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佐久間 素子の<<書評>>
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Queen

「死の泉」
評価:A いちおし
完璧なる物語世界にうっとりする。美しくて危険で哀しくて狂ってる。私生児を育てるナチスの施設、双子を対象とした人体実験、天使の声の少年、カストラート、歌う城壁、北欧神話の凶暴な神・・・うしろぐらい美しさを集めて物語は進む。こんなに緻密で完璧なのに、何にもならない、どこにも行かない。運命にひかれた登場人物が一堂に集まって、各々の抱えるストーリーをぶつけあい、ついに臨界点をこえてしまうラストの大崩壊さえ、結局は何も変えられないのだ。つくづく、作者は神なのだと思う。皆川博子はもちろんそうだが、「ギュンター」も、情け容赦のない神だ。この世界にとらわれたマルガレーテの叫びを聞くがいい。「フランツ、早く、大人になって。たくましい青年になって、わたしをここからさらって。」陳腐だと思いますか?
いやいや、この大ゴシック・ロマンをなめちゃいけない。
【ハヤカワ文庫JA】
皆川博子
本体 860円
2001/4
ISBN-4150306621
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「スプートニクの恋人」
評価:B
何度も何度もくりかえされるメロデイは、完結した親密な世界を、暴力的に壊す喪失感だ。村上春樹は、結局同じ歌を歌い続けているだけなのに、あっさりからめとられてしまう。本作はラブストーリーだけにシンプルな歌で、乱暴にいってしまえば、運命的な恋と、宇宙的規模のさびしさの話だ。年上の女性に恋をした女の子と、その女の子にずっと恋をしている僕、女の子は行方不明になり、僕はギリシャにむかう。ストーリーを説明しても意味がないし、第一どうでもいい。ただ、存分にさびしい。それで十分。ラストシーンは『ノルウェイの森』の裏返しだ。よく似ているようで正反対。謎は謎のまま、こんなにかぼそい危うい糸でつながって、だから聞かずにいられない。そうだね?
【講談社文庫】
村上春樹
本体 571円
2001/4
ISBN-4062731290
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「女について」
評価:D
それぞれに独立した前半三篇は、とっても苦い。長編でも、これらの短編でも、作者の書く主人公たちは、肝心な所で投げやりだったり、冷めていたりして、小難しい。男なんてこんなもんだといわれれば、不勉強でしたというしかないのだが、けっこうヤな奴にみえて、それでも彼らの失った物を思うと、多分に胸が痛む。たとえ、それが自業自得でも、時折は失った物を考えながら彼らは日々を暮らすのだ。後半五篇は、軽い感じの連作で、エッセイかと錯覚してしまうほど。女好きの友人との会話がほのぼのとおかしく、読後感も前半とはまるで異なる。ラストを飾る『卵酒の作り方』にいたっては、情けなくて、ものすごく幸せだ。こういうのも書くのかと、少し驚いた。
【光文社文庫】
佐藤正午
本体 457円
2001/4
ISBN-4334731384
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「夫婦茶碗」
評価:A
「日本文芸最強の堕天使」というコピーには笑ったが、町田康はかっこいい。何だったかドラマで戸田菜穂を蹴り飛ばしていた役者・町田康もかっこよかったし、はなまるマーケットで朝っぱらからインタビューをうけていた私人・町田康もかっこよかった。こんなに明るく馬鹿馬鹿しく狂おしく、無頼派を進化させちゃった頭と心が、あのルックスに宿るなんて、ちょっとできすぎ。ずるずると垂れ流しになっているような文体はリズムがよくて、とても気持ちいい。無為の人なる主人公の思いつくことは適当ででたらめで、何せおかしい。へらへら笑っているととんでもないところに連れて行かれる。そして、確かに「新世界の青い空」が見えちゃったりするのだ。まったく参るよ。
【新潮文庫】
町田康
本体 400円
2001/5
ISBN-4101319316
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「心とろかすような」
評価:B
