年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班
      
今月のランキングへ
今月の課題図書へ

商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
 
  あかね空  あかね空
  【文藝春秋】
  山本一力
  本体 1,762円
  2001/10
  ISBN-416320430X
 

 
  石井 英和
  評価:B
  この作品、要するにお年寄り向きのトレンディドラマなのではあるまいか?良くできた作品だとは思う。時代物の人情噺の定石をピタリと押さえていて、心憎いほど。読後、この種のものにさほど興味のない私のような者の心の内にも、ある種ウエットな状態を喚起した。見事なものだな、と感心はさせられた。が、しかし、だからどうしたというのだ?この先に何が生まれる?との、非常にひねくれているかもしれない疑問もまた、心の底に沸いて来るのだ。泣かせる装置、感動させる装置、等々を要所要所に配置し、効果的に作動させる。そりゃ、人は泣くでしょう。けど、それって所詮、桐の箱に入った伝統芸能ではないのか?もちろん、「泣かせる」という方向のエンタ−ティメントもあり得ようが、どうも、読んでいて心が小さく小さくなって行くようで、面白くない。

 
  今井 義男
  評価:AAA
  この物語は身ひとつで深川蛤町裏店に越してきた豆腐職人・永吉の後半生を、あふれんばかりの下町情緒と絶妙な筆づかいでじっくりと読ませる時代小説の逸品である。永吉の生き方はさして突出したものではない。浮き沈みは人間の常であり、家族の愛憎もまたどこにでもあることだ。それでも私を惹きつけてやまないのは、作者の人間を見守るような眼差しである。人と人との間にはいちばん心地のよい空きがその組み合わせの数だけある。夫婦だから、親子だから、きょうだいだからといって必ずしも互いの望む空きが同じとは限らない。黙々と豆腐作りに精を出す上方育ちの永吉は、人付き合いがあまりうまくなく、商売敵の嘉次郎や相州屋清兵衛は一見袂を分かつかのようにふるまう。だが彼らの意地がそうさせる永吉との距離感がまことに心憎い。ことに清兵衛、おしの夫婦がみせる押し付けがましさのない優しさはなにものにも代えがたい。夫婦がひたむきに汗を流す第一部、子を成したおふみの屈折するさまや、因縁浅からぬ博徒・傳蔵の登場する第二部、ともに必読である。原稿を書き終えたいま、心穏やかになれる陽だまりで絶対にもう一度読み返したい、とボケの入り始めた職人のはしくれは思うのであった。

 
  唐木 幸子
  評価:B
  江戸時代の豆腐屋一家の苦労話、と書くとミもフタもないが、京都で辛い修行をしたあげく江戸まで来て有り金はたいて店:『京や』を持つ永吉の姿には誰でも応援したくなるだろう。その永吉と惚れ合って所帯を持つおふみも明るくて頑張り屋だ。二人で大量の売れ残りの豆腐の貰われ先を開拓するあたりは本当に健気で感動する。ところが、この恋女房のはずのおふみのキャラクターが、子供が3人出来たころから一変してしまう。どう見ても出来の悪い長男に理不尽に肩入れし、真面目で努力家の次男や、幼い頃からしっかり者の娘に辛く当たる。最愛の夫・永吉に対してさえも暖かさが消えて、意固地な古妻に変貌するのだ。彼女次第でこの京や一家は幸せになれるのに、という不自然さが最後までついて回る。一気読みできる面白さはあるものの、得心できない読後感が残った。

 
  阪本 直子
  評価:AA
  やたらめったら長い小説が目立つ昨今、365頁1段はとてもつつましく見えます。しかもこの頁数で、若い男女が出会って所帯を持ち、生まれた子供達が育って大人になるところまで行く話です。さぞかし駆け足だろうって? とんでもない。たっぷり、ゆっくりと読める小説です。結局、物理的な量それ自体じゃないんだね。中味のぎっしり詰まった話を書けるかどうか、作者の力量の問題なのでした。この人は上手い! 仲のいい家族が、それでもどうしようもなくすれ違ってしまうさまと、また新しい絆を育てていく姿と。愛情を込めて描き出す筆力は、さすがの年輪、いぶし銀の魅力です。人間、若きゃいいってものではないのだよ。
 内容がいい。文章がいい。会話が、特にいいです。目に(耳に)快い。ちゃんと時代もので、しかも読み易いんです。この台詞を実際に喋ってるところが聞きたくなるなあ。NHKの金曜時代劇でやってくれないかしら。

 
  中川 大一
  評価:A
  うまい。この作者、実際に江戸時代にタイムスリップして、いろいろ取材してきたんじゃなかろうか。豆腐の値段とか、裏店(うらだな)の風景とか。人びとのしゃべり方とか、立ち居振る舞いとか。この手の小説にどの程度史実の裏付けがあるのか知らないが、社会経済的な描写はすべて本当のように感じられる。それくらい、臨場感あふれる筆運びだ。私も上方の人間なんで、京から江戸に乗り込んで豆腐屋を起こした永吉に、激しく思い入れ。後半、一家にごたごたが続くのは、前段の高揚感を圧殺する気もするけれど、まあ、このへんは好みでありましょう。この本は、今どき珍しい活版印刷でしょう。その風合いが内容によく合ってる。圧力のかかった強い文字が、私たちを江戸の路地へ誘い込むのだ。必読おすすめ!

 
  仲田 卓央
  評価:B
  家族というのはつくづく厄介なものだ。大切に思うからこそ心配し、心配するから余計な世話も焼いてやる。そこに自分自身のエゴや見栄が絡みついて、気が付けば身動きひとつもとれなくなる。懸命に働いたり、遊んだり、恋をしたり、何かに夢中になっている間はすっかり忘れているけれど、ふと立ち止まれば自分の中に「家族」がどっかり座り込んでいることに気付く。『あかね差す』は豆腐職人・栄吉とその妻、3人の子供たちの物語だが、描かれるのはそれぞれの愛情の深さと、それだからこその始末の悪さ。情景の描写や言葉の選びが素晴らしいほど堅実で、伏線の効いた物語もしっかり読ませる。やや善人社会の気色悪さが感じられるものの、読後感は爽やか。しかし、読み終えてしばらくすると、自分に絡みついてしまっている父母の愛、これから自分が絡みつけていくであろう家族の情に気付いて、その深さに感謝もするが、その根の深さにぐったりともする。愛って素敵、家族っていいよね、とお思いの前向きな方にぜひお勧めしたい一冊である。

戻る