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  薔薇窓  薔薇窓
  【新潮社】
  帚木蓮生
  本体 2,400円
  2001/6
  ISBN-4103314109
 

 
  今井 義男
  評価:A
  残酷な描写も、アクロバティックなトリックもなければ、派手なアクションシーンもない。それでいてこの厚みをじっくりと読ませるのだから、大した小説である。ていねいな人物描写と翻訳ものと見紛うばかりの時代考証が奥行きのある小説空間を形成している。馬車とガス灯から、自動車と電灯へと移りゆく時代のパリが舞台である。時代が時代であるから、話の流れもゆったりとして、ミステリであることをつい忘れそうになる。いや、なにも無理にミステリとして読む必要はない。精神科医ラセーグと東洋の美少女・音奴との<ボーイ・ミーツ・ガール>の行く末を見守っているだけで、わずらわしい世事からしばし逃れることができるのだ。御者ジェラールや《噴泉亭》のおかみ、下宿人たちとのやりとりも微笑ましい。<小説>を読み終えたという満足感にひたれること請け合いである。

 
  小園江 和之
  評価:C
  舞台は100年前のパリで、主人公である独身の精神科医が連続外国人女性誘拐事件を解明していく話です、おしまい。これじゃ小学生の読書感想文よりひどいな。でも、そう言いたくなるほど展開がかったるいんですよ。パリの情景描写がてんこ盛りなんですが、行ったことはないし、さほど興味もないもんですから、ちっとも頭の中でイメージを結ばないんですね。でもそういう読み手のためにでしょうか、林という日本人古美術商やどっかから逃げ出してきて保護された謎の日本人少女がからむようになってるんで、なんとか挫折はまぬがれました。章分けが細かいのもよかったみたいです。それにしても長いわりにゃ、主人公にストーキングしてた貴婦人の始末が曖昧なままなのはどうして?

 
  松本 真美
  評価:B
  最初はなんと読むかわからなかった帚木。今もたぶん書けない帚木。でもけっこう読んでます帚木。今回も、直球か変化球かはよくわからないものの、とにかく595ページをよどみ破綻遊びなく描き切ってる。百年前のパリの日常と密度の濃い風景、危うい場所に進もうとしている日本、屈折した心理が端を発する犯罪、人間の心と命の頼りなさ、などなどが地に足のついた筆致で登場。ただ、どれも等しくまっとう過ぎて、却って読後の印象が散漫になってしまった気もする。いつも、良くも悪くも著者の真面目な人柄が直で話に投影されている感じの帚木ワールド。これで本人がすごいエロオヤジだったら面白い。個人的には、主人公の精神科医ジュリアンの魅力が今ひとつ。女性はすべからく惚れる超モテ男。終盤の、林の語る日本観が鋭利で秀逸で印象的。

 
  石井 英和
  評価:C
  このような小説の帯に、「貴婦人スト−カ−」とか「猟奇犯罪の煉獄」などといった、えげつない惹句が記されてしまうのが、現実というものだろうな。これは、1900年、万博開催当時の風物を克明に描き出すことによって著者が行った、パリ讃歌、フランス文化讃歌なのだろう。あるいは、それに仮託して、著者の想定する理想郷を描こうと試み、人間讃歌を奏でようとしている。丁寧に書き込まれている作品であるし、上品な出来上がりとなっている。がしかし、残念ながら私は、著者のようにはフランスという国や文化に思い入れや崇拝する心がない。つい、「良い面ばかり見ていませんか?」と突っ込みたくなってしまうのだ。そもそもその豊穣は何を犠牲にして築かれたものなのか?なんて疑問が、つい湧いて出て、物語に酔おうとする気持ちを白けさせるのだ。

 
  唐木 幸子
  評価:B
  本の分厚さに最初はひるんだが、これが読みやすくて一気だった。舞台は20世紀になったばかりのパリで、主人公は警視庁の医務室に勤める医師のジュリアン。若い女性ばかりの連続誘拐事件に巻き込まれていくのだが、彼を取り巻く人間関係が何だか江戸時代の下町のように素朴で明るく、猟奇的な犯罪のことは忘れてしまう。記憶を失ってどこから来たのかわからない美貌の日本人娘・音奴をジュリアンはじめ皆で庇う様子が実に心温まるのだ。また、ジュリアンが貴婦人に付きまとわれて、その屋敷に招かれて供される晩餐の美味しそうなこと!流石はパリだ。事件の仕組みに意外性はないし推理を楽しむ本ではないが、当時のパリを思い浮かべて楽しんで読める1冊だ。

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