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  センセイの鞄  センセイの鞄
  【平凡社】
  川上弘美
  本体 1,400円
  2001/6
  ISBN-4582829619
 

 
  今井 義男
  評価:A
  なんでもかんでも自分に照らし合わせて考えるのはよくないとは思うが、このセンセイはえらい。私が辿るであろう末路とは完全に正反対である。老いてなお、女性に好かれるというのは並大抵ではない。知性、人柄、言葉遣い、生活態度と、どこを取っても非の打ち所がない。なんせ私の理想は死んだら身内が総出で赤飯を炊きかねないようなイヤな爺なのだ。いまさら方向転換はしにくいし、困ったことである。なぜに私が困らなければならぬのか。答えは簡単、ただただ羨ましいのである。やはり宗旨を変えるべきなのか。このように朴念仁の私が心乱すほど、ツキコさんとセンセイの恋は素敵である。地味な場面ひとつひとつに、大人だけが分かる滋味が隠されている。二人が肩を並べて酒を飲み、肴に箸をのばす場面はそこいら辺に転がっている情痴小説よりよほど官能的だ。

 
  原平 随了
  評価:C
  身を焦がすような激しい恋だけが恋愛じゃないし、人恋しさから始る恋愛だってあるだろう。ふと泣きたくなった時、気持ちのささくれ立っている時、そんな時の格好の話し相手が、いつしか恋愛の対象になっていることもあると思う。この物語のヒロイン〈わたし〉とセンセイの関係も、激しさとか性急さとは無縁の、緩やかに進行する慈愛のごとき恋愛だ。あるいは、人と人との結びつきの原点のようなものかもしれない。ただ、そんな穏やかな恋の在りようも悪くはないと思うものの、激しい感情に欠ける恋物語というのは、やっぱりちょっと物足りない気がしてしまう。この小説、ひょっとして、恋愛小説じゃないのかも……。

 
  小園江 和之
  評価:AAA
  私にとって川上弘美は苦手な作家さんで、いつも挫折してましたんで、今回のもちょっと心配だったんですがまさかこうくるとは。三十七歳の独身OLツキコさんが、三十歳年上の元高校教師のセンセイに魅かれていくんですが、このセンセイが実にいいんですね。枯れているというのでもなく、彼女の気持ちに気付きながらも、漂然と微妙な間を取り続けている様子が面白い。当然ツキコさんは意地を焼いたり怒ったりするんですが、それでもやっぱりセンセイが好きでたまらない。その様子が淡々とした筆致で描かれていくんで、生臭さがない分その辺が不満だという方もいらっしゃるかもしれません。でもこのトーンだからこそラストに違和感がないとも言えましょう。凝縮された時間を共にできるなら、残り時間なんて関係ないし、幸せの深度は当事者にしか分からないですよね。だから、嬉しいあまりに涙が出ちゃうなんてこと、若い男女の話だったら「けっ」とか思うところですが、こういう組み合わせなら、あぁそういうのもあるよなあ、なんて考えちゃいました。ふやけた不倫・色恋ものとは一線を画す小説です。無意識にさがし続けてた相手と出会えることもあるって信じたくなります。

 
  松本 真美
  評価:A
  せつない。胸に沁みる。愛おしい。…う〜ん、どれも微妙に違うな。痒い所の方向は合ってるんだけど、周辺を掻いてる感じ。唐突ですが、寒い季節のお風呂って、湯船に入る瞬間、妙に寂しくなりませんか?すごくシアワセなんだけど寂寥感がらみなの。子供んときから私はその思いが強くて、母親に拙い言葉で訴えてみたり、結婚してからは夫に何度か説明したが、今イチ伝わらないみたい。そう、この小説は私にとっては冬のお風呂に似てる。でも、それは何も、センセイとツキコさんの年齢差に由来するわけではない。人が生きていくことの心細さや、人に惹かれることの不安、それはどちらもヨロコビと表裏一体。幸せで、寂しい。そんな相反めいた感情に、引き裂かれるわけでもないが、戸惑う自分がいる…そして相手が、自分の感情をより鮮明に映し出してくれるセンセイだったことがまた、幸せで、寂しい。なんだ?さっきから同じことしか言ってないな、私。とにかく、生きることも恋愛も「幸せで、寂しい」ものだとあらためて思ったりしました。

 
  石井 英和
  評価:D
  冒頭の数章を読んだ時点では、評価はAだったのだ。それが、読み進むうちBになりCになり、遂にはEまで下降した。平均を取ればこんなところか。始まりは、なかなか快適な読み心地だったのだ。春の夜の、朧ろ月を見上げながらのそぞろ歩きみたいな、ポヤンとした雰囲気が良かったし、人と人との間の置きかたも快かったし、主人公たちの飲む酒も肴も旨そうだった。が、話の進行とともに、その世界にそぐわない妙に生臭いものが物語の底から沸き上がってきて、雰囲気ぶち壊しとなってしまう。描かれた世界の裏に、それとは逆のベクトルの衝動が潜んでいるような違和感。自ら気付いてはいないだろうが、著者の感性と、作り上げた小説の作風とは、実は相反するものがあるのではないか?内面はドロドロなのに、精一杯「渋め」を気取る不自然さ。基本的な部分に無理があるのだ。

 
  中川 大一
  評価:C
  今の日本じゃ「純愛」なんて成り立たない。好意を告白できずにモジモジ、なーんて考えづらいし、数回デートすりゃセックスするのが当たり前。恋愛の喜びと苦しみが、成就するまでのプロセスにあるのだとすれば、このまんまじゃ小説にならないよ。そこで、本書の作者は考えた(んだと思う)。三十代後半の女性と、それより三十以上年長の元教師を取り合わせてみよう。なるほど、これはうまい設定だ。相手は自分をどう思っているのか、そればっか考えて寝られない。そんなシチュエーションが嘘っぽくない。体温のうつった布団でうとうとするような、ほの柔らかな恋愛小説。ただまあ一方で、無粋な中年男の私には、「何ちゅうことのない話しやないかい」という白けた気持ちも抑えられないのではありました。

 
  唐木 幸子
  評価:C
  良い小説だ・・・、とは思うのだが、どうも、気恥ずかしさが感動に水を差す。年老いた男と若い女性の恋愛のせつなさ、共に過ごす時間のかけがえのなさは痛いほど伝わってくるのだが。センセイとツキコが『デートをいたしましょう』、『おつきあいしてさしあげましょう』と互いに丁寧語を交し合うたびに身もだえしてしまった。先ほど若い女性、とつい書いてしまったが、それでもツキコは37歳だ。同年代の男と話す会話はごく自然なのに、センセイの前ではツキコはまるで少女になる。親子ほども年齢の離れた男女の恋愛を、甘え甘えられ、という関係でなく描けないものだろうか。ラストも、こんな話、書かないでくれえ、というようなやるせなさだ。やめてー。

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