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   かずら野
  【幻冬舎】
  乙川優三郎
  本体 1,500円
  2001/8
  ISBN-434400101X
 

 
  今井 義男
  評価:A
  行く末に決定権をもたない。女性がそんな立場に置かれていた時代の、男女の愛憎の物語である。貧乏な足軽の次女・菊子が、口減らしのための一生奉公に赴く。幼なじみの静次郎との別れの場面から、奉公先の御上や女中たちとの出会い、糸繰りの作業に精を出すあたりまでは、ごく穏やかな<時代版ボルトブルース>である。それがあっという間に、科人との逃避行になってしまう。奉公人とはつまり奴隷である。生殺与奪は主人の胸先三寸でどうにでもなる。時代物ゆえの悲劇である。菊子には後戻りする機会、あるいは別の道に逃れる契機が幾度となく訪れ、救いの手を差し伸べる人々も現れる。だが、結局はどうしようもない男を選ぶ。堕ちて流れてまた堕ちる。その繰り返しの果てに、男との別離を決断するのに女は十七年の歳月を要した。流されながらも、糸を紡いだり、畑に里芋を植える菊子の姿には、最後の一線で懸命に踏み止まろうとする意志が感じられる。それが実現したからこそ、ラストシーンで菊子の流す涙にはよりいっそう狂おしい哀感が漂う。

 
  小園江 和之
  評価:A
  14歳のとき五十両で糸師の家に養子(実は妾奉公)に出された菊子さんが辿る不遇の半生が書かれてあります。奉公先の息子が父親を殺めてしまい、成り行きから二人で出奔したのがケチの付きはじめでして、この息子ってのがまず現実逃避型の子供大人ときてますから、なにをやってもうまく行きません。んでまあ、何度か自分の人生を取り戻そうとは考えるんですが、親殺しの罪を背負っているという思い込みからか、どうしてもぐうたら亭主を突き放すことが出来ずに、ぐずぐずとくっついているんですね。ええ、もうじれってぇ、こんなクソ亭主とはとっとと別れてしまえばよかろうに、とイライラさせられますが、そこがまた「これでもか」の読み味でして、こういうのもたまには悪くありません。しかもとっておきのラストが用意されてますから、途中で放棄しては絶対に損します。

 
  松本 真美
  評価:C
  『霧の橋』も『喜知次』もよかった。だから期待して読んだのだが、う〜ん。夫婦小説であり、アウトサイダーとして生きざるを得ない犯罪者小説であり、女の半生記というか成長物語であり。でも、時代小説である必然性はない気がする。必然性…ヒョ〜ロンっぽい言葉で自分が使うと落ち着かない。…この夫婦、妻は薄幸ぶりに胸を痛めるほど魅力的に見えず、夫はダメで嫌なヤツをまっとうし切れず中途半端で、だからこそのリアリティややるせなさなのだろうが、読んでいて澱が溜まっていく気分だった。じゃあ、ラストシーンですっきりしたか、というと私にはどうにも納得がいかず。その道(夫婦道ね)のご意見番あたりは訳知り顔で「この矛盾こそ夫婦ってもんだ」とでも言いそうだけど。この頃、夫婦小説を読むたび、自分は夫婦の機微に疎いのかなあと思うばかりだ。でもいいや、疎くても。口直しにシンプルな山周でも読むか。

 
  石井 英和
  評価:A
  いったいどこを読んでいたのだ、との顰蹙を買うやも知れないが、大自然に寄り添いつつ生きてゆく人間の有り様を描いた物語と受け取った。あるいは蚕から生糸を取り、あるいは流水で藍を染め、あるいは大海の恵みと脅威を甘受しつつ、やがては無言で土に帰ってゆく、そんな大昔からの人間の営みそのものへの頌歌たる物語と。これでいいのだ、仕方がないのだと、自らが巻き込まれた理不尽な運命を甘受するために主人公が思いつく様々な「言い訳」は、一個の「生物」として地母神に抱かれんがための呪文の如くに響く。そんな彼女に対し、本来の恋人であったかもしれない男の説く、近代合理主義にもとずく「正論」は、だが、遭難した漁師の体を温めるために身を寄せる娘たちの肌の温もりほどのリアリティを持ち得ずにいる。そんな生の刹那にきらめく、人の心の輝きが愛しい。

 
  中川 大一
  評価:C
  養蚕、製塩、藍染め、そして漁労。時は開国へ向けて流れ出しているけれど、庶民の暮らしを支えるなりわいは変わらない。この本の背景にはその様子が細かく描かれ、話しに安定感をもたらしている。また特に、私には馴染みのない千葉の風物がていねいに書き込んであるのも一興だ。ただ、末尾を除く大半を貫いている気分は、諦めと憎しみ。訳あって落魄した夫婦の、女が夫に対して抱く心のあり様だ。そんな否定的な感情がうまく描かれた本を、どう評すればいいのか。上手だけど鬱陶しい物語なのか。それとも地味ながら運命の機微を抉った佳品なのか。さっき読み終えたばっかりで、いまはどっちとも決めかねてるんだ……。

 
  唐木 幸子
  評価:B
  帯には「あたしは、あたしをあんたから取り戻すわ」とある。駄目男を見捨てて自力で生きていこうとする女の気骨を感じる帯句だ。ところが実際、本書の中ではちっとも主人公の菊は夫の富治(悪人ぶりも極道ぶりも中途半端)から逃げないのだ。何故ここで逃げ出さないのか、という場面は何度もある。しかも愛して待ってくれている真面目で立派な侍もいるのに。結局は逃げない菊の気持ちの向うに、【しっかり者の妻に甘えるが故に怠け者の夫は真っ当になれなかったのだ】という私が大嫌いな男女関係が見えてくる。そういう苛立たしい気持ちを救ってくれるのが、時代小説とは思えぬテンポの良さだ。3年や5年はあっという間に過ぎて、放浪夫婦は職業も住むところもどんどん変わるから飽きずに読める。でも著者にお願い、女にあんまり簡単に必然性のない流産をさせないでね。

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