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   きのうの空
  【新潮社】
  志水辰夫
  本体 1,700円
  2001/4
  ISBN-4103986034
 

 
  今井 義男
  評価:AAA
  歴史に名をとどめなくても、その道の大立者でなくても、人はその人数分だけ、かけがえのない人生を生きている。そのときどきの微かなきらめきや淡いため息。それらをそっと両の手のひらですくい集めたのがこの短編集である。どれも素晴らしいが、しいて挙げるなら、少年のここではないどこかへの憧憬を生き生きと綴る『旅立ち』、嫁ぐ姉と弟が共有する愛おしさを濃密な時の流れに詠み込んだ『短夜』、若いゆえの無力さがやりきれない『イーッ!』、正月前の慌しさは、後ろを振り返らないための先人の知恵なのか、一家の大黒柱となった寡黙な青年の、老いた母と弟妹を包む眼差しが暖かい『家族』、日常からはみ出せない青年が、元ヤクザの男にとまどいながらも、自身の慾動を重ね合わせる『かげろう』、永遠にぎくしゃくする母子に苦笑いする『息子』、家族を捨て余命幾ばくもない父に長男がほんの少しだけ意地を緩めた『高い高い』、聞こえなくなった線路の響きが寂寥感を誘う『夜汽車』、とても他人事とは思えぬ『男親』、少年期の恋心が儚く匂う『里の秋』、なんだ全部ではないか結局。行間から溢れる<小説力>にしばし呆然と言葉を見失う。そう、元来小説とはそんなものなのだ。新世紀ベスト1必至。

 
  原平 随了
  評価:B
  冒頭のニ編、『旅立ち』と『短夜』を読んだあたりで、評価〈E〉をつけようと思った。志水辰夫に、評価〈B〉とか〈C〉とかは似合わない。〈A〉でなければ〈E〉しかないだろう。この短編集がミステリーでないことは、もちろん、読む前から承知していた。しかし、例えば『短夜』。意に染まぬ結婚をする姉を、じれったく、また、切なげに見ている弟。じわりとくるものは確かにある。弟の心理や、田舎の結婚式前夜の描写など、うまいと思う。長編作品のエピソードの一つなら、これでいいかもしれない。でも、これって、あまりにもパターンではないか。別に、ミステリーじゃなくても、ちっとも構わないのだ。でもこれは、シミタツじゃない! こんなんでいいのか、志水辰夫! が、読み進めるうちに、ちょっと印象が変わってきた。短編集なんだから、一編一編に出来不出来はある。『イーッ!』の喪失感、『かげろう』の無残。うむ、この短編集は、やっぱり、シミタツだったか! でも、だからといって、これに、評価〈A〉はつけられないゾ。


 
  小園江 和之
  評価:A
  うーむ、実は著者の作品を読むのは三冊目くらいで、熱心な読者というわけではないのですが、これにはまいりました。もともと短編好きなところにもってきて、この最後の数行の情感あふれる言葉遣いに脱帽です。しかも、なんというか確信犯的な「泣かせ」じゃないところが大変によろしい。まあ、どちらかと言えば、苦めの笑いが混ぜ込んであるようなものが好みで、あんましストレートな筋立てだと恥ずかしくなっちまう方なんですが、その辺があんまり気にならなかったのは、すでに名人芸の域に達しているからなんでしょうか。特に「短夜」と「イーッ!」が気に入りました。後者については青くさいとか既視感があるとかの意見もございましょうが、それでも思い通りにならない人の心というものにやっぱり魅かれてしまうのです。

 
  松本 真美
  評価:B
  枯れたか、しみたつ。例えば『行きずりの街』の頃は、何かに目覚めていく男を描くことが彼のオハコだった気がする。けど、短編小説に作者が目覚めちゃって(?)からは、一貫して何かを失っていく人間にこだわっているように思う。これってもしかしたら逆で、失っていくことへの作者なりの距離の置き方が短編に繋がっているのかも。…独立した短編集とはいえ、編が進むにつれ時代が進み、主人公がトシを重ね、全て会話で始まる10編は、連作、というか1編のよう。そこに終始漂うのは<倍音感>。音って、細くくっきり聞こえるのと、上下込みでぼわ〜んと幅広く聞こえるのがある。肉声なんかでも。で、後者は聴きようでいろんな解釈ができる気がする。余韻があって表情が深いのだ。文章にも「倍音感の有無」ってあると思う。今回のしみたつワールドには強く感じた。特に「短夜」とか。それにしてもタイトル7文字、いつやめちゃったの?

 
  石井 英和
  評価:A
  戦後の日本人が歩んできた、あの日々への哀惜の念を、丁寧な職人技で一つ一つ時代を追って描き出してゆく。うまいものだと思う。が、その綺麗なまとめ方に疑問が出てくるのだ。理不尽かも知れない不満を持ってしまうのだ。いったい、こんな形の「素晴らしい出来上がりの小説」など、書く必要があるのだろうか?と。それが完璧な出来上がりを示せば示すほど、描かれた、触れれば血が吹き出すような人生への実感は、逆に我々から遠ざかって行ってしまうのではないのか?壁に飾られた「巨匠の御作品」として。なのに人は、例えば「珠玉」などという尊称を与え、伏し拝むことで、「それ」が遠くに行ってしまったが故に価値あるのだ、と信じ込もうとする。一体、「立派な小説を書く事」には、どれほどの意味があるのだろうか?作品を評価はするが、そんな疑問を持ってしまった。

 
  中川 大一
  評価:B
  ちょっと昔、少し田舎。そんな舞台を設定することで、毒々しさは消え、シビアなもめごともセピア色に塗り込められる。たぶんそれは、過去や地方についてのノスタルジーに過ぎないのだろう。その時代その場所で、人はそれぞれ、今ここと同じように苦しんできたはずなのだ。それをオブラートにくるんで美化するなんて、甘いセンチメンタリズム、くさい田舎芝居。でも、いいじゃないかいいじゃないか。人には、甘くて辛い子ども時代にトリップして今を生きる糧をもらってくるってことが、間違いなくある。そのとき、振り返られた過去が本当かどうかなんて、大した問題じゃないのさ。

 
  唐木 幸子
  評価:A
  連作の短編集。それぞれの物語は確かに心に沁みるが、この著者、どうも研ぎ澄まされた関心の先端があくまでも自分に向いていて読者に不親切だ。わからん奴はわからんでいい、という冷たさを感じる。肝心のところの説明は決してしないのだ。例えば、私が最も気に入った『短夜』で、大きい家に嫁ぐ姉が、本当は好意を持っていたらしい親戚の男と向かい合って言葉を交わしているところを偶然、目にする主人公。飛び切りのええシーンやっ! ところがこれでオシマイなんである。どのくらいの仲だったのか、気持ちの整理をどう付けたのか結局わからず終い。説明しなくても文章から香っていることをつい、更に読者のために書いてしまう私の贔屓の伊集院静とはかなり違うのである。と文句を言いつつ、A。

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