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バルタザールの遍歴
【文春文庫】
佐藤亜紀
本体 600円
2001/6
ISBN-4167647028
石井 千湖
評価:B
紋切型で申し訳ないのだが、日本人が書いたとは思えない。小説を読んだというよりもよくできた工芸品を鑑賞した気分だ。なんでもないような一文がはっとするほど美しい。バルタザールとメルヒオールはひとつの身体を共有する双子。二重人格ではなくあくまでも双子だと主張する。当然周囲には受け容れられない。得体のしれない怪物のように扱われて育った彼らは大人になると放蕩にふけっていく。貴族の家は没落し祖国にはナチスが台頭。そんな緊迫した情勢にもかかわらず、彼らは酒をのんだりふざけた悪戯をしたりして過ごす。次第に堕ちていく生活と身に迫る危険。頽廃という言葉にロマンを感じるあなたにお薦め。別世界へ連れていってくれるはず。
内山 沙貴
評価:C
夢を見ているようだ。他人の生涯を翔けた、大輪の花が咲き誇る色鮮やかな夢。目の前に映る壮大で素敵な湿り気と色のある夢。ドキドキする。やはり人の物語とはそういうもの。そして胸がちくちく痛む。失われた想いともう二度と戻れない時代が我が身のことのように心を引き裂く。主人公たちの上手くいかない人生を眺めているしかない私は、嬉しいのか、悲しいのかもはやそれすら分からなくなる。しかし全体が未熟な感じがした。壮大なプロットと文章のミスマッチ、伏線とのミスマッチ。物語は巨石のように壮観で重たいのに細かな場所の未熟さが目に付く。この物語が完全に熟したものであれば、私は驚いたであろう、なんてずっしりとした立派な文学だろう、と。
大場 義行
評価:D
一つの肉体に二つの魂、しかも「ひどく頭が痛んだ。バルタザールが飲み過ぎたのだ」となると、どことなく退廃的な匂いがぷんぷんしてくる。そうなると普通はわくわくしてしまうのだが、読んでみると悪童日記日本版。確かにいいなあと感じる文章が散りばめられていて、「格好いいぜ」とは思うけれど、内容的にははまれなかった。衝撃度も少ないし、オモシロイ登場人物も出てこない。というか、主人公の双子に面白味が欠けているのが、決定的。どうしても最後の最後までこの佐藤亜紀ワールドに入り込むことが出来なかった。
操上 恭子
評価:B+
実はこの話、10年ほど前ファンタジー大賞を受賞したころに一度読んでいる。当時私は翻訳小説ばかり読んでいたので、この本も翻訳物を読んでいるつもりになっていたのだが、違和感はまったくなかった。その感覚は今も変わらない。ストーリーの方はすっかり忘れていたが、「一つの肉体を共有する双児」という基本設定と奇妙な小説だということだけはずっと印象に残っていた。今読みかえしてみると、とても面白いのだが、読んだ後になんとも気持ちの悪い余韻が残る。読後感が良くないと言えばいいのだろう。だからストーリーを覚えていなかったのだろうか。それにしても、こんな男のエゴ−猾さ、愚かさ、弱さを一人称で延々とつづった小説を若い女性が書いたというのは、それだけでもすごいことだと思う。
小久保 哲也
評価:C
はじめは、ヨーロッパ文学のものまねじゃん。と高を括って読んでいたのだ。というか、これは古いなぁ。というのが正直ある。文章とか、言い回しとか。そういうのが礼儀正しいというか、三つ指ついているというか、とにかく正統なのだ。仮に、これは20世紀前半に書かれた作品と言われても、疑わないでしょう。やっぱ。だけど良く考えると、この作品は、今の作品なのだ。それを考えると、この作品はものすごいことのように思う。たとえば場面展開は、やっぱり今風で巧みにテンポよかったりするのに、表現が文学してるので、なんだか不思議な感覚がある。ハリウッド映画をヨーロッパでリメイクした、みたいな感じの作品。
佐久間 素子
評価:C
「一つの肉体を共有する双子」の「めくるめく享楽と頽廃の道行き」を描き、しかもファンタジーノベル大賞を受賞しているときた。間違いなく好みだと思ったのだけどなあ。双子は一つの体に住んでいる。シャム双子ではない。むろん二重人格でもない。一人称の地の文章が、片割れに突如わりこまれて、その不思議な感覚を知る。何と魅力的な設定だろう。全てをあきらめたような厭世的な独白、「今にして思えば」という言葉の多様によって暗示される破滅への道は、しかし明るい。終盤の奇妙な冒険、あかされる黒幕...これだけそろって、どうして話にのれなかったのか、私自身が不思議だ。高尚にすぎる、のだろうか。
山田 岳
評価:A
ヨーロッパの「あかんたれ」は、日米のんとは、ちと違ゃいました。美意識がある。け’ど、前半はおうじょうしました。ひとつのからだを共有する双子の兄弟が話しはんのやけど、バルタザールはんが話してるのか、メルヒオールはんが話してはるのんか、わからんようになってもうて、ああ、もう、どうでもよろし、と思うのもしばしば。君主制の崩壊とナチスの台頭のなか、酒で没落するオーストリア貴族。太宰治の叙情性を排して、没落貴族を描こ思うたら、やはり舞台はヨーロッパになりますのやろか。国を追われて、スイス、そしてアフリカ北部のハーウィアへ。ハーウィアの描写はベルトルリッチ監督の映画「シェルタリング・スカイ」を思い出させます。ここで終わらへんのが本書の魅力。アフリカで拷問を受けたことから、メルヒオールはんが幽体離脱。自分たちを没落させたもんへ、復讐の闘いをはじめはりますのや。船のうえの決闘は、ハンフリー・ボガードの映画を見ているようやった。
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