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  赤い月  赤い月
  【新潮社】
  なかにし礼
  本体 各1,500円
  2001/5
  ISBN-4104451010
  ISBN-4104451029
 

 
  今井 義男
  評価:A
  四方を海に囲まれた国土で培われた心性は、アジアのどこへいっても部外者の域から脱却できない。大日本帝国国民の誰もが満州に抱いた幻想は、現地で暮らす人々にとって侵略という現実以外の何ものでもなかった。半径5m程度がせいぜいの視野で生きる波子の世界観が狂っているのではなく、それがアジアの盟主たらんとした、我が国の真実の姿だったのだ。猫が動くものに飛びつくのを叱っても詮ないのと同様に、大陸の中華思想や日本の軍事政策を今さら嘆いたって仕方がないのである。波子は間違っていない。エレナと王も正しい。人間の本質は拠って立つ位相に従って乱反射する。それを知らしめた作家・なかにし礼の筆力はすごい。植民地における被支配者の存在を一顧だにしない、マルグリット・デュラスの小説とある意味双璧をなすといえる。五族協和の美名に隠された欺瞞性を知りたければ、モンゴル青年の視点から<満州国>を描ききった、安彦良和『虹色のトロツキー』をお読みになることを強くお薦めする。

 
  松本 真美
  評価:B
  なんて読みやすいんだ!さすが、子供だった私にもそのいかがわしさが異様にわかりやすかった『時には娼婦のように』を作詞した人物だけある。平易な言葉で描きたい世界を的確に構築する技術は、長年の職業の為せる技か。ことに、不運で不幸で心許なくてそれでいて不気味なくらい逞しい満州という土地の描写は秀逸。それと、ヒロイン波子の、並じゃない女っぷりもあっぱれ。『黄金の島』の奈津もちったあ見習え、だ。でも、こんなキング・オブ・おんな、が自分の母親だったらかなりキツそう。子供も屈折するってもんだ。特に、氷室との関係は壮絶。それにしても、氷室って姓は文字どおりクールで鋭利な雰囲気満載だこと。この姓にしときゃあ、あえてキャラの説明不要ね。確か『カリスマ』にも登場してたけど、これが温水とか湯室とか暖田じゃあダメだろう。…温水や湯室はまだしも、暖田なんていないか。

 
  石井 英和
  評価:B
  ドキュメンタリ−としては価値あるだろうが、小説の構成としてはどうか?と思われる部分もあれば、メロドラマ的に演出過多と感じる部分もある。それらが、優れた歌謡曲の作詞家たる著者ならではの、民衆の生活の底流を読み取る嗅覚のごときもの、「歌謡曲の魂」とでも名付けるべき「歌心」によって存在感を付与されている。結果、「国家」という巨大なものと「個々人の魂」という極めてパ−ソナルなものとが出会う瞬間が、鮮烈な血の流れるものとして描き出されて、希有な書となった。だからこそ、終盤に至って、著者が「論をなす」部分が生で出てくるのが、全体の流れを乱していて、残念だ。それは著者がせずにはおれない主張だったろうが、しかし、作品を成立せしめている「歌謡曲の肌触り」とは異質のものなのだ。また、最終章「夜咄」は、蛇足と感じた。

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