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  新宿・夏の死  新宿・夏の死
  【文藝春秋】
  船戸与一
  本体 1,905円
  2001/5
  ISBN-4163200207
 

 
  今井 義男
  評価:E
  この作家の、自作品に酔ったような文体がどうにも合わない。そのせいもあり、いくら内藤陳が褒めようと、これまで読む気が起こらなかった。この短編集を読んだいまもその印象はまったく変わっていない。新宿、夏、死、と考えただけでも暑苦しい三題噺の熱気は、最後まで字面から立ち昇ることはなかった。作者は団塊の世代に、ホームレスに、ゲイに、少年に、元プロレスラーに、ことあるごとに何がしかの断言をさせている。しかもどれもが根拠を示してほしいぐらい重みのない断言だ。その十把一絡げ的な発想と、妙な方向に力の入った文章とが私の体温を一気に引き下げるのである。だから季節は夏なのにちっとも暑くならない。この居心地の悪い上滑り感が評価のすべてである。それに、いい加減な関西弁も勘弁してもらいたい。言葉は作家の命ではなかったのか。福田和也の意図がほんの少しわかったような気がする。

 
  原平 随了
  評価:B
  うだるような真夏の新宿を舞台に、さまざまな職歴の男達(正確に言えば、女もオカマもいる)の復讐と死を描いた短編集。短編集ゆえに、全体にどうしてもパワー不足の感があるし、ちょっと安易すぎるのじゃないかと思える話も混じってはいるが、いかにも船戸作品らしい、熱気と力強さを感じさせる話がないわけではない。『夏の渦』は、新宿のオカマ達が団結して、やり逃げした客に復讐するという話で、祭りの後の寂しさを感じさせるラストがいい。『夏の星屑』は、元婦警の興信所々員が失踪した少女を探す話。元婦警が、のしかかる男の肩ごしに見る夏の星座が実に鮮烈。本作品中、最も充実した一編だろう。船戸ファンからすれば少々物足りないかもしれないが、それなりに楽しめる一冊であることは確かだ。

 
  松本 真美
  評価:B
  『砂のクロニクル』付近でしばしの暇乞いを告げて早、幾年月。大食い女(私だとも言う)の弁当箱みたいな厚さの本を横目で見るだけですっかりご無沙汰していたと思ったら、「あれま。今頃?」の直木賞受賞。私にとっては旧知なんだか未知なんだかよくわからん与一氏ですが、今回の中編集も新鮮なんだか手垢がついた世界なんだかよくわかりませんでした。ただ、新宿という舞台に、非業というか不毛な死はやけにしっくり。ちょうどクソ熱い時期に読めたせいで、季節感もバッチリでした。「夏の渦」と「夏の星屑」は特に暑さが効いていた気がしました。…それにしても、以前は世界を股にかける大味な男クサさ(クサい男とも言う)を描くのが得意そうだった与一氏ですが、こういうのもイケるようになったのですね。「夏の黄昏」は稲見一良を彷彿。風間一輝も亡き今、作風が男してて、且つ名前に「一」が付いてても与一氏は長生きしてね。

 
  石井 英和
  評価:D
  タイトル通り、アクション作家御用達の街としての「新宿」の今を象徴するような人物や事象を中心に据えた短編が集められている。立派な力量を感じさせる作品群なのだけれど、あまり面白みはない。この状況をテ−マにこの人がそれを書けばこうなるでしょう、という出来上がりの作品ばかりで意外性がなく、スリルが感じられないのだ。また、どれも、短編というより長編小説の一場面みたいな印象をうけた。それとは別の、いずれ書かれる長編の発端部となりそうなタイプの作品も2、3含まれる。こちらの方は、食べかけた料理を途中で下げられた感じで物足りない。「一場面」であったり「発端部」であったり・・・いずれにせよ、ついにどの作品からも、「短編小説独特の、短編であるが故の面白さ」を感じられなかった。結局、長編で本領を発揮する作家なのであろう。

 
  中川 大一
  評価:B
  小さいぞ、たぎる怒りが。少ないぞ、ほとばしる血が! ついに登場、わが偏愛作家(って、この人くらいしか偏愛してないんですけど)。この作家、日本を舞台にするとやや切れ味が鈍る、というのが従来のパターンだった(『蝦夷地別件』は別として)。本作品集にもそういう傾向がある。例えば巻頭の「夏の黄昏」。ちまちましたサラリーマンのいじめと自殺。そんなものに復讐したってこちとらの溜飲は下がらないぜ! とは言ったものの、やはりファンなもので、けっこう楽しんでしまう。「おかま」を主役にしたユーモア路線の「夏の渦」や、料理人の世界に取材した「夏の曙」。段ボールハウスの内側から新宿を眺めた「夏の夜雨」など、人が(それほど)死なずとも面白い。船戸与一、ついに円熟への第一歩か?

 
  唐木 幸子
  評価:A
  船戸与一でなければ書けない暗い世界を描いた小説集だ。作品毎に出来不出来はあると思うが、八つの短編を読み進むほどに、次々と後味の悪い記憶を残してくれるのは凄い。汗がべとつく不快感が1冊の本から立ち上っている。中でも、読み終えて半月経ってもジワーっと来るのが『夏の残光』と『夏の星屑』だ。前者は、狂犬のような凶暴さと共に素直で一途な性格も見受けられる少年が、ふと粋がってまやかしの格好を付けたばかりに救われない運命へと陥ちていく。後者は、冒頭いきなりレイプされて性病うつされるだけでも惨めな女性探偵が、慎重に立ち回れば避けられたはずの罠に自ら引き込まれる。一般人には縁のない地下社会が舞台なのに、ひょっとしたら自分や自分の家族もこんな暴力まみれの暗闇に巻き込まれるかもしれない、いやだいやだ、こんな死に方だけは絶対いやだ、と真底思わせるリアリティがある。

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