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  黄金の島  黄金の島
  【講談社】
  真保裕一
  本体 2,000円
  2001/5
  ISBN-4062106566
 

 
  今井 義男
  評価:A
  その土地の温度とか、空気に含まれる生活臭などをどう伝えるか。それが異国を舞台にした小説の完成度を量る分かれ目だと思う。本書はその成功例のひとつだ。ベトナムには一度もいったことはないが、読んでいて息苦しいほどの湿気に包まれた。明日の見えないシクロ乗りたちの焦燥感が、<黄金の島>に見果てぬ夢を見させているのだとしたら、終わりのない閉塞感に息も絶え絶えの我々の日々はいったいなんなのだろう。両方を知る修司がそれでも彼らを引き連れて、故国を目指すしかないところが無残である。後半の船による脱出劇で一段と発揮される作者の確かな描写力は、意思をともなった生き物のようにうねる海面と矮小な人間の欲を無慈悲に対比させ、その部分だけでも独立した作品になり得るぐらい迫力がある。ベトナムに限らず、アジアをエキゾチックな観光地としてしか理解できない人には、生涯無用の小説である。

 
  松本 真美
  評価:B
  大沢在昌とか東野圭吾とか真保裕一とか、好きな作家なのだが、どーも登場する女性が今ひとつ好みじゃない。平たく言えば、応援したくならないのだ。近親憎悪じゃないことだけは確か…だと思う。新宿鮫の晶もこの物語の奈津も苦手なタイプ。自分と同世代の男性作家の作品に、シンパシーを抱けない女性が数多く登場することに、ちょっと納得感のある己がトホホ。で、お話はというと、この作者描くところのいつもの、基本的にはまっとうでどうにも清潔な主人公と<ヤクザ>という職業の立ち位置のズレが、そのままこの主人公の苦悩になっていて、説得力がある。最近、女性雑誌に頻繁に登場する-オリエンタルパラダイス!アオザイ超人気あるから超着てみたいし〜-ベトナムの、今では「知られざる」になりかけた歴史と、その地の底辺から抜け出したい途上の若者達の逞しさと危うさもきちんと描かれていて、さすが、物足りないほどまっとうなシンポ氏だと思った。

 
  石井 英和
  評価:A
  読了後、残った印象は鮮烈なベトナムの人と風土、その「南の熱い鼓動」とでも言うべきものだった。別に「そこには日本人が忘れてしまった真実の人生がある」などと、間抜けなバックパッカ−本のような事を言うつもりはないが。そこは、今日の経済構造が全世界的に展開成熟する過程で振りまいていった幻想としての「欠落意識」を抱え込まされてしまった者が、熱い渇きに引き回される無限地獄なのだ。見てしまった夢なのだから、叶えずに解脱はない。そして、黄金の島は幻想にすぎないのだから、そこには絶対に至れない。が故に人は永遠に足掻く。そして「黄金の島」の住民たる我々日本人の見たバブルを代表とする繁栄の夢も、ベトナムの黄金幻想と相似形と著者は解く。我々の足元から競り上がってくる南の「熱さ」は、渇望と現実との落差のリアルさだ。我々の側の苛立ちは、それと変わらぬ渇望を抱え込まされながら、その落差が巧妙に隠蔽され、あるいはすり替えられている事実からやって来る。交錯する地獄の2つの階層が散らす火花が鮮烈だ。

 
  中川 大一
  評価:B
  「そう、こいつらは本気なのだ」。日本の若者は性根が腐っていて、ベトナムの少年は目が輝いている? 安直なステレオタイプだなあ。でもこの対比に説得力があるのも確かなんだ。本気のやつらがのしあがろうと躍動するストーリーは気持ちいい。成功と失敗のバランス、悪役と善玉の配置も申し分ない。唯一の疑問は、ベトナムのシクロ乗りでキーになる人物、カイの造型。魅力的な兄貴分、嫉妬深い小心者、勇猛なリーダー、残忍な裏切り者……いろんな顔が描かれるが、それらはすべて他者の目に映った像なのだ。なぜ、カイは自らの声で語らないのか。影法師を重ねるようなこんな見せ方は歯がゆい。真っ正面からキャラクターを打ち立て、日本人ヤクザの坂口修司とがっぷり対峙させるべきではなかったか。

 
  唐木 幸子
  評価:A
  著者初の週刊誌連載小説だった作品だ。私は週刊現代は毎週は読まないので、時々、連載を読んでいたのだが読むたびに、東京を舞台にしたヤクザ抗争だったり、ベトナムで少年グループが地元悪徳警官に苛められていたり、と辻褄がサッパリ合わず、一体この話は何なのかと思っていた。それがこんなに良く出来た小説だったとはなあ。細部までオリジナリティに満ちているが、何より印象に残るのは、脇役の女性陣に綺麗事ではない本音を語らせている点だ。ヤクザのボスに囲われる奈津は、主人公の修司に心惹かれて逃亡に手を貸しつつも、自分の保身を第一に優先する人生に迷いがない。ベトナム人少女のトゥエイも恋人が目の前で死んでも素早く立ち直って生き延びる。そしてその女たちを心から信じて大切にする男たちが、著者が執筆開始前から心に決めていたという衝撃のクライマックスへとなだれ込んでいく。全ての落とし前がどうつくのか、最後まで読み飛ばせない迫力だ。さあ今すぐ読み始めよう、2年間の連載がたったの6時間であなたのものになるぞ。

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