『模倣犯』すごかったっす。いや、それは単行本班だ。本作も、優しく丁寧な筆致、真摯な姿勢が魅力的な登場人物、提示される謎への興味と、がっちりツボをおさえて、読者を選ばない。とりあえず、冒頭わずか8ページで、即ハートキャッチされるので、お試しあれ。5作の中では、書き下ろしの『マサ、留守番する』が最もよかった。小学校のウサギ殺しという、今なおタイムリーでやりきれない事件を扱っている。饒舌な野良ガラス、飼い殺しにされる鉄工所の犬ハラショウ等、脇役の存在感も見事。宮部みゆきがこんなにも読まれるのは、どんなにみにくい現実を描いても、人間への信頼が残るところにあると思う。それは、こんな初期の短編集から変わってない。
【創元推理文庫】
宮部みゆき
本体 620円
2001/4
ISBN-4488411029
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「鳥頭紀行ぜんぶ」
評価:C
オールカラーなのに、五百円でおつりがくるという、価格設定は嬉しいのだが、もう決定的に字が小さくて読みづらい。眉根を寄せて活字を追っているうちに何だかむなしくなってしまった。なぜ文庫化?目が痛いじゃないか。さて、中身だが、三誌にわたって連載された鳥頭紀行と、とってつけたような青春物という適当なつくり(わざとなのかも)。一見ラブリーな絵に、くりだされる下ネタとげろシーンの嵐は、わかっていてもちょっとひく。もっとも、ツボにはまるとやたらおかしいので、上品ぶっていても無駄だ。個人的には、文春編集者花ちゃんとの弥次喜多ぶりがほほえましいマルコポーロ編が好き。女の子同士の旅行ってこれだから楽しいんだよねー。いや、ちがうって。
【朝日文庫】
西原理恵子
本体 476円
2001/5
ISBN-4022642661
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「頭蓋骨のマントラ」
評価:E
全然おもしろくなかった。ミステリなので、一応最後までがんばったけれど、犯人が判明してもそりゃないよーって感じだったし、珍しく読書にかけた時間が惜しくなった。政治がらみで暗くてストレスがたまるというのが、つくづく合わなかったようだ。舞台はチベットの強制労働収容所、主人公はチベット人にまじって、収容されている中国人単。労働現場で首なし死体が発見されたことで囚人である単に事件解決の命令が下りる。犯人探しと、理不尽な政府からの干渉に立ち向かう姿が読ませどころか。チベット僧の生活や信仰は、確かに興味深くないこともない。とってつけたようだな(笑)。
【ハヤカワ・ミステリ文庫】
エリオット・パティスン
本体 660円
2001/3
ISBN-415172351X
ISBN-4151723528
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「スノウ・クラッシュ」
評価:C
想像力全開で挑んだが、所々で脱落。ハイスピードな展開なので、読み返しなんかした日には、とたんに鮮度がおちて、魅力半減だ。評価のCは、読解力のCかもなあと、無念である。実際、ストーリーはよくわからなくて、それでも結構楽しかったのだ。冒頭のおっかけっこを皮切りに、いけいけゴーゴーな疾走感は、うまく頭の中で映像化できたら、とても爽快だ。スケボー一本で世間を渡るヒロインはクールでキュートだし、ヒーローも理に走り気味とはいえ、力が抜けていてなかなかいい。それにしても、今時のSFはえらいことになっているもんだ。衝撃。細部の設定が妙におかしくて、水爆をもちあるく巨漢だとか、ハムラビ法典におけるバイナリシステムの導入だとか、思わず失笑。
【ハヤカワ文庫SF】
ニール・スティーヴンスン
本体 各740円
2001/4
ISBN-4150113513
ISBN-4150113521
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「シンシナティ・キッド」
評価:C
5枚の手札のうち、4枚を公開して行う、スタッド・ポーカー。若きポーカー・プレイヤー、シンシナティ・キッドは、帝王ランシーに挑戦を申し込む。不確定要素が1枚しかないスタッド・ポーカーという方法も過酷だが、ホテルの一室にこもって、どちらかが一文無しになるまでプレイしつづけるという勝負の方法もすごい。ストイックな持久戦の中に、ふと現れる勝負の瞬間が鮮やかだ。あっさりしすぎるほどの描写は、ここ一番にも変わらないが、ギャンブルって意外とそんなものかもしれない。やはり淡々とした筆致のラストシーンは、敗者を描いて優しい。
【扶桑社ミステリー】
リチャード・ジェサップ
本体 590円
2001/3
ISBN-4594031048
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