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  絵子  絵子
  【文藝春秋】
  三田完
  本体 1,524円
  2001/8
  ISBN-4163202900
 

 
  石井 英和
  評価:D
  読んでいて、前々回の課題本「センセイの鞄」に、個性こそ違うが、ずいぶん作りが似ている小説であるのに気付き、あれ?と思ったのだった。このような感じの小説が、今の流行りだったりするのだろうか?冒頭、隅田川沿いの風物や、そこに生きる人々の活写が中々に良い感じで「これはいけるな」と期待させたのだが、読み進むうちになんだかがっくりさせられてしまう。そんな流れもそっくりだ。若いくせに通人ぶったり渋い子ぶりっこして、知ったふうなウンチクを垂れたりする、そんな厭味な趣味が全体に横溢していて、どうにも不愉快な作である。スト−リ−も、これはテレビドラマのそれであって、小説のものではないだろう。薄っぺらな「若き人生の達人」諸氏が世に大増殖しつつある証ででもあるのだろうか、この種の作品の流行は?勘弁していただきたいものである。

 
  今井 義男
  評価:D
  この小説の主人公と母親は驚くほど欲望に正直である。人生にはもっと他に悩みがあってもいいと思うが、二人にはなにもない。軽薄であからさまなリビドーだけである。見苦しいのは生き方だけではなかった。思春期を過ぎてもなお、自分の親をパパママと呼び続ける人々を私は認めたくない。子供にそう呼ばせる親もまた同様だ。天が許しても私の美意識が頑として拒否する。そういう人物を中心に配した小説を読むのは正直いって苦痛である。加えて娘の方はホームレスを《ホームレスさん》と呼ぶ。作者はそれらの言葉遣いをよしとして書いているわけだから、そうでない読者と相容れないのは諦めてもらうしかない。

 
  唐木 幸子
  評価:C
  何だか主人公の絵子は私から見て浮世離れしすぎていて、漫画を読んでいるような気分になってしまった。21歳のバツイチ女性なら、もう一段、精神構造に地下があっても良いのではないか。いつもスキップしているみたいな毎日で、ホームレスの一群とのやり取りも新しい恋人とのなれ初めも、こんな楽しい関係があれば良いな、と想像するだけの世界にしか思えない。それに、絵子の最も重大な悩みが・・・・、アレだもんなあ・・・・。あんなこと(ちょっと書けない)に悩むなよなあ・・・・。良いではないか、そんなもん、なくても生きていけるよ。みんな、ないと思うよ(ほんまか)。著者は若い女性かと思ったら、意外にも私と同年輩。そう言えば、絵子の母親の不倫のところだけ、妙に説得力があったっけ。

 
  阪本 直子
  評価:AA
  この小説、私は断然◎。だけどお薦めする前に、ちょっと確認。『私の青空』や『ちゅらさん』は好きでしたか? あ、それならぜひどうぞ。『渡る世間は鬼ばかり』がお好きですか……それなら、無理にはお薦めしません。
 21歳でバツイチで、銀座のバーに勤める絵子は、志ん生の落語と時代劇が大好き。3年前に死んだ絵描きのパパを今でも慕ってる一方で、同居のママとはちょっと微妙。このヒロインが抜群だ。上記のプロフィールであなたが想像したであろう人物像は、断言しちゃいますが大ハズレです。かわいい。何しろ、とことんかわいい子なんだよ。「いろごと」の話がまたかわいい。巷にはびこるオヤジの情痴小説なんざあ、まとめて駆逐しちゃうかわいさだ。書店の新刊台を見れば、どいつもこいつも装丁・矢島高光で、表紙はスポーツ紙の1面並に巨大文字で一杯。目が疲れたらこの本を読んで、隅田川沿いの散歩でリフレッシュしましょう。

 
  谷家 幸子
  評価:B
  帯のコピー「二十一歳バツイチ。でも女の人生、本番はこれからだ!」てのを読んだときは、はっきり言って全く期待していなかった。二十一歳で「人生はこれからだ!」なんつって力まれても、そんなの当たり前じゃん、ってなもんだ。大人ってへそまがりなんです。ところが、読んでみたらば実に軽々と肩の力の抜けた感じで裏切られてしまった。とにかく、気持ちのいい小説だ。ホームレスの人々とのやり取り、エキセントリックな母親との日常、幼なじみで芸者の「千里ちゃん」との会話、生まれ育った下町の風景。潔い清々しさに満ちていて、登場人物全てが魅力的だ。なかでも、耳垢とりの腕で花柳界の通人たちに名を馳せている「耳掻き菊弥」こと、浅草芸者最長老の菊弥姐さんのエピソードはとびきり。ホームレスの描写は、きれいすぎというかちょっと理想化しすぎで現実的じゃないところもある。(松井計「ホームレス作家」を読んだ直後だったのでなおさらだ)二十一歳でこんなに訳知りになっちゃうってのもどうかなという気もしないではない。でも、この爽快感の前には、そんなに大きな問題ではない。ラスト近くの絵子と剛くんのキスシーン、かなりきゅっと効きます。

 
  中川 大一
  評価:C
  若い読者諸兄姉は、「青木真理子現象」(多分)をご存じだろうか? もう何年も前に本誌で話題になった、書店に行くとトイレに行きたくなる生理現象のことだ。冠してあるのは三角窓口の投稿者の名前。いや、古い話しを持ち出したのは他でもない、本書の主人公も、本屋ではないけれど古本の束を見ると「もよおす」らしいのだ。ぬー、立ちっぱなしがよくないとか新刊書の匂いとか、当時いくつかの原因が取り沙汰されていたが、古本でもそうなる人がいるなら、真の理由は本が発するオーラか。本書の魅力は、こんな細部がキャラクターの形成にくっきり役立っていることにある。ただ、女性の日常をチマっと綴ったストーリーは好きずきでしょう。やっぱり女性読者向きか? 新女性採点員(歓迎!)の評価を待て。

 
  仲田 卓央
  評価:B
  私は関西の生まれである。したがって、川べりといえば隅田川ではなく淀川の川べり、落語といえば志ん生師匠ではなく米朝師匠である。もひとつ付け加えて言えば、私は自分の生まれ育った場所が大嫌いで、故郷から離れてしまった人間でもある。だけれども、絵子が川べりを散歩するときの気持ち、老ホームレスさんが売っている古本のなかに『志ん生艶ばなし』を見つけて、「おっ……」と思うときの気持ち。この小説の素晴らしさは、自分が生まれた場所が嫌いだという人間にも、「温かくて懐かしい故郷」を思い出させてくれることにある。それが本当にあってもなくても。そして、良いところも、悪いところもひっくるめて、自分の人生を愛している絵子の、生きるうえでの態度。それは、自分の人生を正しい形で愛している人が、自分の周りにも沢山いることを思い出させてくれる。清々しく、生きることがちょっと楽しくなる一冊である。

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