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  ミスティック・リバー  ミスティック・リバー
  【早川書房】
  デニス・ルヘイン
  本体 1,900円
  2001/9
  ISBN-4152083662
 

 
  石井 英和
  評価:A
  古い街を横切る薄汚れた川の底に、どす黒くうずくまる澱。その澱にも似た深い孤独を胸に生きてゆく人々。流れのうちに沈潜した怒りや絶望。あたりの風景は、そんな人々の心象を写すかのように、全てくすんだ暗色に閉ざされている。読む者の心にも、しんしんと人生のやり切れなさが滲み込んでくるような物語の前半部分が良い感じだ。だから、その後の物語の展開が、「いわゆるミステリ-」的になってしまうのが、まあ、そもそもミステリ-なのだから仕方がないのだが、惜しい気分になったものだ。その鉛色の流れは終幕、すべての謎が明かされて行く過程に再び物語を支配し、人々が沈黙のうちに握りしめていた激情が虚しく放たれた先の暗黒を歌う。そこでは人間はすでに人の姿を失いかけており、ただ生きてあることへの渇望のみが蠢いている。

 
  今井 義男
  評価:A
  幼なじみが長じて真反対の立場になると、待っているのはおおかたが悲劇である。ショーンは刑事。ジミーは裏社会から足を洗って雑貨店を経営している。デイヴは平凡な勤め人だった。少年時代に遭遇した誘拐事件以来、疎遠になっていた三人は、ジミーの娘の失踪がきっかけとなり再会するが、単に友人としてではない。一人は捜査する者、一人は被害者の親、そして残る一人は被疑者として……。悲しいことに犯罪は世情をありのままに映す鏡である。世界は病んでいる。デイヴやジミーの娘が受けた苦痛を、特別な出来事とは思えなくなってしまった。犯人に罪悪感が欠如している点も、すでに見慣れた光景である。流れているように見える川の底には、うずたかくスラッジが堆積している。我々は喉元まで沈まなければそれを直視できないのだろうか。トラウマさえ出せば屈折した人物の一丁上がりといわんばかりの作品とは、はっきりと一線を画したミステリである。

 
  唐木 幸子
  評価:A
  私は採点員になってからは、新刊を読みながら、ここに書評で言及しようと思ったところには折り目を付けるかレッテルを挟むことにしている。しかし本書には余りにも引き込まれてしまって、そうすることも忘れて一気読みだった。ディーヴァーのようにどんでん返しを繰り返すわけではない、キングのように雰囲気を巧みに高めることもしない。はっきり言って、私は途中で、こいつが犯人だ、と珍しく当ててしまったくらいだ。それなのに本書は、最後まで私の心を掴んで離さない深みがあった。物語には複数の夫婦が登場する。娘を惨殺された夫婦、夫を殺人者ではないかと妻が疑う夫婦、愛し合いながら別居中の夫婦。それぞれの辛い心の通わせ合いに胸打たれるのだ。しかしそうしている間にも、あの夜、何が起こっていたのか、という真実が次々と明らかになってくる。その構成の妙には圧倒される。本書はイーストウッド監督で映画化されるらしい。ああ、哀しい3人の男、ジミ-、デイヴ、ショーンの役は誰がやるんだろう。公開はいつだ、走って観に行くぞ。

 
  阪本 直子
  評価:AAA
  いつも一緒に遊んでいた3人の少年。親友というほどのものではなかったけれど、幼なじみの友達だった。ある日、1人が誘拐の被害者となってしまう。そして25年後……。という始まり方で判るように、手法それ自体は別に新しくはありません。帯には「この一冊がミステリを変えた」とあるけど、これはどうかなあ。真っ当過ぎる位真っ当なミステリだよ。だからこそ面白い作品なんです。人が死ぬのは惨いことだし、だけどその惨いことが都会じゃ日常茶飯事で、だからって残された者の嘆きが軽くなる訳じゃない。安易な希望などこれっぽっちも出てこないけど、不思議に読後感は重苦しくはないんだ。それでも人生は続く、続けなければならないということが、肯定の意味で胸に染み透ってくるんだよ。この直球勝負の潔さは、日本ミステリ界昨今の寵児たちに作者の爪の垢煎じて飲ませてやりたいと思うほど。

 
  谷家 幸子
  評価:AA
  ルヘイン?レヘインじゃなくて?じゃあ、「スコッチに涙を託して」の人じゃないの?だってこれ、あのシリーズじゃないよね?それに、ハードボイルドっぽくもないみたいだよね?…というように、毎日通勤途中に通りかかる、渋谷ブックファーストの巨大ウィンドウに現れた特大広告は、私の頭の中を「?」で一杯にした。しかも、「あのシリーズ」は、まだ読んだことがないというのに。タイトルへの違和感、ハードボイルドというジャンルへの偏見、未知の作家に対する食わず嫌いなどで、興味は持っていたものの、長らくレヘイン改めルヘインは未読だった。そして今、猛烈強烈に後悔している。昨今よく見かける安易な「トラウマもの」とは一線を画す説得力。救いのない話でありながら後味は悪くなく、かといって軽薄なわけでもないという絶妙のバランス。惚れました。「あのシリーズ」も読みます。

 
  中川 大一
  評価:C
  忘れてしまいたいことの一つや二つ、誰にだってあるはず。40年近くも生きてきた中年ならなおのこと。だけど、同じことをいつまでも思い煩ってるわけにはいかない。だからみんな「自分の歴史を書き換えて、どこか心の奥底にしまい込み、それとともに生きられるようになるまで作り直しているのだ」。本書は、書き抜きたい人生の箴言に満ち満ちている。なおかつ、ミステリとしての結構もかっちりしている。それならもっと評価が高くていいんじゃない? うん、そうなんだけどね。私の疑問は、登場人物の感情の動きとストーリー展開の間に必然的な関連があるのか? ということだ。『この世の果て』(2000年10月)の評文でも書いたことだが、大衆性を嫌ってか、種々の考察をむりやりちりばめてる感じがするんだね。

 
  仲田 卓央
  評価:B
  哀しい物語である。そして辛気臭い物語でもある。精緻で綿密な背景描写は、アメリカ文化に詳しくなければ興味もない私にとっては時に冗長で、退屈である。おそらく巧妙であろう比喩や例え話も、「バーテンダーやコメディアンにとって、女は理解できない」という意味と「貧乏人にとって経済は理解できない」という意味の違いが理解できない私の脳みその表面を、完全に上滑りして行く。だが、そんな思いもラスト25ページに来たとき、すべてが霧消し逆に心を動かす何かに変わる。全ての登場人物に降りかかる悲劇と決意の後に訪れるこの25ページこそ、本作の白眉である。もし前半を読み、この作品は自分に向いていない、と思っても我慢して欲しい。ここで描かれる絶望と希望、冷たくて温かい世界こそ、作者が渾身の力をこめて描き出そうとしているものなのだから。

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