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   悪童日記
  【ハヤカワepi文庫】
  アゴタ・クリストフ
  本体 620円
  2001/5
  ISBN-4151200029
 

 
  石井 千湖
  評価:A
  この双子はすごい。誰にも甘えない。誰も恐れない。冷徹に現実をみすえて、生きのびるために知恵をしぼる。しれっと何度も大人を出し抜いてみせるところが痛快だ。彼らの日記には事実だけが克明に記録される。文体はクールだ。なんせ一切感情の動きを表現した箇所がないのだ。ただ、写実的な描写のなかにもわずかにこころの揺れが感じられる場面がいくつかある。たとえば乞食の<練習>をしたとき。彼らの髪をひとりの婦人がやさしく撫でてくれた。別の婦人は林檎やビスケットをくれた。彼らは乞食の気持ちがどんなものか理解する<練習>をしているだけなのでもらったものを全部捨ててしまう。でも<髪に受けた愛撫だけは、捨てることができない。>と彼らは書く。残酷なことも自分たちの理にかなっていれば平然とやってのける恐るべき子どもたちだが、その気高さを大好きになってしまった。今月のイチオシ。

 
  内山 沙貴
  評価:A
  戦火のさなか、双子の「ぼくら」は地獄の中を生き抜くため、痛みを感じなくするためのむち打ちの訓練をする。悲しみを感じなくするために生き物を殺す訓練をする。そこに生まれた二人の悪魔。彼らは周りで起こる残酷をおのれから排し、生きるために自らが残酷になる。傷つかないため、一人で生きてゆくために、残酷さをエスカレートさせていく。全くなんて物語なのだろう。傍から見たらそれでも人間か?と思いたくなるような非情な子どもなのに、彼らがそうならざるをえなかった世界は一体人の世か、それとも地獄か。重たい話だが不快な感じはなく、心に清水のように浸透してきた。最後の最後に、今まで一人のような存在だった双子が突然離れてゆく様子が印象的であった。

 
  大場 義行
  評価:A
  これを衝撃的といわずに、何をいうのだろうか。双子のどちらかの視線と判らないまま(あるいは両方なのか)、誰が狂っていようが、誰が死んでしまおうが、いっこうに構わないという冷徹さ。戦争のすさまじさを見事に表しているしているのではないだろうか。魔女といわれる祖母、突然双子を連れてきて、そして突然戻ってくる母親、おかしな将校、近くにすむ哀れな少女、双子を見守る牧師。双子がただただ眺めているので、なにもかもが狂っているかのような世界に見える。とにかくあまりの衝動で、残りの二冊を読んでしまう事間違いなし。正気というものが存在しない凄まじい世界と、怪物的な双子にぞくぞくさせてもらった。

 
  操上 恭子
  評価:A
  ショックだった。ありきたりな表現で申し訳ないけれど、そうとしか言い様がない。舞台は大戦のさなか、大国に翻弄される小国の国境近くの小さな町。語り手でもある主人公は双児の少年たちだ。その戦火の混乱の中を、鮮やかにしたたかに生き抜いていく少年たちの成長物語。最初のうちは「純真な子供たちが戦争で歪められていく話なら読むのは嫌だな」と思っていた。だが、本書はそんなありきたりなものではない。一人称の現在型で淡々と語られる物語から目がはなせない。その内容は想像を絶している。まるで迷宮に引き込まれてしまったようだ。戦争のこと、歴史のこと、帝国主義のこと、冷戦のこと、いろいろと考えさせられた。読んで楽しくなる本ではない。それでも、とても「面白い」小説である。はやく続きが読みたくてしかたがない。

 
  小久保 哲也
  評価:C
  『したたかに生き抜く』、というのは時代によって、どこまで意味を変えられるのだろうか?主人公達の行動は、確かに彼らなりの倫理や道義に基づいて行われているのだけど、それが正当に認められるという時代を僕は(頭では理解できるのだけど)理解できなくて戸惑ってしまう。全体にこの作品は、寓話のように、たんたんとした語り口であるけれど、その背景がリアルに見え隠れするところを考えると、「大人のための童話」という趣が強いかも。ラストシーンもまた、寓話にふさわしい幕引きだが、僕には難しい。でも、このラストシーンが見えて、初めてこの作品の奥行きが分かるのかもしれないと思うと、僕には、まだまだ手に余る作品なのだろう。

 
  佐久間 素子
  評価:A
  読書に娯楽以上のものは求めていないけれど、それでもたまにはぶつかってしまう。10代の私には、つくづくこの本が必要だった。私は武装について考えていたし、「ぼくら」は今まで出会った誰よりも強かった。「ぼくら」の魂の強さにあこがれた。「ぼくら」のルールをまねてみたこともあった。いつしか安易に流れて、お気楽に成長してしまった今、当時の自分を青くさいとは思えども、決して笑えない。だって、「ぼくら」は、今なお強くて美しいんだもの。ただ、その強さは痛々しくて、もう、手にいれたいと思うほどの切実は、私にない。それを成長といったものか堕落といったものか。個人的にいろいろ思いのある本に、判定もないのだが、つけるのならAしかないし、イチオシをはずすわけにはいかない。もはや書評とは呼べないな。ごめんなさい。何年かぶりで久しぶりに読んだが、今回はじめて泣けた。くりかえして読んだハードカバーは知人にかしたっきり、返ってこない。

 
  山田 岳
  評価:B
  「子どもには見せられない児童文学」だそうです。セックス・シーンが出てくるからでしょうか。それとも不条理の連続技だから?性もまた生の一部であり、戦争という極限状態の中では、もっともグロテスクなかたちで噴出する。はっきりと教えてあげるのも教育ではないでしょうか。日本でも戦争中は多くの子どもたちが親から引き離され、疎開先で不条理な体験をつぎつぎと強いられました。でも、この本のふたごの兄弟のように、しぶとく、したたかに生きた話は聞いたことがありません。じぶんの生をもてあまし、自ら不条理を生み出す人間さえいる昨今、世界は不条理に満ちていて、いまの日本が歴史的にもまれに見る幸運な状態にあると教えることは、これからを生き抜く子どもたちには必要なことと思われます。中学・高校生のあなたには、今年の夏休みはこの本で読書感想文を書くことをおすすめします。まちがいなく、賞をとれるでしょう。審査員の先生方には思いもよらぬテーマ・素材だからです。

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