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内山 沙貴の<<書評>>
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Queen

「スプートニクの恋人」
評価:A
天によって仕掛けられた爆弾がブツブツと要所要所で爆発し、前衛芸術家が意匠を凝らした愉快で意味不明なモミュメントのように広大な大地が装飾されている。まるで嵐のあとのように。…そう、彼はいつも嵐のあとになって、嵐があったことを思い知る。いつも手遅れ、常においてきぼり、目の前に広がる物凄い残骸を見ても、想像するのは勝手にできるが事実はいつも空のはて。この主人公はいったい何者なのだ。なぜこんなに役立たずなのだ。読者のナビゲーターとしての役割はまったくはたしていない。奇妙な地形の歪みの場所に迷い込んだ彼女を追う彼はしかし、結局どこにも行けずに砂漠の上をフワフワと浮遊する。しかしそんなすべてにおいて意味が消失気味の世界が、なぜか最高に楽しかった。
【講談社文庫】
村上春樹
本体 571円
2001/4
ISBN-4062731290
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「女について」
評価:B
彼はいつも止まっている。些細なことにも途方に暮れる。そうやって、ゆっくり進む。感情がスローなペースで読者の心に浸透していく。この主人公はシャーレに入った水のように純粋で無垢で磨れていない感性の持ち主だと思う。最初は出口の見えない重たさが読みづらいと思ったが、一つ年下の友人が話の中に出てきたあたりから文章にリズムがでだした。おもしろい作品である。現実にある様々な出来事が著者の目を通すとどんな風に映るのか興味がわいてくる。同じはずの世界を他の人がまったく別のものとして見ていたことに気づかされる、そんな不思議な感覚を味わった。
【光文社文庫】
佐藤正午
本体 457円
2001/4
ISBN-4334731384
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「夫婦茶碗」
評価:B
まず、一番の楽しみを剥奪されて、次に仕事、カネ、妻まで取られて、残るのはしょうもない喜劇的なこだわりと投げやりな世界観。あまりにこの世の世知辛さに血も涙もなくわははと笑ってしまう。いったいこの主人公は何者だ。まわりからどんどん剥奪されて、最高にムダなことばかり考えているのになぜか生き続けている。悲劇も喜劇も超越していてしかししっくりくる、いい加減な人間の世界。芸術的なユートピア。排他される、真に人間的な活動。ムダなことを過不足なく追求できるのはスバラシイことだと思う。彼らの勢力は、今は地下活動中である。
【新潮文庫】
町田康
本体 400円
2001/5
ISBN-4101319316
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「心とろかすような」
評価:C
鏡に映った蜃気楼をバックにしながら一心不乱にメシを食う若いピエロのように、真実はいつも甘く切ない想像とは田んぼのめだかとアリゾナ海くらい遠くかけ離れている。何かにつけてスカッと決断を下せない、優柔不断な気の弱い人のような物語である。少し設定のおしが足りないのかもしれない。わき目も振らずに必死にメシを口に運ぶピエロの姿は生々しく、強烈な現実なのだが、それでも束の間の幻想は美しいのである。たとえ一瞬で崩れ去ろうとも。
【創元推理文庫】
宮部みゆき
本体 620円
2001/4
ISBN-4488411029
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「鳥頭紀行ぜんぶ」
評価:C
あちらこちらといろんなところに行って、いろんなことをやって、愉快なことを考えているりえぞうさんですが、いいのか、え、いいのか、ほんとうにそれでいいのか、と思うようなことをバシバシ語ってらっしゃいますね。やっていること自体は笑えるわけではないのに、りえぞうさんが感じたままに表現すると、なんか笑える、いや笑えるのを通り越してこわくなるくらいです。惜しむべくは字が小さいこと。わざわざ文庫版にして、読みづらくしなくても、と思います。字が大きければ、もっとスピード感が出て良かったと思うのですが。
【朝日文庫】
西原理恵子
本体 476円
2001/5
ISBN-4022642661
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「頭蓋骨のマントラ」
評価:A
きいろく染まったチベットの大地には宇宙のへそでもあるのだろうか。不思議な世界があるものだなぁとおもう。宗教が人の生き方や死さえも支配する、そんな土地があるなんて。主人公である単道雲は殺人事件を捜査し事件に深く関わってゆくのだが、不思議と何かに守られている。崖の上から落ちないように。地に伏してしまわぬように。その存在は常に彼を覆って、彼を自由に羽ばたかせてくれる。この小説は大地を強く感じさせる異郷の地に連れて行く、異色のミステリィである。
【ハヤカワ・ミステリ文庫】
エリオット・パティスン
本体 660円
2001/3
ISBN-415172351X
ISBN-4151723528
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「スノウ・クラッシュ」
評価:C
あふれる泥のような情報の侵された空間が、実在と架空の隔離を拒んでいる。彼はイスに座っていると、部屋の中に透明なゴーストが暴力とハンマーを持って漂い始める。視線を彼に向けながら、舐めるように腰を振り、人魚のように尾を動かす。ふわり、ふわりと。静かに、静かに。そして彼は世界で孤独。彼以外、誰もいない。ここなら冥王星にだって行ける。古代ローマ人に会うことだって出来る。誰かがドアをノックする。ガチャリと戸を開けて入ってくる。笑顔でこちらに近づいてくる。するとゴーストたちは驚き、そそくさと消えてなくなる。不確実な世界が払拭されて、世界は現実と結ばれる。仕方がない、またここへ戻るのだね。彼の身体はジンと熱くなる。そんなぬくもりを最後には感じさせる作品だった。
【ハヤカワ文庫SF】
ニール・スティーヴンスン
本体 各740円
2001/4
ISBN-4150113513
ISBN-4150113521
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「シンシナティ・キッド」
評価:A
シンプルなセリフ、寡黙な演出で真に役者の演技だけをピックアップして、細かな手の動き、言葉の一瞬のとぎれにすべての想い凝縮させる。目を細めなければ気づかないような、目を凝らしていても敏感でないと見逃してしまうような繊細な感情が空間を飛び交う。役者と観客の間を高度に張りつめた空気が漂い、軽い恍惚感が持続する。クールである。こういう時間がたまらなくいとしい。この白熱した空気を、またいつか力いっぱい吸い込むことが出来る時まで、今は胸の中にたくさん吸い込んでとどめておきたいと思う。
【扶桑社ミステリー】
リチャード・ジェサップ
本体 590円
2001/3
ISBN-4594031048
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