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  パイロットフィッシュ  パイロットフィッシュ
  【角川書店】
  大崎善生
  本体 1,400円
  2001/10
  ISBN-4048733281
 

 
  石井 英和
  評価:E
  まあ、公開オナニ−みたいなものですな。著者は、現実世界では「なに青臭いガキみたいな事言ってんのよ」と鼻も引っかけられない、そんなタイプのウンチクをあれこれ並べ立てる。スェ−デンのロックバンドの運命がどうの、バイカル湖がどうのこうの、と。そして小説内は、なにしろすべてが著者の自由になる妄想世界なので、その話に心を込めてあいずちを打ってくれる美しい女性などという現実にはありえないものをあしらうのも可能だ。著者は築き上げたその理想郷で、自己陶酔のかぎりをつくす。ああ、人生の断片を鋭く切り取ったよなあ。いい恋愛話を思いついたよなあ。ああ、このセリフ、カッコいいよなあ。言われた女は、たまんないだろうなあ・・・まあ、勝手にやっていてください。あなたの自己満足に付き合ってくれる奇特な人もいるでしょう、どこかにきっと。

 
  今井 義男
  評価:AAA
  哀しい魚、パイロットフィッシュ。その魚よりもこましな待遇を享受している人間の、出会いの喜びと別れの哀しみが滔々と迫る佳品である。愛する人を失ったときの耐え難い孤独感。空虚な日常。体の中いっぱいに満たされていたその人への愛おしさを、記憶の断片に変えてしまう車線変更のきかない時の流れ。だが歳を経ることでろ過された記憶はより鮮明に生き続ける。選択したことと選択しなかったこと。どちらに転んでも人は悔やみと喪失感から逃れることができない。逆方向のプラットホームで見詰め合う始まりと終わりの風景が痛みを伴うぐらい切ない。永く心に焼きつく映像だ。いくら哀しくても魚でなくてほんとうによかった。この短い作品の隅々には、ささくれた心の表面を深く静かに浸透する美しいフレーズが数限りなく散りばめられている。紙を繰る。目に入るものは縦組みの活字、ノンブル、余白。そんなそっけないものの集合体がこんなにも胸を締めつける。

 
  唐木 幸子
  評価:C
  ある日突然、自分を捨てて去っていった恋人から19年ぶりに電話がかかって来る。電話の声を聞いた瞬間に男は、彼女からだ、とわかったという。うーん、こういうのは女の側に、自分は昔と変わっていない、未だ美しいと言う自信があればこそ出来ることだ。私なんか変態を遂げちゃって20kgも体重が増えてるし、ちょっと躊躇するよなあ・・・。などと考えつつ読み進んでいたら、あっという間に読み終わってしまったが、ちょっと物足りないぞ。登場人物が全員、輪郭が曖昧だし、中年の男性の心の中がこんなに観念的なものだとは、私には思えない。特に、高校時代からの友人で今はアル中になってしまった森本の登場は、必要ないんじゃないかというくらい描ききれていない。必要ないと言えば、最後の4ページも要らない。その前で物語を終えていたほうが雰囲気は一貫しているのになあ。

 
  阪本 直子
  評価:AA
  映像で観たくなる小説。この質感は、映画の大スクリーンよりもテレビだな。真夜中過ぎ、あるかなきかにポリスが流れ、熱帯魚の水槽のあるマンションの部屋。41歳の男が電話に出ている。相手は、酒を飲み過ぎて入院中の友達。でなければ、19年ぶりの昔の恋人……。
 水があるとは見えないほどに透明な水槽の印象が、全編を覆っています。会話は時々書き言葉っぽい。でも言葉の選び方は的確。過剰にも舌足らずにもならずに、まっすぐ目に心に入ってくる。現実の話し言葉をそのまま写したがる小説が何か最近目立ちますが、「リアル」の勘違いですよ。
 全然ストーリーは違うのだけれど、佐藤正午『Y』を思い出しました。あれが好きな人ならきっと気に入ります。―人は、一度巡りあった人と二度と別れることはできない。痛いね。

 
  谷家 幸子
  評価:C+
  このタイトル、そしてこの装丁、全てにおいて非常にセンスの良い「本」だと思う。
 過去と現在を交互に語る良くある構成だが、交錯のさせかたに独特のものがあってやはり作者のセンスの良さを感じるし、頼りないんだか誠実なんだかよくわからない茫洋とした主人公も魅力的。
 若気の至りってやつが持っている鼻持ちならなさや残酷さや滑稽さや何やかや。自分がどっちに向いて歩いていったらいいのかわからない、どっちに向いて歩きたいのかわからない。誰もが一度は経験する未熟な焦燥がリアルに描き出されていて、引き込まれる。
 だけど、読み終わってみると何だかすごく物足りない気がするのはなぜだろう?
 昔の恋人との再会の一部始終を語る終章に感じた違和感が最大の原因のような気がするがうまく説明できない。もしかしたら、自分がいまだに焦燥のさなかにいるからなのかも。

 
  中川 大一
  評価:D
  小説は、テーマとストーリーから成っている。ひとまずそう言ってよかろう。作者は、この本のテーマは「過去に過した時間が……今の自分にどのように……影響を与え」たか、だという(2001/12/4朝日新聞夕刊)。確かに、主人公は出だしから記憶について考えをめぐらせ、作中、何度となくそれを繰り返す。だがそこで展開される思考には、「記憶に残っているものは忘れられない」ということ以上の深まりは感じられない。そりゃトートロジーっちゅうか、同語反復でしょう。ではストーリーはどうか。女性の書き分けができていない。ガールフレンドを失うきっかけとなる浮気相手の登場は、あまりに唐突。「ん〜、この人誰だっけ?」、しばらく考えないと人物の同定ができない。まだ習作といった感じだね。

 
  仲田 卓央
  評価:D
  ものすごく、惜しい。鰻もおいしくて御飯の炊き加減も完璧なのに、たれが異様に少ない鰻丼とか、ソーセージの歯触りもパンの柔らかさも抜群なのに、マスタードが入っていないホットドッグなどと同様、致命的にアウトになりかねない惜しさである。自分のことを「僕」と呼ぶ四十男に嫌悪を感じるのは個人的な問題なので置くとして、二十も年の離れた男女が初めてキスしてセックスする過程を「信じられないことが起こった」で片付けて良いものだろうか?ずっと堅実に言葉を紡いでいるにも関わらず、急に「勃起羅針盤。一言で言うとそういうことになる」というような文章をはさんでも良いものだろうか?しかしこの小説、すごく良い話なんですよ。この作家に更なる注意深さ、老獪さが加わったとき、とても素晴らしい小説が生まれるように思います。という限りない期待を込めての、評価D。

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