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   湖底
  【双葉社】
  薄井ゆうじ
  本体 各1,900円
  2001/7
  ISBN-4575234184
 

 
  今井 義男
  評価:B
  ダムに沈んだ過疎地の小学校。六人のクラスメートのうち、実体のおぼつかない子供が一人。この子供がキーパーソンになった不可思議な小説である。二十年後、渇水によって再び姿を現した校舎での同窓会が六人を再会させる。互いに歪みねじれた記憶、抹消せざるを得なかった記憶が、徐々に修復され整合を取り戻し始めたとき彼らの住む世界は足元から……。作中、件の一人を含まない五人と部外者一人が辿り着いたのは、何も変わらないように見えて、微妙にどこかが食い違うという、あまり精神衛生上よくなさそうな場所である。その途上、水にまつわる数々の超常現象が呼び覚ます根源的な不安は、非常な効果を上げており、揺るぎのない作品世界を構築している。できることなら最後までその不安な気持ちに包まれていたかったが、私は当事者よりも、冷静な部外者である女性の視点に多大な期待をもちすぎたために、物語に置いてきぼりをくってしまったようだ。

 
  原平 随了
  評価:A
  「過疎村の湖底に沈んだ学校の最後の六人の同窓生」が二十数年振りに集まったのは、ダムの底に沈んで
いるはずの校舎が渇水のせいで水面から顔を出したから。けれど、集まった六人の語り合う話が懐かしく楽しい思い出ばかりでないのは、「たった六人でも、すべての縮図がそこにある」から。そして次第に明らかになってくる、忘れてしまったはずの子供の頃の秘密。六人の目の前でその秘密が暴かれた時、世界は、突然、逆転する……。いかにも薄井ゆうじらしい特異な設定の、ファンタジーにもホラーにも分類不能の、読み手の予想を絶え間なく覆して華麗に幻想的に展開する残酷な物語。ダムの底から見えてくる真実はしんそこ怖い。

 
  松本 真美
  評価:B
  恥ずかしながら10年以上前、『湖に立つまで』というしゃらくさいタイトルの小説もどきを書いたことがある。夫を亡くした女が湖の底に立ち夫に逢うまでの話。最近、読み返した。幼稚でひとりよがりで村上春樹臭ぷんぷんの赤面モノだが、まっすぐで微笑ましかった。今の自分はずいぶん遠くに来てしまったなあと思った。…ってなわけで、湖底モノは個人的に気になる。著者も、好きなのか嫌いなのか判断に苦しみ続けて早幾年月の薄井ゆうじ。期待するよ、そりゃ。…二十年前、ダムの底に沈むために廃校になった小中学校の卒業生6人の、現在と過去のそれぞれの交錯が徐々に集結していく話、なのだが、とにかく欲張り過ぎだと思う。ひとりひとりが抱える問題が個別に克明に描かれ、現実と黄泉(?)の狭間でこれでもか!の混沌ぶり。とにかく薄井小説はいつも過剰だ。終盤は読んでて息切れした。ところで、帯に、中盤まで超重要な謎である約束の言葉が書かれてるのは、帯制作者の見識を疑うね。著者が気の毒だ。…本人のコピーだったりしてな。

 
  石井 英和
  評価:B
  ホラ−かと思って読んで行くと・・・う−ん、この先は、これから読む人のことを思えば書くわけには行かず、と言って、それに触れずに感想を述べるのもなかなか困難。弱った代物だなあ。独特の異様な世界を作り出していて、また、どのように解釈しても矛盾が出てしまうような形で「謎」を提示し、こちらの興味を逸らさずに物語を引っ張って行く技は巧みで、すっかり「物語」を堪能した。テ−マ云々以前に、小説はまず読み物として面白くなければ、ね。ただ、クライマックスに至り、物語のテ−マの開示が重苦しくまた長過ぎるので、そこで読み疲れしてしまうのが困る。最後に置かれた至極素朴な「感動」を素直に受け入れてしまったのは、もしかしたら、その「疲れ」ゆえかもしれないなあ(^^;

 
  中川 大一
  評価:D
  書名、装幀、帯文の印象から、ほのぼのムードの本かなと思っていた。確かに終わりの40ページほどはそういう感じもあるけれど、それまではまるで違う。過去と現在、現実と虚構、主体と客体が自在に融合する、幻想小説なのだ。奇妙な味がする――って、本来褒め言葉なんだろうが、どうもちぐはぐ。センス・オブ・ワンダーとは、確固たる現実があって、そこからの微妙のズレが生じたとき感得されるものだろう。事実があって初めて、それが崩れる恐怖が生まれるんだね。ところが、本書の8割ほどを占める湖底のシーンにおいては、すべてが泥の中に溶けこんでおり、不思議を不思議と感じるための足場がない。もともと何でもありなら、何が起こっても驚かないでしょう。また最後のムード転回も、やや唐突か。

 
  唐木 幸子
  評価:A
  読後感はS.キングに似ていた・・・『IT』に通じるものがあった・・・というのは私の最高の賛辞。ダムに沈んだ校舎が渇水で姿を現し、そこで同窓会が開かれる。集まった人々を襲う、時を越えた真実のフラッシュバックには震え上がる怖さがある。この著者は本当に懐が深い。どう読んでも、『社長物語』、『社長ゲーム』を書いた人とは思えないのだ。でも挿話の入れ方が上手なのはこの人ならではだろう。デイトレーディングや広告代理店のプレゼンなど、登場人物の種々雑多な職業の描写がうまく、がっちり脇を抑えてあるので、度重なる不思議な出来事の多少の無理も読み越えていける。そしてラストに差し掛かると、私はこの物語を離れて、自分の今の毎日は本当に幸せか、本当に自分が望んでいたものか、少なくとも努力はしているか、、、、、と実に久しぶりに考えた。本作はそういう思いに誘う力に溢れている。

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