という、とんでもなく大きな矛盾を自分の中に抱え込んで生きざるを得ない人間達の<不自由な心と身体>は慮るだけで超ハードだが、そういう明らかなモンじゃなくても、みんな大なり小なり人知れぬ自己矛盾を抱えて日常を暮らしているにちがいないのだ。ある日突然ブチ切れて、それまで構築した日々や地位や信用というドミノを、一気に倒したくならないんだろうか。みんな大人でエラいですね。…あ、発熱による譫言です。

 
  石井 英和
  評価:A
  意外な変身をした旧友が巻き込まれた、奇妙な殺人事件。それをとばくちに、一枚一枚、薄皮を剥くようにその姿をあらわにして行く、隠されていたもう一つの世界の相貌。それとともに変転する事態に、読む者は翻弄される。折りにふれてはなされる「アメフト話」が煩雑な気がしたが、終幕にはきちんとスト−リ−の中にもテ−マの中にも生かされて、納得。錯綜する物語をうまくまとめ、テ−マも際立たせた。これは、「性同一性障害」をめぐる物語のようでいて、実はもっと深い、「肉体」と「観念」という二重の牢獄に囚われた、我々のタマシイの自由に関する物語だ。浅はかな読み方をすると、「性においてマイノリティに属す人々は皆、いわれなき差別に耐え続ける聖人だ」なんて感想を持ってしまうかも知れないが、それがつまり、差別の裏返しなんだってば。

 
  中川 大一
  評価:B
  刺激的な内容なのに地味〜なタイトル。単色のカバーをめくると、表紙はカラー。よっぽど自信がないと、こういう趣向にはできません。小説家なら誰しも、ショッキングだけれど際物じゃなく、特殊な事例ながら普遍的な関心を喚起できるトピックを探してるはず。なるほど、こういう領域がありましたか。それは……読んでのお楽しみ、内緒内緒。残念なのは二点。一つは、主役の性格付け。屈折はあるものの、まずは育ちのよいクールな青年に描かれている。その彼がなぜ、10年も前の友人の探索にここまでしゃかりきになるのか。モチベーションにやや不可解な感じが残る。今一つは、何回かある友人の消失があざといまでに唐突なこと。これだと、「小説を盛り上げるためですがな」っちゅう感じが伝わってきちゃいます。

 
  唐木 幸子
  評価:C
  確かに、この話に出てくる美月のように性別の判明しない人って稀にいる。形態的には男だが、顔や手足が小さく整っているのだ。概ね、淡白な性格で感じの良い人なのも特徴だ。だから放っといてやれば良いのに、主人公の哲朗は騒いで追い回して、スポーツライターってこんなに仕事をしなくて食って行けるのか。彼以外の同窓生の男女達も煮え切らなくて、家出したり再会したり、出来事がチマチマしている。だから週刊文春で連載中に私は途中で脱落したのだ。一気に読めば意外に読みやすかったが、何だか最後に大慌てで辻褄を合わせたような印象の結末だ。一箇所だけ、おおっ、と思ったカラクリがあったが、かなり後半に明かされることなので、詳しく書けない。嫁姑の仲に関すること、とだけは言っても良いかな。

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